「こっちの三体はボクに任せて」
後方から増援で現れた醜悪な小鬼達にユイが単身向かっていく。
――ゴブリン
強さ的には初心者冒険者でも問題なく討伐できる。問題は人型であり、殺すのに心理的抵抗がある事だろう。止めを躊躇して逆襲にあって殺された冒険者は少なくない。その為、初心者殺しとも呼ばれているらしいと愛華から教えられた。
しかし、アルトは軍人である。人もどきを殺傷するのは今更だ。ユイにしても
「このデカブツは俺一人で十分だ。無理せず時間をかけて良いからな」
「
安全マージンを取りながら三体のゴブリンと戦うユイを確認すると、アルトは前に向き直った。そこにはゴブリンと容姿は似ているが大きなモンスターが一体。
――ゴブリン
ゴブリンは小鬼と表記するだけあって背がアルト半分ほど。だが、アルトの目の前に立ちはだかるゴブリンはアルトより頭一つ大きい。しかも貧相なゴブリンと違い筋骨隆々で、強いプレッシャーを放つ威容だった。
パンチ一発でアルトの頭を簡単に吹き飛ばせそうである。とても駆け出し冒険者が相手できるモンスターではない。
「愛華さんにはずいぶん脅されたけど、思ったより大した相手ではなかったな」
だが、アルトは特に気負わずゴブリンの振り回す丸太のような腕をスレスレでかわす。武術の達人が使う一寸の見切りのごとき技術だが、ナノアシによる動体視力と身体能力からすれば児戯に等しい。
「それに対エネミー兵器が通用するって分かっていれば、ボクらが臆する相手でもないよね」
三体同時に相手しながらヒョイヒョイとゴブリン達の攻撃を避けていたユイが手にする金属の筒を横に振った。
「まず一体」
その瞬間、筒の先端からビュンッと光が薄く細い板状に伸びた。それはまさに光の刃とでも言うべきもの。実際、その光はゴブリンの胴体を易々と真っ二つにした。
――
アルトの時代に開発された対エネミー用兵器の一つである。
エネミーには通常兵器の効果が低い。通常弾では痛がらせる程度で、倒すには最低でも対物ライフル並の火力が必要となる。しかし、素早いエネミーにそんなものが当たるはずもない。
戦車やパワードスーツも投入されたが、それらの装甲もエネミーの前では紙屑であった。それに艦内白兵戦に持ち込まれればそんな物を持ち出せるはずもない。当初は艦内に侵入されたら自爆させる以外に取れる戦術が人類にはなかった。
エネミーを前にすれば全ての希望を捨てろ。それが人類の共通認識であった。
ところが、理由は不明だが
現在ではナノマシン技術の発展と合わさり、エネミーとの立場は逆転している。
これまで様々な光子兵器が開発されたが、その中でも近接戦に特化した光子剣は射程を殺した代わりに威力とエネルギー効率がダントツに良い。
ユイがくるくると振るう度にブォン、ブォンと光子剣が音を立てる。
「これは楽勝かな?」
その様子を横目で見ながらアルトは呟いた。が、だからと言って気を許してはいない。チャンスとばかりにゴブリン闘士が繰り出してきた風を切るストレートパンチをアルトは難なくかわした。
アルトは連合宇宙軍の軍人である。戦場において油断が命取りになる事は重々承知していた。
「データ取りもこの程度でいいかな?」
「うん、ドローンの記録に問題はないね」
既に三体のゴブリンを討伐していたユイが
「アルト、やっちゃえ!」
ユイが親指を立てて首をかっ切る仕草をした。
「了解」
ゴブリン闘士が繰り出した右ジャブをスウェーで鼻先スレスレまで引きつけかわすと、アルトは引き手に合わせて前に突っ込んだ。
「グギャッ!?」
突然さっきまで防戦一方だった相手が攻めに転じ、ゴブリン闘士は慌てて左フックで応戦する。が、アルトは身を屈めてゴブリン闘士の左腕をかい潜り、左脇をすり抜けた。
「
まだ背後でゴブリン闘士が直立しているにもかかわらずアルトは宣言した。
「ギギッ?」
急に無防備になったアルトを訝しみながらも攻撃しようとゴブリン闘士は振り返った。否、振り返ろうとしたが、それは叶わなかった。
ゴブリン闘士の左脇から右肩へかけて線が走り、その部分から上がずれ落ち下半身と永遠に分たれたのである。
――どすんっ!
ゴブリン闘士の上半身が大きな音を立てて地に落ちた。
「ふぇ〜、さすがアルト。ボクぜんぜん見えなかったよ」
ユイが目を丸くした。いつの間に取り出したのだろうか。アルトの右手には
アルトはゴブリン闘士の横をすり抜ける刹那に抜き手も見せず光子剣で逆袈裟斬りにしたのである。
常人からすれば神速の達人技だが、ナノマシンによる補助を受けているアルトからすれば大した事はない。
「こいつで三層レベルか」
「うん、愛華の話だとここ二層には出現しないモンスターらしいよ」
基本的に出現するモンスターは階層ごとに決まっている。
アルトとユイは
だが、アルトにとってそれは特に問題ではない。実際、アルトとユイは二人で難なく仕事をこなした。
「このレベルならまだ問題はないけど、やっぱり下層の強力な敵の情報は事前に欲しいな」
「その点に関しては偵察用ドローンが調査中」
ダンジョン内に十機のドローンを放っている。現在、自律モードで各階層の情報収集に当たっていた。
「近いうちに構造、資源、モンスター全てのデータをシスが解析してくれるよ」
「それじゃあ、俺達はそれまで軍資金集めと下層へ行く為の実績作りに勤しみますか」
アルトは腰のサバイバルナイフを抜くとゴブリン闘士の死体に近づいた。仰向けにひっくり返すと、胸の辺りに埋まっていた黒い石が怪しく光る。
「討伐証明ってのはこれかな?」
「
エネルギーは運動、位置、熱などから取り出しているが、魔石からはそれらとは異なる魔力が抽出できる。二酸化炭素や放射性廃棄物などの問題がなく注目されている資源らしい。
「化石燃料や原子力に取って代わるエネルギー源として期待されてるんだって」
「どれくらいのエネルギーなんだ?」
「ゴブリン闘士の魔石でだいたい一世帯一日分のエネルギーに相当するらしいよ」
「ふーん」
「興味なさそうだね」
「どう考えても全人類のエネルギーを賄えるほど産出できないだろ?」
モンスターを倒さねば得られない代物だ。毎日安定供給など到底できる筈もない。アルトには次世代エネルギーとして有用とはとても思えない。
アルトは手早くナイフで魔石を抉り出し、ユイに掲げて見せた。
「それにこいつは俺達の時代には無かったものだ」
資源枯渇宣言により人類は劇的な科学の発展を遂げた。しかし、ダンジョンの資源はそれを妨げる要因となっている。魔石もその一つと言って良い。未来を知るアルトが否定的になるのも無理はない。
「ボクらと違って今を生きる人類にとって、ダンジョン資源は必要なものだよ」
「だが、このままでは二千年後に人類は破滅だ」
ダンジョン資源は現代の人類にとって希望だが、それは遥か未来の落とし穴である。
「俺達はそれを知っている」
しかし、アルト達がそれを説明したところで現代の人類に理解はできない。
「もしかしたら俺達は地球人類を敵に回す事になるかもな」
将来を考えれば、アルトはいずれダンジョンを封鎖しなければならない。そうなればダンジョン資源を失う人類にとって死活問題だ。当然アルト達に抵抗するだろう。
今回の任務でダンジョンに潜る際に心配してくれた愛華の顔がアルトの脳裏に浮かんだ。彼女とも敵対関係になるかもしれない。
その未来を思うとアルトは暗澹たる気持ちになるのだった。