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第15話 宇宙軍士官は言いがかりをつけられる


「この騒ぎはいったい何かな?」


 振り返ればスーツ姿の中年男性が立っていた。年齢は五十を過ぎたくらいだろうか。


「お、おじき、いいとこに来てくれた」


 アルトに痛めつけられた十条の顔がパッと明るくなり、這うようにして中年男性の方へと逃げた。


「どうした輝明」

「助けてくれ、こいつにやられそうなんだ」

「やられる? お前がか?」


 十条に助けをお求められたスーツの男は訝しげにアルトを見た。


「彼はこう申していますが」

「あなたは?」


 新たに現れた男にアルトは警戒した。男を見てからアルトの第六感がやけに騒つく。


「私は瀬田谷ダンジョン探索課課長、毒島ぶすじま辰樹たつきという者です」


《かちょうって?》

《我々で言うところの少佐あたりの位階です》

《そこそこ偉い人ってわけか》

《ねぇアルト、これってまずいんじゃない?》

《そうだなぁ》


 どうやら十条はここのお偉いさんと繋がりがあるようだ。アルト達が襲われているのに見て見ぬふりをされたのはそのせいだったのだろう。


《マスター、事実を揉み消される前に予防策を張っておく事を提案します》

《そうだね、そこら辺はシスに任せるよ》

《イエス、マスター》


「それで、ここで何があったのか事情を伺ってもよろしいかな」


 毒島はこやかに笑うが、アルトは最大限に警戒した。


 この人が好さそうな表皮の下にどす黒い嫌なものが蠢いている。この男は敵だ。とアルトの勘が告げている。


「こいつが俺達を闇討ちしてきたんだ」

「それは穏やかではないですね」


 おいおいとアルトは呆れ返った。自分から暴力に訴えておいて、敵わないとみるや今度は権力に訴える。あまりに恥も外聞もない。


「どうして君達はそんな野蛮なマネを?」

「ちょっと待ってください」


 アルトは慌てた。誰だって最初から自分達が悪いと決めつけられるとは思わない。まさかここまで露骨な身内びいきとは。


「俺はそこの愛華♡ら……」

「あいから?」

「いえ、十条さんが胸を貸してくれると言うので模擬戦をしていただけです」

「ほう?」


 毒島は周囲に転がるスカルドッグ隊の面々を一瞥する。ピクピク痙攣して起き上がってこない。死んではいないが、重症の者もいるようだ。


「模擬戦と言うにはやり過ぎではないかな?」

「俺はまだ試験受講前ですよ。思いっきりやったって現役冒険者がこんなになるなんて思わないじゃないですか」

「ライセンス取得前の初心者が模擬戦でベテランの冒険者に重傷を負わせるなど考えられませんが……やはり、闇討ちしたと考えるのが妥当ですね」


 無茶苦茶だ。毒島はアルトの言い分に全く耳を貸すつもりはなさそうである。


「俺がそんなマネをしていないのは周りの人に聞いてもらえれば……」


 アルトが会場の試験官達に視線を向けると全員がさっと顔を背けた。


(あっ、さっし)


 誰もが関わりたくないという事だ。これは味方になる証言は得られそうにない。それどころか不利になる証言をされる可能性もある。


「ふむ、どうやら誰も見ていないようだね」

「だけど、そっちの意見だけを一方的に聞くのは不公平でしょう」

「信用の問題だよ。今まで貢献してきた冒険者と新顔の君達とどちらを信じるかなんて自明の理だろう」


 何が信用だとアルトは舌打ちした。毒島はこれまでもこうやって十条達の犯罪をもみ消してきたに違いない。


「君のような狼藉者にライセンスを発行するわけにはいかないな」

「毒島課長にその権限はありませんよ」


 その時、横から妙齢の女性の声が割って入った。


「伊武君か」


 それが愛華だと知って毒島は苦々しく顔を歪ませた。それでも愛華は怯む事なく毒島の前で胸を張った。


「ライセンス発行は私ども迷宮課の管轄です。探索課の毒島課長が口出しするのは越権行為ですよ」

「だがね伊武君、彼らは輝明達に暴行を働いているんだ。ライセンスを得る資格はないだろう」

「冒険者同士のケンカでライセンスを剥奪するという規定はありません」


 愛華は毅然と言い放つ。立場は課長である毒島の方が上である。それでも愛華は一歩も引かない。


「これは普通のケンカではない。彼らは卑劣な手段で一方的に暴行を加えたんだ」


 見たまえと、毒島は倒れているスカルドック達を示した。


「つまり、毒島課長は犯罪まがいの行為を働いた者にライセンス私所持する資格はないとおっしゃるのですね?」

「当然だろう。さすがに犯罪者にライセンスは発行できない」

「なるほど、課長のおっしゃる通りですわね」


 愛華が折れて頷いたので毒島もほっとしたが、それは早計であった。


「ならばスカルドッグ隊のメンバー全員の迷宮ライセンスを剥奪します」

「な、何を言っているんだ!」


 愛華の宣言が予想外過ぎて毒島はびっくりした。


「伊武君、気でも狂ったのかね?」

「私はいたって正常です」

「だったらどうして輝明達が罰せられる。彼らは被害者なんだぞ」


 食ってかかる毒島の眼前に愛華がずいっとスマホを突きつけた。


「これを見てもそれが言えますか?」

「なっ、なんだと!?」


 それは十条達がアルト達に絡んで暴行に及ぼうとして返り討ちにあった一部始終の動画だった。


 さすがに素手の者を囲んで十数人の武装集団が襲えば言い逃れもできない。立派な犯罪である。


「こ、これは……フェ、フェイク動画だ」

「ほぼリアルタイムでここまで精巧なフェイク動画は不可能です。それにこの動画を見て、今まで泣き寝入りしていたスカルドッグ隊の被害者達から一斉に陳情が殺到しているんですよ」

「そ、そんなバカな……」


《動画をSNS以外に施設内全域にも同時に放映しておきました》

《グッジョブ、シス》


 毒島が現れた段階でシスが偵察用ドローンで撮影した映像を流出させていた。一課長でしかない毒島に火消しはもはや不可能である。


「彼らには今回以外にも余罪がありそうですね。スカルドッグ隊は迷宮ライセンス剥奪後、警察に引き渡します」

「そ、それは……」

「おや、犯罪者に迷宮ライセンスを持つ資格はなかったのではありませんか?」

「……」

「彼らスカルドッグ隊の面々が犯罪を犯しているのは明白です」


 黙り込む毒島に愛華が冷たい目を向ける。


「それともまさか、毒島課長が関与されておいでなのですか?」

「まさか……伊武君のいいようにしたまえ」


 愛華は満面の笑みを浮かべた。


 もともと十条達の所業には手を焼いていた。しかし、愛華は窓口係であり、彼らを裁く権限がない。加えて毒島のせいで証言する者がおらず、有望な冒険者が消えていく度に愛華は頭を悩ませていた。


 それが一気に一掃できそうである。これには愛華も胸がすく思いだ。


「しかし、これは困ったな」


 だが、毒島もただでは転ばない男だった。


「彼らに任せていた依頼を誰にやってもらえばいいやら」


 毒島はチラッとアルトを見てニヤッと笑った。


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