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第14話 宇宙軍士官は無双する


「はっ、ちょいと手加減してやりゃ調子に乗りやがって」

「なんだ、まだ全力じゃなかったの?」


 十条に強がっている様子はない。恐らく本当にまだ実力を隠しているのだろう。だが、セリフとは裏腹にアルトは十条の実力に興味を失くしていた。


「あったりめぇよ。俺の身体強化は並じゃないぜ」


 十条はニヤッと笑った。


「まずは20%からいく——か!?」

「どうしたんだ?」


 スキルを解放し十条は力を込めたが、アルトに右拳を握られ振り解けない。それどころか微動だにせず、ぐぬぬぬと苦悶の表情を浮かべた。


「早く本気とやらを見せてくれよ」

「いい気になるな。俺はまだ本気を出していない!」


 十条の筋肉が膨れ上がりビリビリと音を立ててシャツが破れた。筋肉の隆起が凄まじい。技を超えた純粋な強さ。それは圧倒的なパワー。


「見たかこれが俺のフルパワーーー100%中の100%!」

「それで?」


 十条から発散される圧力プレッシャーは周囲の者を震え上がらせる。だが、アルトは全く動じない。


「強がってんじゃねぇ、これでテメェもおしまイダタタタタタッ!!」


 アルトが十条の拳を握る手に僅かに力を込めると十条が激痛に絶叫した。


「は、離せ、イタッ、このこの、イタタッ、離せってんだよ、痛い痛い、ごめんなさいボクがイキがってました、痛いの、離してください」


 情け無い十条の懇願にアルトは呆れて手を離した。引き抜こうとしていた十条は突然解放され勢い余って後ろへ転倒した。


「テメェ、チクショーこのヤロー!」


 起き上がった十条は怒号を上げてアルトを憤怒の表情で睨んだ。


「おい、お前ら構わねぇから全員でたたんじまえ!」


 もはや恥も外聞もない。だが、もともと無法者の彼らは十条の命令に男達がそれぞれ剣やメイスなど武器えものを手にアルトを囲む。


「調子に乗り過ぎたなボウズ」

「もうテメェは終わりだ」


 ヒャッハーと奇声を上げて男達がアルトに襲いかかってきた。


「死にさらせぇ!」


 剣を上段に構えて男の一人が突っ込んできた。明らかに素人の動きだとアルトには分かる。


 アルトは士官学校出身だが、学生時代に宇宙軍式近接格闘術Space Force Martial Arts Programを優秀な成績で修めていた。海兵隊のような本職には及ばないにしても戦闘能力は決して低くない。


 ブレブレの刀身を見ながらアルトは男達の戦闘技術は稚拙であり、余裕で対処可能だと判断した。


 ところが――


「スキル上斬撃ストライク!」


 アルトは目を見張った。男が叫んだ途端、刀身がピシッと芯が通ったように真っ直ぐ打ち下ろされたからである。


 素人剣術がいきなり剣の上級者のような振り下ろし。あまりの落差にアルトも驚嘆した。


(これがスキルか……だけど)


 もっとも、ネット投稿されていた映像を事前調査しており、アルトは原因をすぐに剣闘技ソードスキルだと特定した。


 それにナノアシで強化されたアルトの動体視力は人の限界を遥かに超えている。先程の模擬で試験管が見せた軽く音速を超える『一閃スラッシュ』に比べればずっと遅い。


「これくらいなら問題……ない!」


 動きを完全に捉えたアルトは剣をかい潜ると一瞬にして男に肉薄した。そして、そのまま一連の動きで顔面に右ストレートを叩きこむ。


「痛ってれぼ~」


 変な悲鳴を上げて後方へ吹き飛び何度かバウンドして十数メートルほど先で止まる。倒れ伏し起き上がってこない。一応手加減はした。ピクピク痙攣しているから死んではいないだろう。


「くたばれや!」


 隙ありとアルトの背後から男が金棒を振り下ろす。


「スキル破砕クラッシュ!」


 こちらも武技系スキルを使ったようだった。死角から鋭い金棒の一振りがアルトを襲う。


 ところが、タイミングが事前に分かっていたかのようにアルトはスッと半身になって襲ってくる金棒かわした。


「テメェ、見えてタワバ!」


 驚愕する男の腹にアルトは回し中段蹴りを食らわせる。男は腹を押さえて地に伏し悶絶した。まるでアルトは背中に目がついているかのような一連の動き。事実アルトには見えていた。


 周囲の偵察用ドローンから送られてくる画像をアルトは視界の端に映像として常に確認している。この戦闘を鳥瞰ちょうかんしているアルトに死角はない。


 アルトは次々に男達を一撃で沈めていく。十条以外の男達が沈むのに十秒とかからなかった。


「バ、バカな!?」


 いったい何が起きたのか。目の前の光景が信じられず十条は愕然とした。


「もうあんただけだぜ」


 その十条の前にアルトは最後に残った十条の前に立った。やっと自分の手下が全て倒されたのだと理解した十条はガタガタと震えだす。


「お、俺達にこんな事をしてタダで済むと思ってんのか」

「今さら命乞いかよ」


 もはや十条に勝ち目は無い。ところが、それでも十条は虚勢を張った。


「無事で済まないのはそっちだろ?」


 今さら何を言っているのかとアルトは冷たい目を向け、その凍てつく視線に十条は相手が悪かったとやっと悟った。


「俺達のパーティは『スカルドッグ隊』だぞ!」

「だから?」

「知らねぇのか。スカルドッグはあの大手クラン『ジョリーロジャーズ』傘下のパーティの一つだ」


 聞き覚えのない単語にアルトは首を傾げた。


《シス、ジョリーロジャーズって?》

《瀬田谷ダンジョンを拠点とするクランの一つです》

《クランって確か複数の冒険者パーティをまとめた組織だったっけ?》

《正確には補助・補充人員やレイド戦を目的として多くの冒険者を加入させた組織のことです》


 基本的に冒険者は二人から六人程度をチームとしてダンジョンに挑む。これをパーティと言う。


 しかし、冒険には不慮の事故はつきもの。メンバーに穴が開いた時にすぐに人員を当てなければパーティが維持できない。他にも状況に合わせてメンバー交代ができればダンジョン攻略も捗る。


 それに、ダンジョンボスは一つのパーティでは攻略が難しい。そんな時は多数パーティによるレイド戦をするのだが、最初から多数の仲間がいれば即時決行が可能だ。それらの対処を目的として冒険者を集めた団体がクランである。


 もっとも、今ではクランは一つの会社として運営されるケースが多く、ダンジョン攻略の円滑化だけではなく福利厚生や税金対策に始まり社会保険や企業年金など冒険者の生活を守る重要な組織となっていた。


《ジョリーロジャーズは数あるクランの中でも多数の冒険者を抱える大きなクランのようです》

《つまり十条はそのクランの報復をチラつかせているのか》


 自分達の力で勝てないならば、より大きな力に頼る。十条のあまりの小物感にアルトも呆れた。だが、実際これは効果的である。


「へっへっへ、やっとお前らの置かれている状況が理解できたみたいだなぁ」


 十条はニヤニヤと笑った。


 アルトはシスとのナノパシーの為に沈黙しているだけだったが、十条は勝手にビビッていると勘違いしたらしい。


《このバカを殴り飛ばすと、そのクランから目の敵にされちゃうかな?》

《イエスマスター、高い確率で敵対関係になると思われます》

《それはちょっとマズいよねぇ》


 正体が露見するのを危惧するアルトとしては、あまり目立つ行動は避けたい。瀬田谷で幅を利かせているジョリーロジャーズと事を構えるのは悪手だろう。


「だから大人しく死んどけやぁ!」


 ここぞとばかりに十条が手に持つ大剣を振りかぶってアルトに襲いかかった。


 それは身体強化100%中の100%で隆起した筋肉に相応しい豪快な斬撃。スキルも使用しているのだろう、周囲に大風を巻き起こすほど大剣は圧倒的なパワーを秘めていた――が、アルトには止まって見える。


「まあでも、ここで愛華♡らぶさんにやられてやる義理はないよね」


 どんな強力な攻撃も当たらなければどうと言う事はない。アルトは十条の一撃を難なくかわす。そして、地面に打ちつけられた十条の大剣をアルトは右足で踏みつけた。


「くっ、このっ、あ、足をどけやがれ!」


 アルトは軽く踏んでいるようにしか見えなかったが、十条が全力で持ち上げようとしても大剣は微動だにしない。ぐぬぬぬっ、と必死に剣を抜こうと力む十条の肩をポンポンとアルトが叩いた。


「まっ、ジョリーロジャーズの事はお前達をのした後で考えるさ」

「ま、待て、俺達をヤればホントにクランの連中ガベシッ!!」


 アルトのボディブローが十条の腹に炸裂。強烈な腹パンに十条はくの字になって地に両膝をついて、ぐぼっと胃液をぶちまけた。


「ぐっ……この、やろ……」

「さすが立派な筋肉の鎧に守られてるだけあって大した耐久力だ」


 さーて、これならもう一発いっても大丈夫かとアルトがブンブン右腕を回したその時――


「この騒ぎはいったい何ですか?」


 ――男の声が割って入ってきた。


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