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第13話 宇宙軍士官はキレる


「俺が直接テメェの実力をみてやんよ」


 試験会場の一画でアルトと対峙した愛華♡らぶ男がにやにやと嫌らしく笑う。男達はアルトを逃がさぬよう囲んで試験会場へと降りた。


「俺に一発でも当てられたら合格にしてやんぜ」

「えっ、ホントに?」


 だが、アルトからすれば別に逃げようと思えばシスを抱えてでも容易に逃げられた。だが、次回のライセンス試験を待たずに受験できるなら願ったり叶ったりだと、アルトは軽い気持ちで男達に従ったのだ。


「ああホントだ。簡単だろ?」

「ひゃっはっは、そりゃルーキーには酷ってもんだぜリーダー」

「かすりでもしたら恩の字じゃね?」

「ばーか、パンチを出すヒマもねぇさ」


 二人を囲む配下の男達からゲラゲラと品のない笑い声が上がった。明らかにアルトをバカにしている。


「胸を貸してくれて試験まで簡単にしてくれるなんて」


 しかし、アルトはまるで分かっていないかのようにニコニコと微笑む。


「見かけによらず良い人だなぁ、愛華♡らぶさんは」

「俺は十条輝明だ!」


 愛華♡らぶ改め十条は激昂した。人を小馬鹿にする連中は沸点が低いようである。


「えっ、だって愛華♡らぶさんでしょ?」

「だから俺は十条輝明だっつってんだろ!」

「でも腕に刺青でそう掘ってるじゃん」

「自分の名前を刺青するヤツがいるか! だいたい愛華♡らぶなんてヘンテコな名前があるわけねぇだろ」

「オウ! ニホンゴムズカシイデース」

「てめぇ,さっきまで流暢に日本語しゃべってたろーが!」


 ここにきて十条はやっと自分の方がおちょくられているのだと理解した。


「半殺し程度で許してやろうと思ってたがテメェは全殺だ!」

「やっちまえリーダー」

「そんなスカしたヤロー生かしておく必要ねぇっすよ」

「リーダーならワンパンっすよワンパン」


 いきり立つ十条に周囲の手下も囃し立てる。


《いつの時代、どの世界でも、この手合いは変わらないねぇ》

《この者達はどう処理致しますか?》

《俺が適当に戦闘するからデータ取りよろしく》

《イエスマスター》


 アルトは意味もなく挑発していたのではない。


 十条はアルトを初心者と侮っている。手加減されては必要な実戦データが取れない。ぜひ十条にはスキルや魔法、レベルアップによる能力を全力投入して欲しいのだ。


《ねぇアルト、ちょっと周りが変じゃない?》

《変?》

《これだけの騒ぎになってるのに誰も止めに入らないのはおかしくない?》


 ユイの指摘についてはアルトも気がついていた。先程からこちらをちらちら窺う視線は感じる。しかし、誰も近寄らず遠巻きにしているのだ。


《まあ、誰だってこんな連中と関わり合いにはなりたくないもんさ》

《えー、でも、試験官まで無視するかなぁ?》

《ここの職員は公務員だって話だ。お役所が事なかれ主義なのも万国共通さ》


 だが、そんなもんだろうとアルトは特段気にもしなかった。むしろ、アルトにとって邪魔されずデータ収集ができて都合が良い。


「またダンマリかよ」

「こいつビビってるぜ」

「恐くてチビっちまったか?」


 手下の煽りに十条も気が大きくなったようで、アルトの前でふんぞりかえる。


「へっ、謝ってももう遅いぜ」

「ん? 俺なにか謝らないといけない事したか?」


 余裕の態度を崩さないアルトに十条が舌打ちした。


「とにかくテメェはこれから俺にボコられて地にはいつくばるんだよ」

「ヒーヒー泣かせてやってください」

「ばーか、ヒーヒー泣かせるのはそっちの女どもだろ」

「ちげぇねぇ」


 シスやユイを獣欲の目で見ながら下卑た野次を飛ばす男達に、さすがにアルトも不愉快そうに眉を顰めた。


 自分の事なら笑っておちょくり返してやればいい。だが、知らないとは言え地球人類に対して無抵抗のAIドールアイドルを標的にした悪意にはアルトも我慢ならなかった。


 ましてやシスとユイは未来から漂流してきたアルトにとって数少ない仲間である。怪我のないよう手加減するつもりでいたが、容赦の必要はないと予定を変更した。


「テメェの敗因はたったひとつだぜ」


 そんな変化に気づかず、十条はカッコつけてビシッとアルトを指差した。


「たったひとつの単純シンプルな答えだ。テメェは俺を怒らせた!」


 十条が右腕を大きく振りかぶって殴りかかってきた。


 完全なテレフォンパンチ。


 相手を威圧する以外に意味のない無駄な動き。隙だらけで読みやすく素人丸出しのチンピラ喧嘩殺法。


 アルトは宇宙軍式近接格闘術Space Force martial Arts Program(通称SFMAP)を修めている。こんな素人パンチなどかわすのは容易い。また、わざとパンチを食らってもダメージを殺せる自信がある。


 実際、最初の予定では何発か貰ってデータ取りするはずだった。


 ——バシッ!


 ところがアルトは十条の拳を右手で受け止めた。


「ちっ、テメェも身体強化スキル持ちか」

「こんな程度か?」


 右手に伝わる感触にアルトは十条の実力を想定よりずっと下方に修正した。


《マスター、段取りが違います》

《まあまあ、アルトはボクらの為に怒ってくれているんだから》


 そう、アルトは怒っていた。既に数少ない仲間を侮辱した目の前の連中を完膚なきまでにボコると決めている。


《ですがユイ、これでは必要な戦闘データが収集できません》

《こんな駆け出し冒険者のデータなんて必要ない》


 動きもド素人ならパンチの威力も想像以上に弱かった。恐らく昨日今日冒険者になったばかりの初心者なのだろうとアルトは推測した。


《こいつらはここで潰す!》

《わお、アルトがキレちゃった》


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