「ほほう、これはこれは……」
南雲さんの口から実に楽しそうに言葉が漏れる。
僕達の前にはFM社の1/48烈風11型が2つ並ぶ。
ひとつは僕のだが、もう一つは同好会に入るのを反対している人が比較用に作ってきたものだ。
しかし、実に対照的なキット仕上げになっている。
片方はまるでキットの説明書に乗っている仕上げ見本のように彩色されたもので、汚しもほとんどないまるで新品の状態と言ってもいいだろう。
それに比べて、もう一つのキット(つまり僕の作った方だが)は、表面は所々色あせ、場所によっては汚しと足が乗ったためだろうか塗装がはげて下地のジュラルミンが見えているかのようになっている。また掘り込みが深く、パネルライン周りも塗装の下地のジュラルミンのような銀色が見えている。それはまるで何度も整備され手入れされているのを表しているかのように。
「面白い対比だな……」
一緒に見に来ていた梶山さんも顎を触りながら見入っている。
元々梶山さんは、陸上のミリタリーを中心に作っているモデラーだが、第二次世界大戦の飛行機は泥臭いイメージがあって嫌いではないらしい。
それに作る事に関しては好き嫌いというかこだわりがあるが、製作されたものを見るのに関しては好き嫌いは関係ないらしい。
実に的確な指摘やアドバイスをしてくれる。
そんな横で、じっと僕の作ったキットを睨みつけるかのように見ている女性がいた。
二十後半から三十前半といった感じの年齢のセミロングの髪を左右に分けて背中に流したなかなか綺麗な感じの女性で、もう一つの烈風のキットを作った僕の同好会入りを反対する人物。
南雲さんの奥さんの南雲秋穂さんだ。
そういえば、展示会でも製作見本のような綺麗で繊細な作品を展示していたのを思い出す。
つまり、これが彼女の得意とする作風なのだろう。
実に綺麗な作品だ。
そして、店長のつぐみさんもワクワクした表情で二つのキットを見比べている。
しばらくじっくりと双方のキットを見比べた後、南雲さんが僕のほうを見て聞いてくる。
「では、このキットの解説をしてもらおうか」
その言葉に僕は頷くと説明を始める。
「わかりました。烈風は結局試作機しか完成せず、実際に戦闘に出る事はありませんでした。しかし、もしもう少し速く完成していたらどうなっただろうかって事を考えて作ってます。試作機が作られた当時は、塗料が不足気味で下地のジュラルミンのままの無塗装でしたが、零戦の後継機として完成し、実戦に配備されていたら、零戦と同じ塗装がされたと考え、零戦後期の塗装パターンを参考に塗装しました。また、エースと呼ばれる人たちに優先的に配備されて激戦を繰り返していただろうと思い、色あせや整備等による塗装はげなんかもやりました。まぁ、あくまで完成が半年でも早かったらっていう架空戦記的な発想で作り上げました」
そこまで一気に話すと、じっと聞いていた梶山さんが豪快に笑い出す。
「いいぞ。気に入ったっ。泥臭さと人の手が入っている感じが実にいい。年季も感じられる作風だし、面白いと思うぞ」
そう言うと、バンバンと肩を叩く。
いや、痛いんですってば。
うれしいけどさ。
続いて南雲さんも口を開く。
「梶山が言うとおりだ。よれよれ感があるからこそ、実に第二次世界大戦の飛行機っぽさが出ている。当時の飛行機なんて、薄いジュラルミンや布なんかが使われていたりしたからな。今のジェット機とは正反対で、殴ればへこむって感じがある手作り感が第二次世界大戦機の魅力だからな。それを実によく表していると思う」
そう言って南雲さんは梶山さんの方を向き、二人して頷きあう。
「十分に合格ラインだ。完成度もいい感じだし、なにより個性がある。うちの同好会にぜひ入って欲しい」
代表して南雲さんがそういった後、もう一つの作品を作った自分の奥さんである秋穂さんの方を向く。
「どうだ?お前としては……」
そう問われ、じーっと睨みつけるように僕の作ったキットを見ていた秋穂さんだったが、ふうをため息を吐き出すと両手の平を上に向けて降伏のポーズをとる。
その表情にもう睨みつけるようなきつさはない
「文句ないわ。悔しいけど、実にいい作品よ。それにちょっとした時間だけどなんとなく彼の人柄もわかったしね」
彼女はそう言うと、すーっと右手をだしてくる。
「私は、南雲秋穂といいます。よろしくね、新人さん」
その手を握り返しながら「こちらこそよろしく」と言葉を返す。
そして手を離した後、じーっと今度は僕を見つめている。
「な、何か……
「ふーんっ。うちの旦那が言ってたけど、よく見るとなかなかいい感じの人だよね。ふむふむ」
何に納得したのかわからないが何度も頷き、そして今度はつぐみさんの方をじっと見た。
そして「なるほどなるほど」なんて言っている。
そしてニコリと笑うと僕のとつぐみさんの肩をぽんぽんと叩く。
「いやいや。お似合いじゃないの。まだいろいろあるみたいだけどがんばりなさいよ」
そう言うと機嫌よく店から出て行った。
えっと……。
説明を求めて南雲さんを見ると「すまんな…二人の事は…つい…な…」と言うと、片手ですまんとジェスチャーをしながら慌てて奥さんの後を追いかけて店から出て行ってしまう。
それは、追及する暇も与えないあっという間の出来事で、僕とつぐみさんはあっけにとられてしまっていた。
そして、その後互いに顔を見合わせて真っ赤になる。
つまり、南雲さんは、奥さんに僕らの関係の事を話したのだろう。
ああ、何てことだ。
まだ正式に付き合っているわけでもないのに、どれだけ話が広がっている事やら……。
そりゃ、うれしいけど、けじめもつけていないのに話が広がってしまうのは問題だ。
後で二人にはもうこれ以上話が広がらないように早めに手を打たなければ……。
つぐみさんの表情も真剣で、多分同じ事を考えているのだろう。
つぐみさんと目と目で確認し頷きあう。
そんな中、その場に残され、状況かわからずきょとんとした表情の梶山さんがぼそりと呟いた。
「なんだ?お前ら付き合っているのか?」
いかん。
ここにもう一人、口止めする必要な人物がいた。
再度つぐみさんと頷きあうと二人でがしっと梶山さんの肩を掴む。
場の雰囲気に飲まれたのか梶山さんの顔がこわばっているようだが、気にしたら負けだ。
「いいですか、梶山さん…」
僕とつぐみさんは、この後、僕とつぐみさんのことを口外しないようにしっかりと梶山さんに言いつけたのだった。