「なかなかいい感じですね。隙間は埋まっているし、周りのモールドも損なってないし……」
持ってきた烈風の本体をかなりじっくり見たり指先でさわったりした後、つぐみさんが模型を僕に渡しながら言う。
「ああ。何回かやり直したからね。それにモールドはけがき針で深くしているから」
「ああ、だから結構はっきりしているんですね。飛行機は基本つるんとしているから、モールドをよりはっきりさせる事で情報量増やすのはいいと思います」
「まぁ、くどくなりすぎないように注意はしたんだけど、第二次世界大戦の飛行機の写真見ると結構つるんとしてなくてね、それに、足の踏む場所はジュラルミンがボコボコにへこんでいたりするし……」
僕の言葉に頷くつぐみさん。
「ええ。いい塩梅だと思います。それに第二次世界大戦のころの飛行機ってのはリベットがあったり、歪みがあったりで結構ゴツゴツしてたほうがかえって味が出ていい感じになりますから。まぁ、当時と今の工業技術の差という部分もありますけどね。個人的には、今の飛行機より、人間らしさというか、手作り感があって、私は第二次世界大戦の飛行機大好きですね」
そこで一旦言葉を区切り、カウンターの中から雑誌を取り出す。
どうやら、現代機の資料のようだ。
いくつかのページを見せつつ説明する。
「反対に、現代機の場合は、工業技術の向上やデザイン的に空気抵抗とか考えてて、隙間がないようにぴっちりしてるからモールドはほとんど目立たない感じなんですけどね。結構つるんって感じです」
確かに最新鋭機というのはパネルの部分の色違いなんかはあるが、ほとんどスーッと曲線を描いており、ぱっと見た目は物足りなさを感じてしまうし、使われているような感じがあまりしない。
それでも、20年近く使われているジェット機あたりは、色が退色してたりと言った感じで使用感があり実に味がある。
そして今度は、スケールプラモデルの雑誌を開き、そこに乗っている現代機の模型の完成写真のいくつかを見せながら話を続ける。
「だけど、それではあまりに味気ないから、わざとモールドを強調して情報量増やす技法もあったりしますけどね」
「へぇ。そういうのもありなのか」
写真を見て感心したように言う僕に、つぐみさんは楽しそうに笑う。
「ありですよ。だって、プラモデルは作り手の分だけいろいろなものがあっていいんだから。リアルとかにこだわるだけじゃなく、リアルではないかもしれないけど見てて面白いとか、かっこいいとかでも問題ないですよ」
そこで一旦言葉を区切るとぐっと力を入れて言う。
「だって、模型製作は自由ですから!!」
その言葉に、僕は頷く。
そうなのだ。
同じ模型を作っていても、まったく同じものは出来ない。
ましてや、同じ人が作ったとしても、まったく同じにならない。
そこが面白い部分なのだから。
そして、自分で作ると言う行為が、思い入れや愛着を生む。
だからこそ、模型製作は楽しいのかもしれない。
「そういえば、カラーリングはどうするんですか?指定どおりにするんですか?」
つぐみさんのその言葉に僕は苦笑する。
「迷っているんだよね。実戦配備されていない試作機だからなぁ……」
普通に作るなら、指定どおりに作るべきだろう。
実際に、試作機しかないわけだから、それ以外の資料はないし。
それはそれでありだと思うが、それでは面白くない。
うーん、どうしたら面白いものが出来るのだろう。
話を聞いていたつぐみさんも考え込んでいる。
首を少し傾かせて腕を組んで考える様は、なかなかかわいいものだ。
そのうえ、顔のバランスを崩すような大きな黒縁眼鏡が重力に引かれて少しずつずり落ちていく。
しばらく沈黙の後、ピンときたものがあったのだろう。
つぐみさんがぽんと手を叩き、「なら、ifの設定で塗装したらどうでしょう?」と言ってくる。
「if?」
意味がイマイチよくわからず、そのまま聞き返す。
そんな僕の様子に、つぐみさんはじれったそうな感じでよりわかりやすい言葉を選び、話を続ける。
「ほら、一時期流行ったじゃないですか。なんとかの艦隊とか。そんな架空戦記みたいな感じはどうでしょう?」
そう言われて僕もピンときた。
そういえば、一時期、架空戦記ものの小説がかなり流行ってたっけ。
僕も一時期、よく読んでいた。
本当なら、量産されない試作品がどんどん実戦配備され、一気に形成を逆転して勝利する。
そんな戦記ものの話の事を彼女は言いたいのだろう。
ということは……。
なるほど、そういうことか。
僕の頭の中でぼんやりしていたものが形になっていくかのような感覚に襲われる。
そして、それはよりはっきりしたビジョンになった。
「ありがとう、つぐみさん。それ、すごくいいアイデアだよ」
どんな風に塗装するか決めた僕は、そう言うと塗料コーナーに向う。
そこで光沢感の強い銀色系のラッカー系塗料とアクリル系塗料で日本海軍機で使われるカラーのいくつかを選ぶ。
そしてT社のウェザーリング用の塗料等をいくつかを選択する。
「ふふっ。完成したら見せてくださいね」
つぐみさんがずり落ちかけている黒縁の眼鏡を指で上に押し上げつつそう言ってくる。
「もちろんさ。まずはつぐみさんに見てもらうつもりだから」
僕の言葉に、「楽しみにしていますね」と言ってくれた。
いいアイデアももらったから、しっかり仕上げていきたいなと思う。
さて、一気に仕上げちまうか!