「ほほう、最近腕を上げてきたじゃねぇか」
僕が作ったいくつかの模型の写真をスマホで見ながら南雲さんが面白そうに言った。
ここは、星野模型店の近くにある喫茶店。
古き昭和の匂いのする感じのお店で、ここは南雲さんから教えてもらった。
僕もかなり気に入っていて、チョコチョコお邪魔している。
そして、今日は星野模型店でばったりと南雲さんに会い、話がしたいということで二人でお邪魔している。
店に入って注文を済ませると南雲さんから「今作った模型の写真を見せてもらえるか?」と言われ、つぐみさんに見せる為に撮っていた写真を今見せていたところだ。
「ええ。やっと昔の感覚が戻りつつあるかなって気がします」
僕の言葉に、南雲さんはニタリと笑って「いい事だ」と言うと手を伸ばしてバンバンと肩を叩きました。
いやうれしいんだけど痛いですよ。
そのまま何気ない話をし終わった後、「ところで……」と南雲さんは話を切り出した。
「お前、うちの模型同好会に参加してみないか?」
「えっ?」
思いもかけない話だった。
まさかそんな事を言われるとは……。
確かに、他の模型製作者と話をする機会が増えればうれしい事はない。
しかし、僕なんかでいいのだろうか。
あの同好会の作品を見せてもらったが、かなり出来がいいものが多かった。
それとそれ以上に個性が強く出でいたように思う。
そんなところに、僕なんかが入ってもいいんだろうか。
「あの、僕なんかでいいんですか?」
思わずそう聞き返す。
「まぁ、俺や梶山はOKなんだが、一人うるさいのがいてな……」
頭をかきながら、そんな事を南雲さんは言う。
やっぱり、そういう人はいるものだ。
知らない人とかが入ってくると同好会の和が崩れたりする事はあるからな。
そういうのを嫌がって、新規に入ってくるのを嫌がる人はいる。
それは仕方ない事だと思う。
「なら、仕方ないですね」
残念だけど、反対者がいるのならしかない。
僕としては参加してみたかったんだけどね。
しかし、それで話は終わらなかった。
「そうだろう。仕方ないだろう?」
なんか僕の言葉を勘違いしたかのように南雲さんはそう言うとバッグの中から、さっき買っていたキットを出した。
『FM社 1/48 三菱A7M2 烈風11型』
僕がよく知らないメーカーのキットだ。それに烈風って…確か、零戦の後継機ながら完成が間に合わなかったと言われている機体ではなかったろうか。
「えっと、これが何か?」
訳がわからず思わずそう聞き返す。
すると南雲さんはすーっとキットを僕に押し付けるように渡して言った。
「それでな。仕方ないから試験をする事にしたんだ。そいつを1週間後までに完成させて持って来てくれ。反対しているそいつにそれを見てもらって納得させるから」
そう言われて、はじめて僕は南雲さんの『仕方ない』の意味がわかった。
『仕方ない』と言った僕の言葉を、南雲さんは、『仕方ない。入るためならなんでもします』と受け取ったらしい。
いやはや、日本語って奥が深い。
世界の主要言語の中でも難易度はむちゃくちゃ高いのが納得できる。
だって他の言葉は、肯定と否定ではっきりしているのだが、日本語はあいまいな表現が多い。
その為、外国人にとっては難易度が高いと聞いた事がある。
もっとも、その分、文章の表現力の広さや、奥深さがあるとは思うんだけどね。
おっと話がズレた。
あっけにとられている僕に対して、南雲さんは申し訳なさそうな顔をしているが、それだけではなく、してやったりと言った感じの色が見える。
もしかすると計算していたのかもしれない。
でも、断るのもなんだし、自分の腕を他人に評価してもらうチャンスだから受けようと思う。
少し乗せられてしまったとは思うが、こうしてぼくは初めてFM社の模型を作る事になったのだった。
「うーん、FM社ですかぁ……」
南雲さんと別れてもう一度星野模型店に戻った僕は、経過をつぐみさんに話した。
そして、FM社の烈風を見せると少し考え込むつぐみさん。
「悪いキットではないと思うんですよ。モールドもきちんとしててシャープだし、全体的な感じも悪くない。それに1/48で烈風のキットってこれ以外はほとんど見かけないし……」
少し歯切れが悪いのは気のせいではないだろう。
「ただ、一部の部品の合いがよくないんですよね」
そう言って、箱絵の機体と翼の合い目あたりをとんとんと指差す。
「ここの合い、それも下の部分で後ろ側が結構隙間が出来るんですよ。もちろん、上の翼と本体の間も出来るんですけど、深刻なのはこっちの下の後ろ側ですね」
「ふむ。どれくらい?」
「うーん、個体差もあるかもしれませんが1~2ミリ以上は覚悟した方がいいかもしれませんね」
1~2ミリ以上か……。
つまり、下手するとそれ以上の可能性もあるわけで……。
それは結構な幅だ。ほんの少しでもすーっと細く隙間が開くだけで飛行機のキットの場合、かなり目立ってしまう。
「どういう方法がいいと思う?」
「うーん。いろいろ方法はあると思うんですよ。プラ版はってみたりとか……」
そう言って少し考えるつぐみさん。
「でも、一番無難なのはパテ埋めですね。仮組みしてプラ版で補強というのもいいと思うんですけど、それはもう少し大きく開いた場合とかに有効だと思います。1~2ミリ程度ならパテで何とかなると思います。ただ……」
「ただ?」
「パテって使った事あります?」
少し首をかしげて聞いてくるつぐみさんをかわいいなと思いつつ、「ああ。少しは昔使った事あるよ」と返事をする。
昔、Gプラに1/72の88ミリ戦車砲を改造して肩につけて、キャノン風に改造した時があったからなぁ。
「なら安心ですね。でも、注意してください。翼と本体の継ぎ目はモールドがあったりで、パテ使うと埋まってしまう場合もありますから」
「ああ、わかってる。爪楊枝とか使って昔やってたから……」
僕の言葉に頷くと、「あと、これもあった方がいいと思うんです」と言って僕の前になにやら出してきた。
「市販品もあるんですけど、プラ版とプラ棒、それに紙ヤスリがあると簡単に作れますから。それに好きなサイズも作れますし」
それは小さく切ったプラ版にプラ棒で持ち手をつけて、裏に紙やすりを貼り付けたものだった。
「これだったら付け根の部分とかヤスリがけしやすいと思いますよ」
僕はそれを手にとって見てみる。
「へぇ。これ便利そうだなぁ……」
「でしょう?市販品もあるんだけど、買うといい値段するしねぇ。あっ、店としては買ってもらったほうが良かったかな」
思い出したのか慌ててあわあわするつぐみさん。
売り上げも考えなきゃ駄目だからな、店長としては。
本当に大変だ。
でもそんなつぐみさんはまるでちょこまかと動くような小動物的で、さらに大きな黒縁眼鏡のおかげか表情がデフォルメされているかのように感じられてとてもかわいいと思う。
そんな様子を見て微笑む僕。
「ひどいですっ」
そう言いつつも、笑い出すつぐみさん。
そして一緒に二人で笑うのだった。