「こんにちわ」
そう声をかけて店内に入ると、珍しく美紀ちゃんがカウンターで店番をしている。
「いらっしゃい」
少し眠そうな声でそう声をかけた後、あくびをしている。
店内は、客もいないし、きちんと整理整頓され清掃も終わってちょうど手持ち無沙汰な時間帯になったのだろう。
「めずらしいね」
そう声をかけつつ奥の方を覗き込む。
その様子でわかったのだろう。
「あ、つぐねぇなら作業室だよ」
美紀ちゃんはそう言うとちょいちょいと作業室の方を指差す。
この模型店には、ここでプラモデルを買った人が作れるように場所と機材を貸し出す部屋があり、そこを作業室と呼んでいた。
そして、その部屋には楽しそうになにやら作っているかわいい感じのエプロンをしたつぐみさんの姿があった。
相変わらずの整った顔立ちには喜びと笑顔か浮かび、時折下がってくる顔のバランスを崩すような大きな黒縁の眼鏡を指で押し上げている。
「めずらしいね。店長が模型作っているなんて」
多分、ここに来て初めての事ではないだろうか。
そう言えば、彼女の作ったものを見せてもらった事がないことを思い出す。
「何を作ってるんだろう……」
気になって作業室の方に歩き出そうとすると美紀ちゃんに止められる。
「つぐねぇ、作っている時はちょっかい出さない方がいいよ。すごく怒られるから」
確かに自分も作っている時に声をかけられたりしたら嫌な顔をするだろう。
「そうか。なら仕方ないな」
意外とあっさり引き下がったのが以外だったのだろう。
少し驚いた表情をしている。
その表情に笑いかけながら、それでも気になっていたので美紀ちゃんに聞くことにする。
「ところで、店長は何作っているんだい?」
その言葉に、結局は私に聞くのねって思ったのだろう。美紀ちゃんは苦笑しつつ展示のガラスの棚を指差す。
その先にあるのは、丸っこい物体。
それがいくつもいろいろな色で塗られて並んでいる。
よく見ると丸い形だが、いろんな部分が出ており、どうやら飛行機のようだ。
それがいろんな機種で10個近く並んでいる。
それを見ていて思いつく商品名が浮かび上がる。
「あ、もしかして、たまご飛行機?」
「うん。そう。つぐねぇは、たまご飛行機の大ファンなんだよ。そこにあるのだけでなく、部屋にもいろんなのを飾ってるよ」
うんざりした表情でそう言う美紀ちゃん。
「かわいいんじゃないの?」
僕がそう言うと、美紀ちゃんは、「まぁそうなんだけどさぁ……」と言いつつ、作業室を見る。
そこには熱心に塗装しているつぐみさんの姿があった。
「でもさぁ、わかる?翼の翼端を切って四角っぽくして、ちょこちょこ手を入れてデカール違うのにしてさ、これは32型なのよ、美紀ちゃん。実機はね、ここがね、こうなってるのが特徴なの。だからね、こういう風に加工して、デカールをこっちのやつに変更してねとか毎回新作できるたびに延々と説明されてごらんよ……」
はぁ……。
と深くため息を吐き出し、言葉を続けた。
「気が狂いそうになるわよ」
確かに、美紀ちゃんはどちらかというと模型にはほとんど興味はない。
商品としては知っていても、実機がどうのといった事はちんぷんかんぷんだろう。
だから、僕は苦笑する。
「それは災難だったね」
「本当よ。あれさえなければねぇ……」
本当にうんざりしているようだ。
そう言って、何を思いついたのだろうか。
はっとした表情を浮かべた後、にんまりと笑い僕の方を見た。
思わず嫌な予感がして一歩後ろに下がる。
「な、なにかな……」
「ふふっ。今度からは、あなたにお願いしょうかしら」
まさか……。
「つぐねぇの新作の解説聞くのをお願いしますね」
まさかであった。
しかし、まぁ、彼女と話が出来るのならそれはそれでいいかと思う。
だから、「わかったよ」と僕は答えた。
すると「ふっふっふっふ……。言いましたねぇ~」と美紀ちゃんは笑いながらそう言うとカウンターにあるマイクを握ってスイッチを入れてこう言った。
「つぐねぇ。彼がつくねぇの新作の話聞きたいって」
おいっ、作業室ってマイクで繋がってるのかよっ。
作業室で楽しそうに塗装していたつぐみさんの視線がこっちを見た。
その時、気のせいかもしれないが、整った顔のバランスを崩すような大きな黒縁の眼鏡が光ったような気がした。
「うんっ。わかったわ。すぐ行くから。少し待っててね」
まるでうきうきするような口調でそう言うと、手早く塗装の片づけを始める。
どうやら塗装作業は区切りがいいところだったようで、十分もしないうちに彼女はこっちにやってきた。
もちろん、手にはたまご飛行機を持って。
どうやら、今作っているのとは別に作ったものがあるらしい。
実に予想外だった。
すーっと美紀ちゃんを見ると、ニタリと笑って視線をそらしている。
くそっ。わかっててやったんだな。
そんな僕に向ってご機嫌なつぐみさんがやってきて、手の上にあるたまこ飛行機の解説を始める。
「これはね、H社の三菱F-2なんだけど、キットはF16の尾翼部分の変更だけなの。だけど実機だとかなりいろんなバランスが違うの。キットをそのまま使うんではなくて……うんぬんかんぬん」
実機をいかにSDにしてキットから改造したか、実機はこうだから、キットではこうしたとか、苦労したところはここでとか、ともかく早口でまくし立てられて僕は頷く事しかできず、その後1時間近く彼女の早口の解説を聞かされることとなった。
やっぱり、好きな事の話になると人間、早口になるものである。
それをたっぷり実感する事ができた出来事であった……。