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第56話 誕生日 その翌日……

翌日の夕方、仕事帰りに模型店によるとカウンターには美紀ちゃんが立っていた。

「いらっしゃい~♪」

ご機嫌な声で出迎えられる。

そして僕を見てニヤニヤ笑ってちょいちょいとこっちに来るように右手をひらひらさせる。

「や、やぁ。な、何かな……」

恐る恐る近づくと案の定昨日の事を聞かれた。

「昨日うまくいったみたいじゃないの」

「まぁね。おかげさまで……」

僕がそう言うと意味深な表情を見せる美紀ちゃん。

「まぁ、口止めはされたけど、普段に比べるとなんかね、つぐねぇ、酔ってるみたいにポヤポヤしてて説教も軽めだったよ。どうしてだろうねぇ……」

そう言って覗き込むように僕を見る。

どうやら昨日の事を聞きだしたいらしい。

しかし、こっちだって負けてられない。

「そういえば、美紀ちゃんの方はどうだったのかな?」

そう聞き返す。

その瞬間、美紀ちゃんの顔が真っ赤になった。

「えっ、あっ、ど、どうしてそれを……」

慌てふためく美紀ちゃん。

これはこれでなかなかレアな反応だ。

「いや、悟さんが明日はうちの孫たちがデートなんだよなぁってぼやいてたらしいよ」

その言葉に美紀ちゃんの表情が慌てふためきデレたものから真剣なものに変わる。

どうやら僕の言葉の意味がわかったらしい。

「ちょっと待ってっ。それって誰から聞いたの?」

「南雲さんから。電話でね」

頭を抱える美紀ちゃん。

南雲さんが知っているという事は、奥さんの秋穂さんも知っているという事で……。

それは、つまり、かなり拡散しているという事と思っていいだろう。

なお、帰り道にその話をつぐみさんにしたらつぐみさんも頭をかかえていた。

この手の恋話は、女性にとっては大好物なのであっという間に広がってしまう。

それでなくても僕が言うのもなんだが、美人姉妹という話題性があり、身近にいる知っている者の事ならなおさらだ。

だから、つぐみさんは帰り道に車の中から電話しまくって話を口止めするのに躍起になっていた。

説教が軽めだったのも、まぁ、キスのせいもあるかもしれないが、口止めに何とか成功した結果、ほっとしていた部分も大きいかもしれない。

ちなみに、つぐみさんは自分の事は口止めしたが、美紀ちゃんの事は何も言ってなかった。

多分、秋穂さん当たりはその意味に気が付いていることだろう。

それも説教が軽めだった事に関係しているかもしれない。

そんな事を考えていると、頭を抱えていた美紀ちゃんがはっとした表情をした。

どうやら彼女も気が付いたようだ。

「つぐねぇ、つぐねぇはこのこと知ってるの?」

僕はにこやかに微笑んで答える。

「つぐみさんは昨日知ってからいろいろ電話して口止めとか手配してたみたいだよ」

「えっと、それって……私はもちろん……」

「あの口ぶりだと入ってないねぇ。美紀ちゃんの事は言ってなかったから、目ざとい秋穂さん当たりは気が付いたと思うよ、その辺りは」

「そうですよねぇ。だから、説教、軽めだったんだ……」

がっくしとその場に肩を落とす美紀ちゃん。

昨日の時点でも口止めなんかをするのにかなりギリギリっぽい感じだった。

それから半日経っている。

多分、もう間に合わないだろう。

ご愁傷様。

そんな事を話していると、つぐみさんが帰って来た。

どうやら夕飯の買い物に出かけていたようだ。

「おかえり、つぐみさん」

「あっ、こんにちわっ。いえ、この場合はただいまって言う方がいいのかしら?」

変なところで少し首を傾けて考え込むつぐみさん。

そんな様子に僕は苦笑しながら答える。

「どっちでもうれしいから、つぐみさんにお任せします」

「ふふっ。なら、ただいま戻りましたっ」

つぐみさんは、ほんわかした感じでそう言って微笑む。

うむ。実にかわいい。

僕はこんな人と付き合っているんだ。

そしても昨日、僕は……彼女からとはいえ……。

唇に視線がいってしまう。

そして思い出す。

あの感触を。

心臓がドキドキしている。

多分、顔は真っ赤だろう。

そして、僕を見ているつぐみさんも真っ赤だった。

「はぁ、ステージ上がったのに、やってる事は変わらないのね」

ショックから立ち直った美紀ちゃんがあきれ返ったように僕たちを見て呟く。

その言葉で我に返る僕達。

「あははは…」

笑って誤魔化す。

「本当に何やってるんだかなぁ」

そう言う美紀ちゃんだが君も人の事はいえないぞ。

そう心の中で突っ込む。

さっきの慌てふためき、デレていた様子をビデオにとって見せてやりたいと思ってしまう。

しかし、それをやったら、間違いなく同じように仕返しをされるのでやめておくことにする。

「そ、そうだっ。せっかくだからご飯食べていきません?」

思いついたようにつぐみさんが僕の表情を伺いつつ聞いてくる。

美紀ちゃんも、「いいんじゃないの」なんて言ってくれる。

「いいのかな?」

「もちろんです。昨日のお礼と言うわけではありませんけど、あなたに私の料理食べて欲しいかなって思っての」

そこで照れて下を見るつぐみさん。

すごくかわいい。

多分、美紀ちゃんがいなかったら抱きしめていたかもしれない。

バカップルみたいなことは出来ませんよ。

まぁ、人気がなかったらやっちゃうんだけどね。

おっと違う事を考えてた。

今はどうするかだけど。

つぐみさんの料理に興味があるし、彼女の好意がすごくうれしいし、何より、すごくかわいいので僕は食べていくことにした。

「なら、喜んでご馳走になるかな」

「ふふっ。今日はね、とんかつさんなんです。少し時間かかりますけど準備できたら呼びますから待っててくださいね」

そう言ってつぐみさんは奥に入っていった。

ふむ……。彼女の手料理か。

こんなに早く食べられるなんて、すごくうれしいな。

そんな事を思っていたら、美紀ちゃんがすごく真面目な表情で聞いてくる。

「ねぇねぇ。一つ聞きたいんだけどさ」

「ああ、いいけど何かな?」

その真剣な表情に少しびっくりしつつも聞き返す。

「彼氏としては、彼女の手料理を初めて食べるってすごくうれしいの?」

「もちろんだよ。男にとって初めて彼女の手料理を食べるって事は特別なことだよ。それだけ相手に尽くしたいとか、相手に食べて喜んで欲しいとか思ってやってくれていることだろう。ましてや、初めてご馳走してくれるなら、そりゃ無茶苦茶うれしいに決まってる」

僕の言葉に少し考え込む美紀ちゃん。

しかし、すぐに「そっかぁ……」と呟くように言うとにへらと表情を崩す。

どうやら彼女の方も昨日はうまくいったようだ。

最初こそ心配したけど、美紀ちゃんと彼は結構お似合いかもしれないなぁ。

そんな事を思う。

だからだろうか。

本当なら聞く事ではないのかもしれないが、思わず美紀ちゃんに聞いてみる。

「僕とつぐみさんって、お似合いだと思う?」

僕の質問に呆れたような表情を見せた後、ばーんと背中を叩かれて言われる。

「私がお似合いじゃなきゃこんなに応援しないわよ。自信もってよね」

その言葉は、まるでしっかりしろと叱咤する母親のように、或いはそんなこともわからないの?と呆れた友人のように、そして悔しいけどといったフィーリングを持ったライバルからの激励のように感じられた。

「ありがとう。がんばるよ」

僕がそう答えると、周りを見渡し確認した後、美紀ちゃんが僕の耳元で囁く。

「今度は私にも協力してね」

どうやら、彼への待遇が少し上がったらしい。

まだ付き合うまではいってないようだが、友人から、大切な友人くらいはなったのだろうか。

だから僕は頷いて答える。

「もちろんだよ。聞きたい事があったら任せて」

その言葉に、美紀ちゃんの顔にほっとしたような笑顔が広がったのだった。

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