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第118話 七年後……

トントン。

ドアを叩く音。

この叩き方は孫の忠司だな。

そう思いつつ「どうぞ」というと元気よくドアが開かれる。

「じいじ、ご飯できたって」

予想通り、孫の忠司が元気よく部屋に入ってきて楽し気に言う。

「そうかそうか。じゃあ、いこうか」

そう言って立ち上がったが、呼びに来た孫の忠司は動かなかった。

ただびっくりした表情で、黙って一点を見つめている。

どこを見ているのだろうと視線を動かすと、棚に置いてあるとあるものを見ていた。

「じいじっ、あれ何?」

忠司が興味津々でそれを指差す。

その指さす先にあるのは、7年前、夫婦で作った模型だった。

じいちゃんに見せた模型。

本当は、じいちゃんが託してくれたものがあった。

だが、それは失われ、望んだものではなく、それを真似た別物である。

見方によっては詐欺とか偽善と言われてしまうだろう。

だが、その時は、自分らが出来る最善の手だった。

そして、それがきっかけで夫婦の仲も変わった。

ある意味、崩壊しかけていた夫婦仲を再築し、じいちゃんを喜ばせて満足させたのがあの模型である。

だから、私は笑って言う。

「あれはな、大切な絆の模型なんだ」

「絆の模型?」

不思議そうにいう忠司に、私は笑って言う。

「そう絆だ」

少し考えこむ忠司。

だが、まだ6歳の子には難しすぎたのだろう。

「よくわかんないや」という返事が返ってきた。

その返事に、私は笑った。

そして聞く。

「どうして興味を持ったんだい?」

そう聞かれると忠司は即答した。

「かっこいいっ」

「そうか。そうか」

その素直すぎる言葉に、私は楽しくなった。

そうだ。自分が子供の頃は、かっこいいとか、強そうとか、速そうとか、実に単純な憧れで模型を作っていたなと。

そうだな。難しく考える必要はないか。

私はそう思考をまとめると、忠司に話しかける。

「気に入ったか?」

「うん。気に入ったよ。欲しいな、あれ」

そう言う忠司に、私は笑った。

「そうか欲しいか」

そう言った後、しゃがんで模型に興味を示す孫と同じ視線になると言葉を続けた。

「だが、あれは私と妻とおじいちゃんとの絆なんだ。だから譲れないんだよ」

その言葉に、忠司は拗ねたような表情になる。

だが、とても大事にしているというのが伝わったのか、「うん。我慢する」と返事をした。

「いいぞ。人の気持ちを理解する事はいい事だ」

そう褒めると忠司はうれしそうに笑った。

そして、私はふと思い出す。

そう言えば……。

「少し待ってくれるかい?」

私はそう言うとスマホを取り出した。

そして、とあるところに電話をするのであった。



じいじがどこかに電話をかけている。

なんか、色々話しているみたいだ。

でもそんな事が気にならないほどに僕はじいじの大切な『きずなのもけい』を見ていた。

すごくかっこいい。

欲しいな。

その思いはとても強い。

だが、じいじやばあばを悲しませたくないから我慢するしかない。

そう思っていた。

どうやら、電話が終わったのだろう。

じいじがスマホから手を離して僕の頭を撫でる。

「ふふふ。忠司、あれ欲しいか?」

「うん、ほしい。でもあれはじいじのたいせつな『きずなのもけい』だからがまんする」

「そうかそうか。なら、午後からすごい所に連れて行ってやる」

「えっ?!すごいところ?」

僕がそう聞くとじいじはニタリと笑みを浮かべる。

「ああ。楽しみにしておけ」

じいじはそういって笑ったのだった。



お昼ご飯の後、じいじはばあばと僕を車に乗せて出発した。

どこにいくのだろう?

すごい所ってどこなんだろう?

ワクワクが止まらなかった。

そして到着したんだろう。

駐車場に着いて降りた僕を、じいじは建物の前につれて行ってくれる。

ガラスの棚がいくつも並び、そこにはじいじの所にあった飛行機以外にもいろんなものが並んで飾ってあった。

すごいすごい。

それらを夢中で見ていると、じいじがそんな僕を見て笑って言う。

「すごいだろう?」

「うん、すごいっ。でも、ここどこ?」

そう聞く僕にじいじは答える。

「ここか?ここはな、星野模型店という模型屋だ」

そして、じいじは目を細めてばあばの手を握って言う。

「私と妻の大切な場所だ」

その言葉に、僕は驚く。

そんな大切な場所に連れて来てくれたのだと。

じいじは驚く僕を見て言葉を続ける。

「そして、忠司の大切な場所になるかもしれないところだ」

よく意味が分からないや。

そう思ったから聞き返す。

「ぼくのたいせつなばしょ?」

「ああ。そうだ。ともかく入ろうか」

じいじに連れられてお店に入ると、黒縁の眼鏡をかけた女の人から「いらっしゃいませ」という声が掛けられる。

うちのママより美人だと思う。

そんな事を思っていると、じいじがその女性に声をかけた。

「店長さん、電話した件ですが……」

「はい。大丈夫です」

女性はそう言うと微笑んでしゃがむと僕に声をかけてきた。

「ふふふっ。こんにちわ。私はここの店長をしている星野つぐみといいます。よろしくね」

「うんっ」

そう返事をすると、店長さんが楽し気に笑って聞いてくる。

「いい返事ね。ふふふっ。プラモデルって作ったことある?」

「ないです」

その返事に店長さんは困ったような顔になったが、気を取り直して言う。

「そっか。でも楽しいよ。やってみない?」

そう聞かれて、僕はじいじの部屋にあった『きずなのもけい』を思い出す。

あれ、プラモデルだったよね。

そっか、あれって作れるんだ。

そう思ったら、すぐに返事を返していた。

「うん、やってみたい」

すると奥の方から赤ちゃんを抱いた男の人が出てきた。

そして、赤ちゃんを店長さんに渡すとしゃがんで僕に声をかけてくる。

「君が忠司くんだね。こんにちわ。模型を作りたいって?」

男の人はそう言って声をかけてきた。

すごく優しそうな人だなと思った。

だから頷く。

「うんっ」

「どんなの作りたいんだい?」

「じいじのきずなのもけいみたいなやつ」

そう言われてどんな模型かわかったのだろう。

困ったような顔をする男の人。

「あれは難しいんだ。だから。こんなのはどうかな?」

そう言って連れて行ってくれたのは、かっこいいとは程遠い丸っこい飛行機の模型が飾ってある場所だった。

それはじいじの模型とは全く違うものだ。

でも、かわいいしかっこいいと思った。

「うん。これいい」

「そっか。そっか。これはねたまごヒコーキと言うんだ」

「たまごヒコーキ?!」

「そうそう。この中から好きなのを一つ選んで、あっちの部屋で君のおじいさんとおばあさんと一緒に作ってきてごらん」

「じいじとばあばと作る……。うん。作る」

僕は楽し気に答える。

だってさ、すごく楽しそうだもん。

それに、じいじとばあばも楽しそうだった。

いくつも並ぶ箱の中から、かっこ良さそうなのを一つ選ぶ。

それを待っていた男の人は笑って言った。

「じゃあ、工作室にみんなで行こうか」



こうして、この日、僕は模型の楽しさを知った。

一緒に作ったじいじとばあばも楽しそうだった。

そして、わかった。

今は、じいじとばあばの作ったようなものは難しいと。

でも、いつかはじいじとばあばの『きずなのもけい』みたいなのを作ると。

それが僕の目標になった。

そして、ここはじいじの言う通り僕の大切な場所となったのであった。


《END》

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