──目覚めると、そこは"未知"の空間だった
ひやりとした冷気が肌を刺す。
瞼を開くと、見たこともない光景が広がっていた。
石造りの壁がぐるりと円形に囲む広間。
天井は高く、まるで大聖堂のように静寂が支配している。
火の消えた灯籠が等間隔に並び、壁の隙間から差し込む青白い光が部屋を淡く照らしていた。
正面には、豪華な彫刻が施された椅子が一つ。
まるで──王の玉座のように鎮座している。
そして、部屋には扉が一つ。
それも、無骨で重厚な、まるで牢獄の門のような威圧感を放つ扉だ。
「……ここはどこだ?」
反響する自分の声が、やけに低く響く。
──違和感。
違和感が凄まじい。
"何かが決定的におかしい"。
俺は慌てて記憶を辿る。
最後に覚えているのは──夜、塾帰りの帰り道だった。
信号のない横断歩道を渡る時、後ろからくる車に気づかず……
──ドンッ!!
衝撃と鈍い音。
そこまで思い出した瞬間、全身の血が一気に凍りついた。
「ま、まさか……」
心臓が早鐘を打つ。
ありえない考えが頭をよぎるが、それを認めるわけにはいかない。
俺は、死んだ……?
馬鹿な。
そんなこと、あるはずが──
「いやいや、ないない。そんな漫画みたいな展開が──」
無理に笑おうとしたが、言葉が喉の奥で詰まる。疑いを振り払おうとするほど、現実の異常さが突き刺さる。
この空間も、光も、匂いも、すべてが異質。
嫌な予感が、確信へと変わり始めていた。
「とりあえず、落ち着け……。まずは、自分の体を確認しろ……」
深呼吸をしながら、震える手を見下ろす。
──緑色。
は?
いやいやいや、俺の肌は普通の日本人と変わらないはずだ。
だが、今目の前にあるのは……
まるで爬虫類のような緑色の肌。
手だけじゃない。
腕も、足も、胸も──全身が緑色になっている。
心臓が跳ね上がる。
「ちょ、ちょっと待て……」
思わず顔を触る。
ゴツゴツとした感触、ザラついた皮膚。
自分の腕を掴むと、信じられないほどの"硬さ"を感じた。
そして、さらに異変は続く。
──筋肉。
バッキバキに割れた腹筋。
異様に発達した上腕筋と大胸筋。
以前の俺は、筋肉とは無縁のぽっちゃり体型だった。
それが今では、ボディービルダーすら裸足で逃げ出しそうなほどの超マッチョ体型。
な、なんだこれ……
「な、何がどうなってるんだ……?」
焦燥が喉の奥で渦巻く。
状況が理解できない。
これは夢か?
それとも幻覚か?
──いや、"現実"だ。
肌の感触も、筋肉の重みも、鼓動の高鳴りも、すべてがリアルすぎる。
そんなはずはない。
俺はただの高校生だった。
昨日まで普通の生活をしていたはずなのに
……いや、違う。
"昨日"なんて、もう存在しない。
だって俺は──
死んだのだから。
その事実が、"スッ"と頭の中に入り込んできた。
不思議と、受け入れてしまう自分がいた。
そして、次の瞬間、確信に至る。
──俺は異世界に転生した。
しかも、"モンスター"として。
ラノベ好きの俺は、異世界転生を何度も夢見ていた。
剣と魔法の世界。
圧倒的な力を手にし、王道の冒険を繰り広げる。
可愛い幼馴染に慕われ、姫に召喚され、
勇者として魔王を倒す──
……だが、この現実はどうだ?
──可愛い幼馴染?いない。
──召喚してくれた王女?いない。
──勇者?違う。
俺は、"討伐される側"だ。
勇者が倒すモンスター。
冒険者に討伐される"経験値"。
「……ふざけんな」
笑えない。
転生するなら、せめて人間がよかった。
せめて、倒される側じゃなくて倒す側になりたかった。
なのに、俺は──
──"モンスター"。
狩られる存在として、転生してしまった。
俺は苦々しく息を吐いた。
「……今後、どうすればいいんだ?」
考えても答えは出ない。
とにかく、この空間を調べるしかない。
まずは情報を集めて、この世界のルールを知ることが最優先だ。
俺は意を決して立ち上がった。
その瞬間──
ボッ……!!
火の消えていた灯籠に、一斉に炎が灯った。
「なっ……!?」
ゴゴゴゴゴゴ……
重々しい音が響き、正面の扉がゆっくりと開く。
嫌な予感がする。
そして、予感は的中した。
扉の奥から、5人の人間が姿を現した。
男3人、女2人。
──冒険者たちだ。
先頭には巨大な盾を構える戦士。
その後ろには両刃剣を持った剣士と短剣を持った盗賊。
最後尾には杖を持った魔法使いと、弓を引く射手。
戦闘の準備は万端。
彼らの目は──"俺を討伐する"と決めた者の目だった。
背筋が凍る。
分かっていたはずなのに、現実として突きつけられると、思わず息が詰まる。
──俺は
討伐対象として、ここにいるのだ。
「……マジかよ……」
俺は小さく呟いた。
──これは、最悪の異世界転生だ。