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第一条 教育基本魔法

「ねえ、あれ知ってる? ネットで噂の見たら死ぬ動画」

 ブレザー制服の女子高生三人が登校してきて、法之宮のりのみや第一高等学校の敷地に入りながら噂を囁き合っていた。

「GIFじゃなかったけ。それ見てると死んじゃうんでしょ」


「んなもんあるわけないだろ」

 校庭の隅をゆっくり歩いての女子たちの会話に、脇を早歩きで追い抜く男子がツッコむ。

「死んだら、動画を見たなんて証言できないんだからな」

 反論を吐いた生意気そうな男子の背中は、帽子を深く被ったまま玄関へと足早に向かう。


「だ、誰だか知んないけど」女生徒のうち一人が、うろたえながらも反論した。「わかんないじゃないの。すぐ死ぬんじゃなくて、制限時間があるかもだし」


「だったら、動画が原因とは言い切れねーな」

 男子は、振り返りもせずにひらひらと片手を振って再反論する。女子たちは、一人を除いてムッとして彼の後ろ姿を睨んだ。

「なにアイツ」

「何年の何組? 見覚えないのに馴れ馴れしい」


「しっ、やめといた方がいいよ」

 怒る仲間たちの言葉を、一人違った反応をしていた女子、阪原壱子さかはらいつこが遮った。茶髪の友人二人と違い、同じギャル系でも一人だけ黒髪ロングの美少女。

「……危なかったよ」きょとんとする仲間に顧みられると、彼女は続けた。「帽子の隙間から白髪が覗いてた」

 この一言で、そこにいた女子生徒全員で玄関に入ろうとする問題の生徒を見直すと蒼ざめる。

 壱子が震えて囁いた。

「たぶんあれが、今日転校してくるっていう伝説の不良……」

 これを合図に、女子三人は戦慄の声をそろえたのだった。


「「「白狼フェンリル!!」」」


 他方、フェンリルと呼ばれた少年は玄関に入るなり慣れ親しんだ光景に遭遇する。

 廊下の角に追い詰められた小柄な男子生徒が、がたいのいい金髪ピアスの男二人に脅されていたのだ。

「ちょっと金貸してくれって頼んでるだけだろ」

 金髪ピアスの一人に凄まれて、小柄は震えた返答をする。

「い、嫌だよ。いつも、ずっと返してくれないじゃないか。何万円にもなるのに」

「おっと悪い」

 もう一方の金髪が小柄の顔横。壁を殴って警告する。

「貸してくれないと、手が滑って殴っちゃうかもよ?」


「さすが、底辺高校だな」

 独白するや、風のようにフェンリルはそこへ接近。躊躇なく金髪二人を背後から蹴倒した。

「な、なんだてめぇ!」

 驚くも、二人はどうにか立ち上がって殴り掛かる。

 フェンリルはそれぞれの放ったパンチを軽くかわし、おのおのの手をつかむ。そのまま捻って両方を再度転倒させた。

「悪ぃ」フェンリルは負け犬を見下ろす。「足と手が滑っちまったんだ。カツアゲみてぇなダサい真似続けんなら、また滑るかもな」


 金髪の一人が、帽子の隙間から覗く相手の髪色に気付く。

「……こいつ、白狼だ。転校の噂はマジだったか」

 もう一方もぎょっとして喚く。

「お、憶えてろてめぇ。暴力は校則違反だぞ。口裏合わせてやるからな! おれの親父も警官だ、覚悟しとけや!」

 捨て台詞を吐くや、二人は一目散に逃げだした。


 ぽかんとしていた小柄ないじめられっこは、慌てて声を投げる。

「あ、あの。ありがとう」

 しかし頭を下げて上げた時には、もう救世主の姿はなくなっていた。



「転校生を紹介します」

 という担任教師の定型化された文句を耳にして、朝礼が行われている教室にフェンリルは入ってきた。

 校庭でオカルト話をしていた少女たちも教室にはおり、そろって嫌そうな顔をする。よそに、黒板へは〝桐堀敬雅きりほりけいが〟と新入りの名前が教師によって刻まれた。

 そして敬雅は、白髪に白眉、灰色の瞳という出で立ちだったのだ。肌も白い。

 帽子で隠していた髪を晒した彼は、自身が好奇の視線を浴びると予想していた。


 ――白子症アルビノとしての生まれつきの姿。このため偏見からいじめられたこともある彼は、黙っておらずに反撃した。

 やられればやり返すうちに、腕っぷしは強くなった。すると今度は、自分のように憂き目に遭う者を見過ごせなくなった。

 いじめやらで弱者を食い物にする不良は片っ端から喧嘩で倒した。群れる理由はないので、常に一人で戦った。かくして白い一匹狼、〝白狼フェンリル〟なるどこかのイキりオタクが付けたというあだ名を与えられ、そこそこ大きな地方都市である法之宮市内の学生たちでは知らぬ者のない不良となった。


 そう、敵対する連中と同じ不良扱い。


 彼自身は弱者いじめをしているわけでもないのに、喧嘩ばかりする〝不良青少年〟という括りで補導される。故に、法やら校則やらの理不尽な決まり事も嫌いになった。

 負けた連中の腹いせか、やってもいない悪事を犯したならず者との嘘八百をネットにばら撒かれたこともある。自宅にもメディアリテラシー能力の欠如した連中による嫌がらせの電話や投書が来て、あわや大炎上かと覚悟した矢先に事態が沈静化したこともあったのは謎だったが。


 ともかく、市内の別な高校であるここに転入したのも、半ば前の学校を追われたからだ。

 生理現象を完璧にコントロールなぞできないのに、トイレに行きたがった生徒をテスト中だからと咎めた担任がいて、結果その生徒が漏らすはめになり余計テストどころではなくなり、しまいにこのことでいじめの対象になった結末に敬雅がキレて教師に凄んだのだ。怯えた担任は反射的に敬雅を殴り、彼も一発殴り返したところで他の教師たちに取り押さえられた。


 かくして、別に勉強をしないわけではないので登校できていたそれなりに優等生の学校から、下から数えた方が早い偏差値の法之宮第一高校へと大人たちの目論見で転校させられた格好である。

 故に、教室中から嫌悪を浴びることなぞ覚悟していた。


 が。どうしたものか、朝の女子たちの視線くらいでたいしたものはなかった。


 あまりの無反応に、敬雅のほうが驚かされたくらいだ。

 なにより、窓側最後尾から一つ前の席に掛けている魔女のような少女に自身が戸惑わされるに至った。


 ――青い長髪である。

 一瞬同じ境遇かと思ったが、レベルが違った。格好からして魔女なのだ。

 三角帽子にローブという衣装の上から、制服を羽織っている。

 一人だけコミケ。魔女っ娘コスプレだ。

 なるほどコイツのせいらしい。どう考えても自分は霞む。ありがたがるべきか、戸惑うべきか。


「……彼女は、何者?」

 あまりのことに自己紹介も忘れ、敬雅は魔女を指差して口走るのを優先してしまう。

 教室内の空気が凍りついた。水を打ったように、誰も返事をしない。

「わしか?」

 一人、魔女が自分を指差して堂々と回答するのだった。

「〝魔法少女〟、アラディアだが。ここは君の紹介の場だろう、早く名乗ることだね」


 沈黙。


 どう考えてもツッコみどころ満載な、高校生なのに未だ中二病の少女。そこに、生徒も教師も反応しない。

 いじめられているというわけでもなさそうで、むしろ自称アラディアとやらの方が圧倒的威圧感を放ち、みなを萎縮させている雰囲気だ。

 意味不明だが、さすがに敬雅も気まずい。とりあえず硬直した時間を動かすように進めた。


「……す、すいません。ええと、おれは今日から転校してきました。桐堀敬雅です。言いたいことがいろいろできたけど、とりあえずよろしく」


 ありふれた文句を並べることしかできないほど、彼は混乱していた。しかもよりにもよって教師は、「では桐堀さんは、空いている窓側一番後ろ。さんの後ろの席に座ってください」などとぬかす。


 ――いやあんたもその名前で呼ぶのかよ! おまけにおれそこかよ!?


 とツッコみそうになるのをどうにか呑み、敬雅はギクシャクとしたロボットのような挙動で指定の位置に向かう。

 そうだ、このご時世アラディアも本名でおかしくないのかもしれない。きっとキラキラネームなのだ。

 考察しながら問題の位置に着席するや、当の彼女が注視してきた。目近にするとハーフめいた美少女で、名前は本名かもとも納得しかけたが

「やあ、最古の魔女として君を歓迎しよう。これから長い付き合いになろうが、よろしく頼むぞ敬雅くん」


 やっぱ違う。


 周囲に助けの眼差しを送るも、誰もがそっぽを向いている。

 仕方なく敬雅は、「ど、どうも」とだけ応じた。どうやら今回はそれで満足してくれたようで、相手は正面に向き直ってくれた。


 とはいえ。

 乗り切れたのは初対面時だけで、敬雅は一日中アラディアが気掛かりで仕方なくなってしまった。同じ市の別な地域から越してきただけだというのに、彼女の存在なぞ風聞にも耳にしたことはない。自分が述べるのもなんだが、あんなに変人だというのに。

 んなわけで珍しくこの高校ではさほど嫌悪されることもなかった敬雅は、もちろん自分を怖がる者もいたがそうではなさそうな者たちに休み時間にでも触れて回らずにはいられなかった。

 謎は深まるばかりだったが。

 なにしろみなの証言を総合するに、「アラディアのこととなると、どういうわけか意識が曖昧になる」らしかった。


「普通に接するぶんには問題ないのよね」

 最後に対応してくれたのは壱子だ。廊下ですれ違いざまに声を掛けてみたら、意外に答えてくれた。

「正体に迫ろうとすると記憶から消えちゃう感じよ。昔は彼女をいじめようとする奴らもいたけど、いつのまにかそいつらが返り討ちにあって怪我してたなんてこともあったわ」

「信じられねーな。おれを避けてるみたいだったおまえが、耳傾けてくれたのもだが」

「おまえじゃなくて壱子よ」

 敬雅の言葉にそこまでは不機嫌そうだったが、あとは上機嫌となって彼女は言う。

「とにかく、完全に超常現象だからね。学校にいる間くらいしか、みんな彼女のことを認識できないわけ。校内でSNSとかで広めようとしても、その瞬間に忘れちゃって無理なのよ。まさに校舎に入る前までは今日も忘れてたわけだけど、思い出してみたらあんたの朝の発言が滑稽でね。こうやって尋ねて回ってるのも面白いじゃない」

 確かに校門からそこまでの道中で、彼女らが話題にしていた〝見たら死ぬ動画〟とやらを常識によって否定したのが質問者たる不良だった。

「そ、それとこれとは別問題だろ。おまえらが口裏合わせてる可能性も疑えるしな!」

 強がって、敬雅は去った。


 とはいえ、聞く人全員が口を揃えるのだから無理があろうとは自覚していた。しかもおかしなことに、この日帰宅するや敬雅も本当にアラディアのことをすっかり忘失してしまったのだ。

 身を持ってオカルト体験を認識したのは、翌日に登校して彼女を追想してからだった。アラディアは初日のやり取り以来見向きもしなかったが。


 変化が起きたのは放課後である。


 疑問はあれどうしていいかもわからずに複雑な気持ちで席を立ち、教室を出ようとしたところで、魔女は急に振り返って顔をキスでできそうなところまで敬雅へと近づけたのだった。

 いろんな意味で緊張して固まる彼を、アラディアはしばし凝視する。それから、ふっと笑うや告げたのである。

「わしに興味があるようだな。ならば両得だ、今夜〇時に二高跡地に来るがいいさ」


 そう残して、彼女はポカンとする彼を置き去りにさっさと帰っていった。

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