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第八条 汚聖職者の罪

 『ウフッ ビッグカップ』は、新宿駅前に並び立つ雑居ビルのワンフロアを占めていた。

 外からも窓のほぼ前面に、店名とロゴマークが堂々と刻印されている。今は警察のガサ入れで中身がカラだそうだが。


 パトカーで来た三人は、ビル前で雑踏に満ちる歩道からそいつを見上げた。ほどなくして敬雅は嫌味を吐く。

「こんな目立つとこにあって魔術の専門家までいたのに、ずいぶん犠牲を出したな。やっぱ警察は無能か」

「なんですって!」すかさず、女刑事は反論する。「こないだまで魔術のマの字も信じてなかった癖に!!」


「まあまあ」

 またも、口喧嘩を始めた二人の間に三人目たるアラディアが入った。

「とりあえず、中を見学してみようじゃないか」

 提案はもっともだった。

 しぶしぶ従うことにした刑事と高校生は、苛立ちを我慢しながらもどうにか問題のビルに足を踏み入れる。


 外での争いを引きずった気まずい沈黙でエレベーターに乗ると、空気を払うように敬雅は尋ねた。

「……被害者宅での続きだが、シジル魔術とかいうものの元の英文ってのは何だよ」

「不明だから来たんでしょ」腕組みしてエレベータに背中を預ける女刑事が、冷たく突っ掛かる。「〝UFBIGCP〟の文字を使って作れる文がどれだけあると思ってんのよ」

「そ、そうか。膨大だな」

「もちろん被害者ガイシャの傾向から調査を試みたりはしてるわ。でも確実じゃないし、もっと相応しい方法があるの」

 彼女はアラディアに目を向けた。


「そうさね」少女は応じる。「わしはそいつが製作された場を訪ねれば、シジルの原文を解析できるのだよ」

「どういう仕組みだよ」

 魔女のすごさに驚きながらも、敬雅は問うてみた。

「キリストが聖書で特別な言動もせず奇跡を起こせているように、熟練者はそれらを手足の如く行使できるからな」

 昇っていくことを示す扉上方のデジタル階数表示を眺めながら、アラディアは明かした。

「わしらが目指すのは、そんな風にしがらみを取り払い自由に術を行使できる立場だよ。そこに近づいて得た成果さ」


 目的のフロアに到着した。どこか厳かな印象を伴って扉が開かれる。

 あちこちにバリケードテープが残っているくらいで、いろいろな物品が押収されてガランとした階層だった。上下の階段も封鎖され、エレベーターを挟むように警備が二人いるだけであとは無人らしい。

 一瞬、西洋の城の装飾かと見紛うた警備員は、二高廃墟で出会った中世ヨーロッパ風全身鎧だった。人気がないここでは目立たないし長時間勤務もできそうなので適任かもしれない。

 彼らは僅かに動いたが、香奈々とアラディアを認識するや顔パスで通してくれた。


 かくして、いちおう高校生の二人は先導する女刑事について廊下を歩いていくことになる。

「思ったんだが」正真正銘の男子高校生のほうが偽女子高生たる魔女に尋ねた。「アラディアは、透明化も簡略化できてんだよな。一方でシジルの調査は現場でないとダメなのか」

「そうさね。まだ完全に魔法を自在に扱えないからこそ、あちこちの国で魔術を学びながら代わりにこうした仕事をこなし、生き永らえてきたわけだ。魔女狩りのような危機を幾度も乗り越えてね。まあ瞬間移動くらいは比較的容易いが」

 三人が廊下を歩く静かな音が反響する中で、敬雅は疑問を抱く。

「待てよ、じゃあ東京やここまで来るのも楽に済ませられたんじゃないのか?」

「魔法には体力の代わりに精神力を浪費するし、弱点もいくらか残っているからね。相手が術者な可能性が高い以上、戦闘になった場合に備えて温存したいんだよ」

「お蔭でおれは交通費を自腹で浪費させられたわけか」

「ぼやかないでよ」先導する刑事が煩わしそうに励ます。「うまく仕事をこなせばSGTから給料くらいは出るわ。最低賃金も守ってね」

「バイトかよ」


 ちょうどそこで、三人はひと際大きな部屋の両開きドア前に着いて足を止めることになったのだった。

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