アイリは医療かばんみたいな大きな四角い手提げケースから、2リットル入りペットボトルみたいなぶっとい注射器を取り出した。
よく見ると針も超極太だ。
いや、それ刺すんですか? 相手は怪異だけど……俺、注射嫌い……全身がぞわぞわして頭がクラクラしてきた。
もしかして血を抜くの? もうそれ、ホラーじゃなくてスプラッタじゃないか。血を見たら俺、倒れちゃうかも……。
ブスッ。
鈍い音がしてアイリが八尺様の首に注射器の針を突き刺した。
「きゃああああああ」
俺が悲鳴上げちゃったよ。
ってあれ?
アイリは身動きが取れずピクピクしている八尺様に何かを注入している。ああ、自白剤って言ってたか。入れる方なら見てもなんとか大丈夫だ。
献血とかは絶対無理だけど。
「ぽぽ、ぽぽ、ぽぽ、ぽぽ……」
八尺様は変な音を出し続けている。
「さて、と」
そう言ってアイリは別の小さな注射器を取り出した。
え、まさか今度こそ血抜くの……怖い……。
と思ったら、注射器の先についてるの、もしかしてUSB端子?
しかもType―Cじゃん。
「ユート君、こいつの頭押さえてくれない?」
「ええ!?」
いやですよそんなの。気持ち悪いし。
「こいつの頭にこれ、ぶっ刺さなきゃならないから」
ミウさんに頼んでくださいよ。
「一気にこいつのデータ抜くからね」
だから無理ですって……。
「おっと、そこまでだ」
後から男の声がして、俺は突然羽交い絞めにされ、口をふさがれた。
「私のパートナーを返してもらおうか」
気持ちの悪い濁った低い声が辺りに響いた。
「え? なんで? なんで私の結界に入れたの?」
ほうきに乗って浮いていたミウが驚いて声を上げた。
「アプリ!」
アイリは瞬時に重機関銃を抱え、臨戦態勢に入った。
「おやおや、物騒な人ですね」
気持ちの悪い声は俺の後ろ頭の上の方から聞こえる。姿は見えないけど、こいつも相当背が高そうだ。同類のバグデーモンが助けに来たってこと?
あれ? 怖すぎて俺、また冷静になっちゃってるよ。
まあ、死んでもいいし。血を見るよりいいや。
「スレンダーマン!」
アイリが叫んだ。ん? さっきそれ言ってたような。子どもを誘拐するとかなんとか……ええ!? 俺、誘拐されちゃうの!? 転生できないじゃん。それだけはダメ! ダメ絶対!
「お前、やっぱり日本にもいたんだな」
アイリがすごんだ。
「怖いお嬢さんですね。ええ、私はどこにでもいますよ。人の恐怖というのはありがたいですね。どんどん伝播して世界中に拡散していただきました。ああ、コロナウイルスと一緒にしないでくださいね。ディープラーニングはしても変異はしませんから」
「戯言を……」
アイリが俺を……じゃなくて俺を後ろから拘束しているやつをにらみつけた。
「アイリ、気を付けて。こいつ、相当成長しちゃってる。コンピューター言語じゃなくて日本語しゃべるくらいだから。私の結界も突破されちゃってるし」
「わかってる。でも、こいつがいるってことは……」
「うん。アイリの友だちを誘拐した犯人かもしれないよね」
「お前、いつから日本にいるんだ」
押し殺した声でアイリが聞いた。
「いつ? さあ、わかりませんなあ。それよりも、私のパートナーを返してくれませんか。このかわいい魔法少女がどうなってもいいのですか?」
え? 俺のこと女子だと思ってるの?
怪異のくせに見た目で判断するなよ……。
「そいつは確かにかわいいけど、少女じゃあないんだよ!」
そう言ってアイリは重機関銃をぶっ放し始めた。