「ユート君、危ない!」
俺が頭まで転移を終える寸前でアイリの声が聞こえた。
目の前でアイリが子どもぐらいの大きさの茶色い不気味な物体の足? みたいなところをつかんでぶん投げた。
「キイイイ!」
そいつは甲高い声で叫んでこちらを一瞬にらみつけ、ものすごい速さで角を曲がって塀の向こうに消えていった。
あれがヒサルキ? ん? キサルヒだっけ? いや、ヒサルキでいいのかな……ああもう、なんでもいいけどさ、またしても気持ち悪すぎでしょ。サルに似てるっちゃ似てるけどさ、なんだあの凶悪そうな目……口の中あれ、ギザギザの牙じゃん……怖い。
「ぼさっとしてると危ないからね。あれが100匹以上はいそうだから」
どうやらここ、どこかの住宅街だ。人がいないから、エミリっていう魔法少女の結界の中なんだろうけど……。
「あれ? 仲間が集結したって言ってたけど、どうやってここに入ったの?」
こないだもスレンダーマンがミウの結界に入って来ちゃってたけどね。あれは例外だったはずだよね。
「ヒサルキ、最初は一匹だったのにエミリと闘いながら、仲間を増やしてたみたいなの。生成AIの怪異だから、コピペ繰り返したみたい」
うええ……またそんなめんどくさいことに……。
「でも以前はこんなことなかった。だから、やっぱりあいつらが力を強めていることだけは間違いないと思う」
「その通りだよ、アイリ。100匹以上もコピペできたってことは、どこかからエネルギーを供給されてるってことだからね」
アプリが解説した。
「それにしても危なかったね。ユート君、足からここに転移してたでしょ。あのままだったら下半身をヒサルキに食い破られて、体に侵入されるかもしれなかったんだから」
「ええええ!?」
それ、怖すぎでしょ。もうやだ……死んだほうがマシかも……。
「それがあるから私は頭から超速で瞬間移動したけどね」
……アプリ、お前……俺を転生させるつもりだったのかよ。
「転生なんてないからね」
「ああ、はいはい」
「ん? 何言ってるの? でも私、君がここに来るのをなぜか察知することができたんだよ。相棒になったからかな。私と君の絆ってやつ?」
え……絆とか言われるとなんだかちょっと、こそばゆいかも。
「それにしても、やっぱりかわいいなあ」
そう言ってアイリはまた俺を抱き締めた。
この非常時に……この人もやっぱ相当おかしいよね。
苦しいんですけど……。
「あ、こんなことしてる場合じゃない」
いやこんなことしてるのアイリさん、あなたなんですけど。
「とりあえずエミリと合流しないと。あと、ミウ、ユイナ、カノンも来るんだよね?」
「ああ、招集かけてる」
エミリさん、ユイナさん、カノンさんってどんな人なんだろう。
「バラバラに来ると今みたいに危ないから、エミリと私たちが合流したら、その場所に来るように伝えて」
「わかった」
一気に全員来るのか……俺、3人もの初対面の人と何しゃべればいいんだよ……コミュ障に試練与えないで……心臓持つかな。まあ、そしたらてんせ……」
「転生なんてないんだよ」
「ああもう! わかったよ!」
「さっきから君ら、何言ってるの? で、エミリはどこにいるのかな?」
「ボクのナビ通りに進んで」
はあ……ヒサルキに体食い破られるよりはましか。3人ともミウさんみたいに優しい人ならいいんだけどなあ……あ、アイリも中身はけっこう優しいか。言動はきついけど。
俺たちはアプリの指示に従いつつ、ヒサルキの襲撃を警戒しながら住宅街を進んだ。
「エミリは大丈夫なの?」
「ああ、彼女は防護魔法が天才的だから、今は自分でつくったシェルターの中にいるよ」
「そうだったね。それにしても急ごう」
アイリと俺は小走りで合流を急いだが……。
「キイイイイ!」
道の右側から甲高い咆哮が聞こえ、住宅の屋根からさっきのヒサルキがアイリに飛び掛かった。
「しゃあああ!」
そう気合いを入れて、アイリはヒサルキの頭を正拳突きで粉砕した。
いやホント、どこで身に着けたんですか、その武術。もう軍人さんじゃなくて武人ですよ。
ウニみたいな茶色いものが住宅の壁に飛び散り、残った体ともどもすうーっと消えていった。
……グロいんですけど。俺、そういうの一番無理っていうか……赤かったら卒倒してたよ。
「相変わらず乱暴なデバッグだなあ、アイリ」
「しょうがないでしょ、非常事態なんだから。回収してる暇ないじゃない」
「ユート!」
アプリが叫んだ。
俺は振り向きざまに杖を振り回した。
ちょうどそこにもう一匹のヒサルキが突っ込んできていた。
頭が粉砕されて反対側の壁に茶色いものが飛び散った。
うわああ……キモい……すぐにすうーっと消えてくれたけど。
あれ? でもなんか弱い?
「コピペの末端個体だと思う。最初の方の個体だとこうはいかないかも」
アプリが怖いことを言った。
「さあ、急ごう」
アイリが再び走り出した。