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第14話

火の巫女の導きに従って進んだ一行は、やがて巨大な円形の広間へと辿り着いた。天井は高く、周囲には八つの扉が等間隔で並んでいる。床には複雑な幾何学模様が刻まれ、中央には青白い炎が静かに揺らめいていた。


「ここは…」村瀬は息を呑んだ。


「選択の間だ」青山が静かに答えた。「火の巫女が私たちに見せた場所のひとつ。」


「選択?」中村は不安げに周囲を見回した。「何を選ぶんだ?」


その問いに答えるかのように、中央の炎が強く輝き、女性の声が空間全体に響いた。


『来訪者たちよ、ここは試練の場。己の内なる力を証明せよ』


「また試練か…」加納はため息をついた。「もう十分ではないのか。」


『それぞれの扉の先には、それぞれに相応しい試練が待つ。全ての試練を乗り越えたとき、真実への道が開かれる』


声は消え、八つの扉がゆっくりと開いた。各扉の上には、それぞれ異なるシンボルが輝いていた。炎、水、風、土、光、闇、心、技。


「個別の試練か」佐久間が眉をひそめた。「分かれる必要があるようだな。」


「その必要はあるのか?」村瀬が疑問を呈した。「全員で一つずつ挑戦すれば…」


「違います」白石が首を振った。「火の巫女が見せてくれたビジョンの中で、この試練は個人で挑むものだと。」


「白石の言う通りだ」青山も同意した。「それぞれが自分に合った扉を選び、試練に挑むべきなんだ。」


七人は互いに顔を見合わせた。心の中に不安があることは否めないが、ここまで来て引き返すわけにもいかない。


「よし」村瀬が決断した。「それぞれ自分に相応しいと思う扉を選ぼう。だが、危険を感じたら無理をするな。命あっての物種だ。」


全員が頷いた。


「じゃあ、私は…」白石が一歩踏み出した。「『心』のシンボルの扉に挑みます。医療者として、人の心と向き合うのが私の役目ですから。」


「俺は『技』だな」加納も決めた。「機械いじりが得意なんだ。」


「私は『光』を選びます」橘が静かに言った。「情報を伝え、真実を照らすのが私の仕事ですから。」


「俺は『風』かな」中村は少し照れたように言った。「軽やかさが取り柄だからな。」


「私は『闇』を選ぶ」佐久間の声は低く響いた。「古い秘密と向き合うのは俺の宿命だ。」


「私は『炎』だ」村瀬は迷いなく言った。「消防団の任務として、炎と向き合うのは当然だろう。」


「私は『水』を」青山が最後に告げた。「流れるようにデータを読み解くのが私の特技だから。」


「『土』は?」橘が疑問を呈した。


「それは…」青山は少し考え込んだが、すぐに答えた。「私たちが全員の試練を終えた後で考えよう。まずは、それぞれの試練を乗り越えることに集中しよう。」


七人は最後に互いに目を合わせ、勇気づけあった。


「必ず戻ってこい」村瀬が全員に言った。「ここで再集合だ。」


「了解」


それぞれが選んだ扉に向かって歩き出す。七人は違う道へと別れていった。


***


白石乃絵は『心』のシンボルが刻まれた扉の前に立っていた。深呼吸をし、決意を新たにして扉を押し開ける。扉の向こうは、予想外の光景だった。


真っ白な病室。そこには何人もの患者が横たわっていた。彼らの傷は様々—火傷、切り傷、打撲、そして目に見えない心の傷まで。


『救護者よ、彼らを救え』


声が響く。しかし救護スペースには、驚くほど少ない医療用品しかなかった。バンドエイド数枚、包帯一巻き、消毒液一本、そして痛み止めのピルが少々。


「これだけで全員を…?」白石は呆然としたが、すぐに気を取り直した。「でも、やるしかない。」


彼は素早く状況を判断した。まず、最も重傷の患者から診ていく。ベッドに近づくと、そこには重度の火傷を負った少年が横たわっていた。


「大丈夫よ」白石は優しく声をかけた。「痛いのは分かるわ。でも、必ず良くなるから。」


限られた消毒液を慎重に使い、包帯を巻く。知識と経験をフルに活かし、最小限の資源で最大限の処置を施していく。


次のベッドには、足に深い切り傷を負った若い女性がいた。血は既に止まっているが、傷口の消毒が必要だ。


「少し痛むかもしれないけど、我慢してね」


白石は手早く処置を進めた。しかし、三人目の患者に進む前に、最初の少年が苦しみ出した。


「痛い…!」


白石は急いで戻った。少年の容態が急変していた。火傷が悪化しているようだ。


「どうして…?」白石は焦りを覚えた。「処置は正しかったはずなのに。」


彼は再度包帯を解き、状態を確認する。すると、火傷が通常ではありえないほど急速に広がっていた。


「これは…普通の火傷じゃない」


白石は直感的に理解した。この傷は物理的なものではなく、何か別の力が働いている。彼は閃いた。


「心の傷…」


彼は少年の手を取り、目を見つめた。「あなたの心の中に何があるの?何を恐れているの?」


少年は苦しみながらも言葉を絞り出した。「火…怖い…お母さんが…火事で…」


「そうだったのね」白石は優しく頷いた。「その恐怖があなたを苦しめているのね。」


彼は薬や包帯ではなく、自分の心を開いた。「私も同じよ。看護師時代、火事の犠牲者を救えなかった。その罪悪感を今でも抱えている。でも、それは私の力になった。あなたの恐怖も、きっと力になる。」


彼の言葉に、少年の表情が和らいだ。そして不思議なことに、火傷も徐々に癒えていった。


「そうか…」白石は理解した。「この試練は医療技術ではなく、心の癒しなのね。」


彼は次々と患者に向き合った。それぞれが異なる恐怖や悲しみを抱えていた。白石は彼らの話に耳を傾け、自分の経験から言葉をかけていく。包帯や薬よりも、共感と理解が彼らを癒していった。


最後の患者に向き合ったとき、白石はハッとした。そこに横たわっていたのは、彼自身だった。


「これは…」


もう一人の自分は目を開け、静かに語りかけた。


「あなたの心の傷は癒えましたか?」


白石は言葉につまった。彼の中には、まだ癒えない傷があった。看護師時代の失敗。救えなかった命への後悔。


「いいえ、まだ完全には…」白石は正直に答えた。「でも、それを抱えながらも前に進む方法を学びました。傷は私の一部。それを受け入れることで、他者の痛みも理解できるようになった。」


もう一人の自分は微笑み、ゆっくりと消えていった。そして部屋全体が青白い光に包まれた。


『試練終了。心の癒し手よ、己の力を証明した』


白石が目を開けると、彼は再び円形の広間に立っていた。だが、他の仲間たちはまだ戻っていない。彼は胸に手を当て、静かに仲間たちの無事を祈った。



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