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第13話

「青山!白石さん!」


村瀬たちの声が、広大な空間に響き渡る。温度差の試練を乗り越えた五人は、新たな部屋に辿り着いていた。そこは、これまでの狭い通路とは打って変わって、天井が高く、まるで古代の神殿のような荘厳な雰囲気が漂っていた。壁には複雑な模様と古代文字が刻まれ、床には不思議な幾何学模様が広がっている。


「誰もいないようだな…」加納は周囲を慎重に見回した。


「でも、確かに声が聞こえたはずだ」中村は首を傾げた。


橘は壁に刻まれた文字を見つめていた。「これは…火の巫女の物語の一部かもしれません。」


彼女がスマホのライトを当てると、壁には複数の人物が描かれていた。中央には赤い着物を着た女性—火の巫女だろう—が描かれ、その周りを炎と氷の精霊のような存在が取り囲んでいる。


「彼女は守護者たちを従えていたのか」村瀬は興味深げに眺めた。


「そうだな…」佐久間は静かに言った。「伝説によれば、火の巫女は自然の精霊を操ることができたという。」


五人が壁画に見入っていると、突然、床の幾何学模様が青白く輝き始めた。


「なっ…何が?」中村は驚いて後ずさった。


輝きは次第に強まり、中央に集中していく。そして光が一つの点に凝縮されたかと思うと、突如として炎の柱が立ち上がった。


「守護者だ!」佐久間が叫んだ。


炎の柱は次第に形を変え、人型の姿となった。全身が青白い炎で構成された、まるで武士のような姿だ。片手には炎で形成された刀、もう片方の手には盾のようなものを持っている。


「動くな」村瀬は低い声で指示した。「刺激するな。」


守護者は動かず、五人をじっと見つめていた。その目は、炎の中に浮かぶ二つの赤い点だった。


「話せるのか…?」村瀬は恐る恐る声をかけた。「我々は仲間を探しに来た。青山智也と白石乃絵という名の…」


村瀬の言葉が途切れたその時、守護者が突然動いた。刀を掲げ、威嚇するような構えを取ったのだ。


「危ない!」


村瀬の警告と同時に、守護者が突進してきた。五人は咄嗟に散らばり、攻撃を避けた。


「どうやら話し合いの余地はなさそうだな!」加納が叫んだ。


守護者は素早い動きで村瀬に狙いを定め、再度攻撃を仕掛けてきた。村瀬は間一髪で身をかわし、床に転がった。


「くそっ!強い!」


「村瀬さん!」橘が心配そうに叫んだ。


守護者は次に中村へと向かった。中村は必死に逃げるが、守護者の動きは予想以上に速い。


「たすけてくれー!」


加納が急いでポケットから小型の消火装置を取り出し、守護者に向けて放射した。白い泡状の物質が、守護者の炎に触れる。


「効け!」


しかし、効果はほとんどなかった。守護者の炎は一瞬弱まったように見えたが、すぐに元の強さを取り戻した。それどころか、より怒りを増したように見えた。


「通常の消火方法は効かないようだ」加納は眉をひそめた。


「物理的な攻撃も無駄だろう」佐久間が冷静に分析した。「あれは実体のない存在…我々の武器では傷つけられない。」


守護者は次々と五人を攻撃し、彼らは必死に逃げ回るしかなかった。部屋の中央に再集結した彼らは、背中合わせで守護者の次の動きを警戒した。


「どうすればいい?」橘の声は震えていた。


「撤退するか…」村瀬は苦しい決断を迫られているように見えた。


その時、部屋の奥から声が聞こえた。


「村瀬さん!」


その声に全員が振り向くと、青山と白石が立っていた。二人は疲れた様子だったが、怪我はないようだった。


「青山!白石!」村瀬は安堵と驚きが混じった声で叫んだ。


「そっちに行くな!」青山が緊急に警告した。「守護者が!」


振り返ると、守護者が再び攻撃の姿勢を取っていた。しかし今度は、五人だけでなく、青山と白石にも視線を向けていた。


「どうやら全員を排除しようとしているようだな」加納はポケットに手を入れ、何か別の装置を探っていた。


「青山!何かいい案はないか?」村瀬が叫んだ。


青山は素早く状況を判断していた。彼の視線は、守護者と壁画、そして床の模様を行ったり来たりしていた。まるでデータを処理しているかのように。


「ちょっと待って!」青山が突然叫んだ。「あの守護者、動きにパターンがある!」


「パターン?」中村は信じられないという表情だった。


「そう!」青山は興奮した様子で説明した。「プログラムみたいに、決まった順序で動いている!」


実際、よく観察すると、守護者の動きには一定のリズムがあった。右に二歩、前に一歩、攻撃、後退、左に二歩…という具合に。


「加納さん、時間を測って!」青山が指示した。「攻撃から攻撃までの間隔!」


加納は即座に理解し、腕時計のストップウォッチを起動させた。


青山は手早くスマホを取り出し、何かの計算をしていた。「これは…基本的な巡回アルゴリズムだ。周期性がある。おそらく…」


彼の指が画面上を素早く動き、何かのパターンを図示していた。


「わかった!」青山は確信に満ちた声で言った。「この守護者、八秒周期で動いている!そして、攻撃の後には必ず三秒間のクールダウンがある!」


「すごい…」橘は感嘆の声を上げた。


「しかも、注目すべきは足の動き」青山は続けた。「床の模様と連動している。守護者は特定の模様の上にしか立たない!」


村瀬は床をよく見ると、確かに特定の模様のみが守護者の足元で光っていた。


「つまり、どうすればいいんだ?」中村が焦った様子で聞いた。


「クールダウン中に、守護者が次に移動しない場所に逃げればいい」青山は説明した。「そして、私たちも床の模様を利用できる。光っていない模様の上に乗れば、守護者は近づけない!」


「なるほど…」村瀬は理解した。「みんな聞いたか?攻撃の後のタイミングを見計らって、光っていない模様の上に移動するんだ!」


全員が頷き、青山の指示を待った。


「加納さん、時間は?」青山が尋ねた。


「あと三秒で次の攻撃だ」加納は冷静に答えた。


「準備…」青山は全員に目配せした。「攻撃が来たら、すぐに動くんだ!」


予言通り、守護者は再び攻撃を仕掛けてきた。今回の標的は佐久間だった。


「今だ!」青山が叫んだ。


全員が一斉に動き、光っていない床の模様の上に素早く移動した。守護者は攻撃の後、一瞬動きを止め、次の標的を探している。


「効いている!」村瀬は驚いた様子だった。


守護者は混乱したように周囲を見回していた。プログラム通りに動こうとするが、標的が予想外の場所にいるため、うまく捕捉できないようだった。


「これで時間稼ぎはできる」青山は言った。「でも、完全に倒すには…」


「倒す必要があるのか?」白石が静かに口を開いた。彼は青山の隣に立っていた。「この守護者は、私たちを試しているだけかもしれない。」


「試している?」村瀬は眉をひそめた。


「はい」白石は続けた。「火の巫女は私たちに何かを伝えようとしています。この守護者も、私たちの意志を試しているだけでは?」


その時、青山が壁画に気づいた。よく見ると、火の巫女の周りの守護者たちは、刀を掲げるのではなく、跪いているようにも見える。


「そうか…」青山は何かに気づいたように言った。「これは倒す相手じゃない。認めさせる相手なんだ!」


「どういうことだ?」加納が尋ねた。


「村瀬さん、あなたはリーダーです」青山は言った。「守護者に対して、私たちは敵ではないと示すべきです。」


村瀬は一瞬考え、決断した。彼は光っていない模様から一歩前に出た。


「何をする気だ?」中村は焦った様子で言った。


村瀬は守護者に向かって両手を広げ、武器を持っていないことを示した。そして、ゆっくりと一礼した。


「我々は戦いに来たのではない」村瀬はしっかりとした声で言った。「火の巫女に会うために来た。仲間を救うために。」


守護者は動きを止め、村瀬をじっと見つめた。


「リーダーの意志を示すんだ」青山は小声で促した。


村瀬はさらに一歩前に進み、守護者に近づいた。守護者の炎が彼の顔を照らし、熱さを感じるほどの距離だ。


「我々を通してほしい」村瀬は真摯な表情で言った。「火の巫女に会わせてほしい。」


一瞬の緊張が流れた後、守護者は突然、刀と盾を下げた。そして、村瀬に対して一礼をした。


「成功だ!」中村は小声で歓声を上げた。


守護者は村瀬から離れ、部屋の中央へと戻っていった。そして、床に描かれた特定の模様の上に立ち、再び炎の柱となった。炎は床へと吸い込まれるように消え、守護者の姿は完全に消えた。


同時に、部屋の奥にあった壁が静かに開き、新たな通路が現れた。


「道が開いた…」橘は安堵のため息をついた。


「さすがだね、村瀬さん」青山は微笑みながら近づいてきた。


全員が村瀬のもとに集まった。


「青山、白石」村瀬は安堵の表情で二人を見た。「無事で良かった。何があったんだ?」


「長い話になります」青山は少し疲れた笑みを浮かべた。「でも、ここは安全な場所ではありません。先に進みましょう。」


「そうだな」村瀬は頷いた。「お前たちが先導してくれ。」


青山と白石が先頭に立ち、新たに開いた通路へと向かった。残りの五人もそれに続く。


「ところで、青山」加納が感心したように言った。「あのパターン分析は見事だった。ITエンジニアの本領発揮というところか。」


「ありがとうございます」青山は照れたように笑った。「プログラムの不具合を見つけるのと似ていますから。一定の論理で動作している場合、必ずパターンがあるんです。」


「でも、なぜ守護者がプログラムのように動くのかしら?」橘が疑問を投げかけた。


「それが、最も興味深い点です」青山は真剣な表情になった。「この『ダンジョン』全体が、まるでプログラムされたシミュレーションのような…」


その時、彼らの前方から強い光が放たれた。全員が目を細め、その方向を見る。


「何だ…?」


光の中から、赤い着物を着た女性のシルエットが浮かび上がった。火の巫女だ。彼女は両手を広げ、まるで彼らを迎えるかのような仕草をしていた。


「火の巫女…」白石が息を呑んだ。


「いよいよ本当の真実に近づくようだ」佐久間が静かに言った。


光の中の女性は、彼らに向かって手招きをした。そして、その先の通路の奥へと消えていった。


「行くぞ」村瀬は決意を込めて言った。


七人は光の通路へと足を踏み入れた。火の巫女の真実と、この不思議なダンジョンの謎を解き明かすため。


そして、青山の心には、この場所がなぜプログラムのような仕組みで動いているのか、という新たな疑問が生まれていた。この謎は、彼が「選ばれし者」として解き明かすべきものなのかもしれない。


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