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第12話

最初の試練を乗り越えた村瀬たちは、新たに開いた通路へと足を踏み入れた。青白い光に照らされた廊下は、一見すると先ほどまでのものと変わらない。しかし、数歩進んだところで、彼らは異変を感じた。


「おい、急に暑くないか?」中村が額の汗を拭いながら言った。


「確かに」村瀬も頷いた。「さっきまでは涼しかったのに…」


加納はポケットから小型の温度計を取り出した。「摂氏三十八度…いや、四十度に上昇している。異常だ。」


一行が進むにつれ、温度はさらに上昇していった。額からは汗が噴き出し、呼吸も苦しくなる。


「まるでサウナだな」佐久間が静かに呟いた。彼だけは、不思議と平然とした様子だった。


「こんな急激な温度変化は自然ではない」加納が懸念を示した。「通常の洞窟では…」


言葉が途切れたその時、彼らの前方に分岐点が現れた。左右に分かれる通路。左側からは灼熱の風が、右側からは冷たい空気が漂ってきていた。


「どちらに行けばいいんだ?」中村が村瀬を見た。


「どうだろう…」村瀬は両方の通路を交互に見た。「手分けして調査するのは危険すぎる。」


橘が右の通路に一歩踏み入れた途端、彼女は小さな悲鳴を上げた。


「冷た…凍えそう!」


彼女が戻ると、その髪には薄い霜が付いていた。


「異常な低温だ」加納が温度計を向けた。「摂氏マイナス二十度以下。この測定器の限界を超えている。」


「一方は灼熱で、一方は極寒か…」村瀬は顎に手を当てて考え込んだ。「どういう意味だろう。」


「村瀬さん」橘が指さした。「分岐点の壁を見てください。」


全員が目を向けると、壁には何かの絵が描かれていた。炎と氷の二つのシンボルが、円を描くように配置されている。その間には、矢印のようなものが交互に描かれていた。


「これは…道案内?」中村は首を傾げた。


「いや、違う」佐久間が静かに言った。「試練の説明だ。」


村瀬は佐久間を見た。「どういう意味だ?」


「我々は両方の通路を通らなければならない」佐久間は絵を指さしながら説明した。「これは交互に進めという指示だ。」


「交互に?」加納が眉をひそめた。「極端な温度差を行ったり来たり…」


「体に相当の負担がかかるな」村瀬は懸念を示した。


「でも、先に進むにはそれしかなさそうね」橘は肩を震わせながらも、決意を示した。


村瀬は全員を見回した。「覚悟はいいか?危険を感じたら、すぐに引き返すぞ。」


全員が無言で頷いた。


「では、まず熱の通路から」村瀬が左の通路を指さした。「加納、温度計で常に状況を把握していてくれ。」


「了解した」加納はしっかりと頷いた。


五人は灼熱の通路へと足を踏み入れた。一歩進むごとに温度が上昇していくのを感じる。すぐに全員の額から汗が滴り落ち始めた。


「うっ…呼吸が…」中村が苦しそうに呟いた。


「落ち着いて、ゆっくり呼吸するんだ」村瀬が指示した。「パニックになると余計に体力を消耗する。」


彼らが通路を十数メートル進むと、突然、壁に刻まれた炎のシンボルが目に入った。


「ここだ」佐久間が立ち止まった。「次は冷気の通路に戻る。」


「マジか…」中村は息を切らしながら言った。「この熱さから一気に極寒へ…」


「準備はいいか?」村瀬が全員を見回した。「深呼吸して、一気に走り抜けるぞ。」


全員が頷き、一旦分岐点まで戻った。そして今度は右の通路へと進んだ。


「うわっ!」


冷気が全身を包み込み、まるで氷の壁に突っ込んだような感覚だった。瞬時に汗が凍り、体が硬直しそうになる。


「動き続けるんだ!」村瀬が声を張り上げた。「立ち止まるな!」


五人は必死に足を動かし続けた。呼吸から出る白い湯気が目の前を覆い、視界が悪くなる。


「これは…生半可な試練じゃない…」加納が歯を食いしばりながら言った。


「あそこ!」橘が前方を指さした。「氷のシンボルが見える!」


確かに、壁に刻まれた氷の結晶の模様が見えた。


「よし、次は再び熱の通路だ」村瀬が指示を出した。


彼らは再び分岐点へと戻り、今度は左の通路へ。熱波が彼らを迎え、凍えた体が一気に解凍されるような感覚に襲われた。


「うぅ…気持ち悪い…」中村が顔色を変えた。


「大丈夫か?」村瀬が心配そうに尋ねた。


「なんとか…」中村は弱々しく笑った。「まだ倒れる気はないよ。」


「次のシンボルはもっと奥のはずだ」佐久間が目を細めて前方を見た。


彼らが進むと、通路が少し広がり、小さな部屋のような空間に出た。そこには、床に七枚の石板が円形に配置されていた。各石板には炎や氷、その他のシンボルが刻まれている。


「これは…」村瀬は立ち止まった。


「また別の試練か?」加納が周囲を警戒しながら言った。


橘は石板を覗き込んだ。「炎と氷以外に、風と土のシンボルもあるわ。」


「四大元素か」佐久間が静かに言った。「古来より、世界を構成する基本要素とされてきた。」


部屋の奥の壁には、何かの順序を示すような図が描かれていた。炎、風、土、氷の順にシンボルが並び、その下には足跡のようなマークがあった。


「これは…踏む順番を示しているのかな?」橘が推測した。


「可能性が高いな」村瀬も同意した。「だが、石板は七枚ある。シンボルは四つしかないのに。」


加納が壁の図をよく見ると、シンボルの列の末尾から先頭へ戻る矢印が描かれていた。


「繰り返すのだろう」彼は言った。「炎、風、土、氷、炎、風、土の順に七枚を踏めということだ。」


「試してみるか」村瀬は決断した。「だが、念のため私が行う。何かあったら…」


「待て」佐久間が村瀬の腕を掴んだ。「石板には罠がある可能性もある。順番を間違えれば…」


「それはわかっている」村瀬は静かに言った。「だからこそ、リーダーである私が試すべきだ。」


「でも…」中村が心配そうに言った。


「大丈夫だ」村瀬は自信を持って微笑んだ。「慎重に行う。みんなは少し下がっていてくれ。」


四人は不安げな表情で後退した。村瀬は深呼吸し、最初の石板——炎のシンボルが刻まれたもの——に足を置いた。


石板が青白く光ったが、他に何も起こらなかった。


「一つ目、問題なし」村瀬は報告した。


次に風のシンボルの石板に移動する。再び石板が光る。


「二つ目もOK」


順番に土、氷の石板を踏んでいき、再び炎に戻る。六枚目の風のシンボルまで問題なく進んだ。


「最後だ」村瀬は最後の石板——土のシンボル——に足を置いた。


七枚目の石板を踏むと、全ての石板が一斉に輝き始めた。そして、部屋の奥の壁が静かに開き、新たな通路が現れた。


「やった!」中村が歓声を上げた。


「見事だ、村瀬」加納も珍しく称賛の言葉を口にした。


村瀬は安堵のため息をついた。「次に進もう。だが、警戒は怠るな。」


新たな通路は、これまでの灼熱の空間とは打って変わって、ほどよい温度だった。しかし、進むにつれて奇妙な現象に気づく。通路の左側の壁からは熱気が、右側の壁からは冷気が放出されているのだ。中央を歩くと、丁度良い温度に感じられた。


「面白い仕組みだ」加納が両側の壁を交互に触った。「完全に相反する温度が、一つの空間に共存している。」


「村瀬さん、見てください」橘が前方を指さした。「あれは…」


通路の先に、奇妙な光景が広がっていた。まるで空間そのものが二つに分かれているかのように、左半分は赤い炎の光に包まれ、右半分は青白い氷の光に照らされていた。その境界線は明確で、まるで目に見えない壁があるかのように二つの世界が隣り合っていた。


「なんてことだ…」中村は息を呑んだ。


「二つの世界が一つの空間に…」村瀬も驚きを隠せない。


「これは幻想ではないぞ」加納が温度計で確認した。「左側は摂氏六十度以上、右側はマイナス三十度以下。物理的にありえない現象だ。」


佐久間が黙って前に進み、境界線に手を伸ばした。彼の手が線を超えた瞬間、急激な温度変化に顔をしかめた。


「実際に分かれている…」彼は確認した。


「なぜこんなことが…」橘が不思議そうに言った。


「火の巫女の力だろう」佐久間は静かに答えた。「彼女は炎と氷、相反する力を操ることができたという。」


五人は慎重に境界線に近づいた。そこから見える光景は、さらに奇妙だった。左側の炎の世界では、床や壁が溶岩のように赤く光り、熱気で空気が揺らめいている。右側の氷の世界では、全てが青白い氷に覆われ、床には霜の模様が美しく広がっていた。


「どちらを進めばいいんだ?」中村が村瀬を見た。


「どちらかを選ぶのではなく…」村瀬は考え込んだ。「両方の世界を通過する必要があるのかもしれない。」


その時、炎の世界と氷の世界それぞれの奥に、同じ形の扉が見えた。


「あれが出口か」加納が指摘した。


「でも、どうやって両方の扉に同時に…」橘の言葉が途切れた。


佐久間が静かに言った。「分かれなければならないな。」


村瀬は顔を強張らせた。「分かれるのは危険だ。」


「しかし、他に方法はあるのか?」佐久間は反論した。


全員が黙り込んだ。確かに、両方の扉を同時に開ける必要があるなら、分かれるしかない。


「よし」村瀬は決断した。「私と加納が炎の世界へ。佐久間、中村、橘は氷の世界へ。」


「いやいや」中村が冗談めかして言った。「俺、寒いの苦手なんだけど。」


「私は行くわ」橘はきっぱりと言った。「この防寒コートがあるし。」


「では、私が中村と炎の世界へ行こう」加納が提案した。「佐久間は橘と村瀬と共に氷の世界を。」


「そうだな」村瀬は頷いた。「この編成なら均等に力が分かれる。」


決まった組み合わせで、彼らは別れるポイントに立った。


「気をつけろよ」中村は不安げに言った。


「お互いにね」橘も心配そうに微笑んだ。


「何かあれば、すぐに引き返せ」村瀬が全員に言った。「無理はするな。」


「了解した」加納は頷いた。


「さあ、行こう」村瀬は合図した。


五人は二つのグループに分かれ、それぞれの世界へと足を踏み入れた。


加納と中村は、灼熱の炎の世界へ。足元の床は熱くなっており、靴底を通して熱さを感じる。壁からは熱気が放出され、呼吸するたびに肺が焼けるような感覚に襲われる。


「くそっ、暑すぎる…」中村はハンカチで額の汗を拭った。


「我慢するんだ」加納は冷静さを保ちながら言った。「扉まであと二十メートルほどだ。」


一方、村瀬、佐久間、橘は凍てつく氷の世界へ。床は氷で覆われ、滑りやすい。壁からは冷気が漂い、呼吸が白い霧となって目の前に広がる。


「こ、こんなに寒いなんて…」橘は震えながら言った。


「動き続けるんだ」村瀬は彼女の腕を支えた。「体温を維持するために。」


佐久間は黙々と前進していた。彼はまるで寒さを感じていないかのようだった。


両グループは、それぞれの困難と戦いながら扉に向かって進んだ。炎の世界ではますます熱が強くなり、氷の世界ではさらに寒さが厳しくなる。


ついに、両グループが同時に扉の前に到達した。


「扉に何か書いてある」加納が炎の世界の扉を調べた。


「こちらにも…」村瀬も氷の世界の扉を見た。


両方の扉には同じ文字が刻まれていた。古代の言葉だが、なぜか彼らには理解できた。


『二つの力が一つになるとき、道は開かれる』


「これは…」中村は困惑した。


「同時に開けるということか?」橘が推測した。


「同時に…よし、合図をしよう」村瀬は対岸の加納と中村に向かって手を振った。


加納も応じて手を振った。


「では、三つ数えよう」村瀬が声を張り上げた。「一、二、三!」


両グループが同時に扉のハンドルを回した。しかし、扉は開かなかった。


「ダメか…」中村はガッカリした様子だった。


「違う」佐久間が静かに言った。「二つの力が一つになるとは、同時に開けるだけではないのだろう。」


「では何を…」村瀬が考え込んでいる時、突然、両方の扉から青白い光が放たれた。


「何が起きた?」橘が驚いて尋ねた。


光は扉から放射され、中央の境界線で交わった。そこから、新たな光が床に向かって伸び、床に何かの模様を描き始めた。


「見ろ!」加納が指さした。


床に描かれたのは、火と氷が交わる複雑な模様。その中央には、手のひらを模した窪みが現れた。


「これは…」村瀬は気づいた。「二つの世界の間に立ち、両方の力を受け入れる者が必要なのだ。」


「つまり、誰かが境界線上に立ち…」橘の言葉は不安に震えていた。


「そして床の手形に触れる」佐久間が言葉を継いだ。


「でも、境界線上は危険だぞ!」中村が心配そうに言った。「片側は灼熱で、片側は極寒だ。」


「そうだな…」村瀬は重い表情になった。「だが、誰かがやらなければ先に進めない。」


「私が行きます」


意外にも声を上げたのは橘だった。全員が彼女を見つめた。


「橘?」村瀬は驚いた様子だった。


「私は『火の巫女の唄』を研究してきました」彼女は決意に満ちた表情で言った。「その中に『炎と氷の狭間に立つ者、二つの世界の扉を開く』という一節があったんです。」


「だが、危険すぎる」村瀬は心配そうに言った。


「やらせてください」橘は強く主張した。「私にはできる気がするんです。」


村瀬は彼女の決意の表情を見て、しばらく考えてから頷いた。「分かった。だが、少しでも危険を感じたら、すぐに戻ってこい。」


橘は頷き、境界線に向かって歩き始めた。彼女が近づくにつれ、熱と冷気が彼女を襲う。境界線に片足を踏み入れた瞬間、彼女は痛みに顔をしかめた。


「大丈夫?」村瀬が心配そうに声をかけた。


「は、はい…」橘は歯を食いしばって答えた。「大丈夫です。」


彼女は慎重に、もう片方の足も境界線に運んだ。彼女の体の左側は灼熱に、右側は極寒に晒されていた。顔は苦痛で歪み、体は震えていたが、それでも彼女は前に進んだ。


「あと少し!」中村が応援した。


橘は床の手形に向かって腕を伸ばした。彼女の手が手形に触れた瞬間、青白い光が強烈に放たれた。


「うわああっ!」


橘の悲鳴が響く中、光が部屋全体を包み込んだ。一瞬の眩しさの後、光が収まると、炎と氷の世界の境界線が消え、部屋全体が穏やかな青白い光に包まれていた。そして、両方の扉が同時に開いていた。


「橘!」村瀬が彼女に駆け寄った。


橘は床に膝をついていたが、意識はあった。彼女の手には、火傷と凍傷が同時に見られたが、不思議なことに、すぐに癒えていくようだった。


「だ、大丈夫…」彼女は弱々しく微笑んだ。「成功したみたいね。」


「無茶をするな」村瀬は安堵と叱責が混じった声で言った。


加納と中村も急いで合流した。


「すごいぞ、橘!」中村は興奮した様子で言った。


「まさか成功するとは…」加納も感心した様子だった。


「立てるか?」村瀬が彼女の腕を支えた。


「ええ、なんとか」橘は立ち上がった。「不思議なことに、痛みはもうないの。」


確かに、彼女の手の火傷と凍傷は完全に消えていた。


「火の巫女の力かもしれんな」佐久間が静かに言った。


開いた扉の先には、新たな通路が見えた。そこは、これまでの試練とは違い、穏やかな青白い光に包まれていた。


「先に進もう」村瀬は決断した。「青山と白石を見つけるんだ。」


五人は新たな通路へと足を踏み入れた。ここまでの道のりは厳しかったが、彼らの決意は揺るがなかった。


そして、通路の奥から、かすかに人の声が聞こえた気がした。


「誰かいる?」中村が耳を澄ました。


「青山か白石かもしれない」村瀬は希望を持って言った。


彼らはさらに足を速め、声の方向へと進んでいった。救出の使命を胸に、次なる謎へと挑む彼らの前に、何が待ち受けているのだろうか。


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