目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第11話

青白い光の中を歩いた救助隊の五人は、ついに第二の門を越えた。村瀬、加納、橘、佐久間、中村の顔には、緊張と決意が入り混じっていた。


「これは…」


村瀬の言葉は途中で途切れた。彼らの目の前に広がる光景は、あまりにも現実離れしていた。それは巨大な円形の空間で、天井は見上げても見えないほど高く、周囲には無数の青白い炎が浮かんでいた。床には複雑な幾何学模様が刻まれ、その中心には奇妙な台座が鎮座していた。


「まるで古代の神殿だ」橘は息を呑んだ。


「いや、違う」加納が眉をひそめた。「どこの文明にもこんな建築様式はない。」


「諸君、記録はとっているか?」村瀬が冷静に指示を出した。「後で詳細に分析できるよう、できるだけ多くの証拠を集めるんだ。」


橘はすぐにカメラとレコーダーを起動させ、周囲の様子を記録し始めた。中村もスマホで写真を撮りながら、少しずつ前進する。


「何か変だ」佐久間が突然、立ち止まった。「音がない。」


全員が動きを止め、耳を澄ました。確かに、この空間には不自然な静寂が支配していた。彼らの足音さえも、まるで何かに吸い込まれるかのように消えていく。


「完全防音か?」加納が周囲を見回した。「いや、それにしても不自然だ。」


「村瀬さん、こちらです!」中村が数メートル先から呼びかけた。「何か見つけました!」


全員が彼の元に駆け寄ると、床に埋め込まれた円盤状の装置が見えた。それは直径約一メートルほどの金属製で、表面には複雑な模様と文字らしきものが刻まれていた。


「これは…」村瀬が膝をつき、その装置を間近で観察した。「どこかで見たことがある文字だ。」


「まさか」佐久間が静かに言った。「『火の封印の書』にあった文字と同じではないか?」


村瀬は驚いて顔を上げた。「本当だ。確かに似ている。」


「火の封印の書?」橘が興味深げに尋ねた。


「炎舞祭の由来が記された古文書だ」村瀬が簡単に説明した。「百年前の儀式でも参照された。」


加納はポケットから小型のノギスを取り出し、円盤の厚さを測りながら言った。「驚くべき精度だ。この金属の加工技術は現代のものと遜色ない。しかし…」


「何かおかしいの?」橘が尋ねた。


「合金の色合いと質感が、既知のどの金属とも異なる」加納は専門家らしい観察眼で言った。「地球上の金属ではないかもしれん。」


「それより、これが何なのか考えるべきだ」村瀬が話を戻した。「入口のパズルか、装置の一部か…」


その時、中村が円盤の縁に手を触れた瞬間、円盤全体が青白く光り始めた。


「おっと!」中村は驚いて手を引っ込めた。「何かが起きた!」


光は次第に強まり、円盤から立ち上がるようにホログラムのような映像が浮かび上がった。それは、磐梯山を中心とした周辺地域の立体地図だった。


「これは…地図?」橘は目を見開いた。


「精度が高すぎる」加納が唸るように言った。「衛星写真以上の詳細さだ。」


ホログラムの中の磐梯山が赤く点滅し始め、そこから五本の線が伸びていった。それぞれの線の先には、小さな炎のような印が表示されている。


「五つの火…」佐久間がつぶやいた。「炎舞祭の儀式で使われる『五つの火』の位置だ。」


「でも、これは現在の地図ではない」村瀬が指摘した。「古い地形のようだ。」


確かに、ホログラムの地図には現代の建物や道路がなく、代わりに古い集落や神社らしき建造物が表示されていた。


「いったい何年前の地図なんだ?」中村が不思議そうに尋ねた。


「千年前だろう」村瀬は静かに答えた。「火の巫女が最初に封印された頃の。」


その瞬間、ホログラムが変化し、地図が消えて別の映像に切り替わった。そこには、赤い着物を着た若い女性の姿が映し出されていた。


「火の巫女!」橘が息を呑んだ。


女性は何かを語りかけているようだったが、音声はなく、彼女の口の動きだけが見えた。


「何を言っているんだ?」中村が首を傾げた。


「読唇術ができれば…」村瀬は残念そうに言った。


「録画しておきます」橘がカメラを向けた。「後で専門家に見てもらえば…」


その時、ホログラムの女性が突然、彼らの方を直接見つめたような動きをした。まるで、橘のカメラに気づいたかのように。女性は手を差し伸べ、何かを示すような仕草をした。


「生きているみたいだ…」中村が震える声で言った。「これはリアルタイムの映像なのか?」


「いや、それは…」加納が言いかけたその時、ホログラムから突然、女性の声が響いた。


『選ばれし者たちよ…』


全員が驚いて身構えた。声は確かに空間全体に響いていたが、まるで各自の頭の中で直接聞こえているようでもあった。


『五つの火が再び結ばれる時、門は開かれる…』


「火の巫女が話している…」橘の声は興奮に震えていた。


『試練を乗り越え、真実を知るのだ…』


そして、ホログラムの映像は消え、代わりに五つの炎のシンボルだけが浮かび上がった。それらは円を描くように並び、中心には奇妙な幾何学模様が形成された。


「何かの指示だろうか?」村瀬は考え込んだ。


「五つの炎のシンボルを、円盤上の正しい位置に合わせるんだろう。」加納が確信を持って言った。


彼らがよく見ると、円盤の表面には五つの窪みがあり、それぞれが炎の形に似ていた。しかし、その配置はホログラムで示されたものとは異なっていた。


「なるほど」村瀬は頷いた。「この円盤を回転させて、正しい配置にする必要があるのかもしれない。」


加納は円盤の縁を慎重に調べ始めた。「何らかの機構があるはずだ…」


その時、佐久間が静かに前に出た。普段は無口な彼が、珍しく自信を持った様子で円盤に近づいた。


「私の祖父の日記に書かれていた」彼は低い声で言った。「『火の封印の鍵』と呼ばれる装置だ。」


「知っているのか?」村瀬が驚いた。


「詳細は書かれていなかったが、『血の鍵』とも呼ばれていたらしい。」佐久間は言った。「生きた人間の血が必要なのだと。」


「血?」橘は顔をしかめた。「そんな…」


佐久間は無言で自分の親指を噛み、小さな傷をつけた。そして、その血を円盤の中心に落とした。


「おい!」加納が止めようとしたが、既に遅かった。


佐久間の血が円盤に触れた瞬間、再び青白い光が放たれた。そして、円盤が微かに振動し始め、表面の模様が変化し始めた。


「動いている!」中村が驚いて声を上げた。


円盤は自動的に回転し、表面の窪みが次々と位置を変えていった。そして最終的に、ホログラムで示されたのと同じ配置で止まった。


「成功したようだ」村瀬は安堵のため息をついた。


すると、円盤から再び光が放たれ、今度は床全体に広がっていった。床の幾何学模様も輝き始め、部屋の中心にある台座まで光の道が続いた。


「何かが起きている」橘が緊張した声で言った。


台座が突然、上昇し始めた。それは床から約一メートルの高さまで持ち上がり、そこで止まった。台座の上面には、五つの窪みがあった。


「これは…」村瀬は目を細めた。「何かを置くための台座か?」


「五つの炎のシンボルを表す何かを」加納が推測した。「だが、それは何だ?」


その時、佐久間が再び口を開いた。「祖父の日記によれば、『五つの宝石』が必要だという。」


「宝石?」中村は眉をひそめた。「それはどこで…」


言い終わらないうちに、彼らの周囲の壁から青白い光が集中し始めた。光は次第に形を成し、五つの小さな宝石が空中に浮かび上がった。それらは赤、青、緑、黄、紫の色をした結晶で、それぞれが炎の形に削られていた。


「これが…五つの宝石か」村瀬は息を呑んだ。


「試練だ」佐久間が静かに言った。「宝石を集めなければならない。」


五つの宝石は、部屋の異なる場所に落下した。一つは床の隙間に、一つは高い柱の上に、一つは小さな水盤の中に、一つは暗い影の中に、そして最後の一つは、何と空中に浮かんだままだった。


「分かれて集めよう」村瀬が即座に指示を出した。「加納、あなたは水盤の宝石を。中村、床の隙間の宝石を。橘、影の中のを。佐久間は柱の上のを。私は空中の宝石を何とかする。」


「了解!」全員が声を揃えた。


加納は水盤に向かった。それは直径一メートルほどの浅い盆で、透明な液体が満ちていた。その底に、青い宝石が光っている。


「ふむ…」加納は慎重に液体に指を浸した。「水のようだが…粘度が高い。」


彼が手を伸ばそうとすると、液体が突然、渦巻き始めた。


「なんだ!?」


渦の中から、小さな水の渦が立ち上がり、人型のような形を取った。水の精霊だ。


「水の守護者か…」加納は腕を引っ込めた。「どうやって対処する?」


一方、中村は床の隙間に落ちた赤い宝石を見つめていた。隙間は狭く、手を入れることはできない。


「困ったな…」中村は頭を掻いた。「何か道具があれば…」


彼はポケットからペンを取り出し、それを使って宝石を引き寄せようとしたが、届かない。


「くそっ!もう少しなのに!」


橘は暗い影の中の緑の宝石に近づいていた。影は不自然に濃く、中が見えない。


「怖いけど…行くしかないわね」彼女は勇気を振り絞って、影に手を伸ばした。


すると、影が突然動き、彼女の手を避けるように後退した。


「あら?逃げるの?」


佐久間は柱の上の黄色い宝石を見上げていた。柱は滑らかで、登るのは困難だ。


「どうやって上るか…」彼は周囲を見回した。


村瀬は空中に浮かぶ紫の宝石を見つめていた。それは彼の背の高さよりも上にあり、ジャンプしても届かない。


「浮いている…物理法則を無視している」彼は呟いた。「どうすれば…」


五人はそれぞれの宝石を前に、頭を悩ませていた。これが第一の試練。この先に進むためには、この謎を解かなければならない。


「みんな」村瀬が全員に声をかけた。「急ぐな。焦りは禁物だ。冷静に考えよう。」


彼の言葉に、全員が深呼吸をした。


「そうだな」加納も同意した。「これは単なる力技では解決できない問題だ。知恵が必要だ。」


「火の巫女は私たちを試しているんだわ」橘は思索に耽りながら言った。「単に力を見せるだけでなく、協力する能力も。」


「そうか…」中村の目が輝いた。「協力か!お互いに助け合えばいいんだ!」


村瀬の顔に閃きの表情が浮かんだ。「その通りだ!一人では解決できなくても、力を合わせれば…」


五人は再び集まり、作戦会議を始めた。それぞれの宝石の状況を説明し、解決策を考える。


「水の精霊は、単に脅かしているだけかもしれない」加納が分析した。「攻撃してこなかったことを考えると。」


「影は光を嫌うのかも」橘が提案した。「何か光源があれば…」


「私のライトで試してみよう」中村がポケットから小型のLEDライトを取り出した。


「柱は登れないが、何か長いもので掃き落とせないか」佐久間が考えた。


「私の懐中電灯の柄を伸ばせば、届くかもしれない」村瀬が言った。


「床の隙間の宝石は…」中村は悩んだ。


「粘着テープがあれば」加納が提案した。「何かに貼り付けて引き上げられる。」


「私のカバンに粘着テープがあるわ!」橘が嬉しそうに言った。


「では、空中の宝石は…」村瀬は見上げた。


「誰かの肩に乗れば届くかも」中村が提案した。


「そうだな」村瀬は頷いた。「よし、計画は立った。実行に移そう。」


新たな作戦のもと、五人は宝石回収に挑んだ。


中村は橘から借りた粘着テープをペンの先に巻き付け、床の隙間に差し込んだ。テープに宝石が貼り付き、うまく引き上げることができた。


「やった!一つ目ゲット!」


橘は中村のLEDライトを使って影に光を当てた。影は光から逃げるように移動したが、橘は巧みに追いかけ、最終的に影を小さな領域に追い詰めた。そこから緑の宝石を拾い上げることができた。


「二つ目も成功!」


佐久間は村瀬の伸縮式の懐中電灯を使って、柱の上の宝石を慎重に掃き落とした。宝石は柔らかなクッションのような床に落ち、無事に回収できた。


「三つ目も確保した」


加納は水盤に再び近づいた。水の精霊が形成されると、彼は静かに語りかけた。


「我々は火の巫女に呼ばれた者たち。仲間を救うために来た。協力してほしい。」


驚いたことに、水の精霊は彼の言葉を理解したかのように揺れ、そして青い宝石を水面に浮かび上がらせた。加納はそれを丁寧に受け取った。


「ありがとう」彼は精霊に頭を下げた。


「四つ目も確保!」


最後に、村瀬は中村の肩に乗り、空中に浮かぶ紫の宝石に手を伸ばした。宝石は彼の手が近づくと、少し動いたが、最終的には捕まえることができた。


「五つ目も取れた!完了だ!」


全員が台座の前に集まり、五つの宝石を手に持った。


「これで次に進めるはずだ」村瀬は言った。「宝石を台座の窪みに置こう。」


五人はそれぞれの宝石を、台座の対応する色の窪みに置いた。すべての宝石が所定の位置に収まると、台座全体が青白く輝き始めた。


そして、部屋の奥の壁が静かに開き始めた。新たな扉の先には、長い廊下が見えた。


「道が開いた!」中村は歓声を上げた。


「よくやった、みんな」村瀬は満足げに言った。「協力することで初めての試練を乗り越えた。さあ、先に進もう。青山と白石を探すんだ。」


五人は新たな通路へと足を踏み入れた。彼らの前には、さらなる謎と試練が待ち受けていた。そして、さらに奥では、青山と白石が火の巫女の真実を探っていた。


「待っていてくれ、青山、白石」村瀬は心の中で呟いた。「必ず助けに行く。」


廊下の奥から、青白い光が彼らを誘うように輝いていた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?