目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第16話

『土』の扉の向こうに広がる通路を、七人の一行は慎重に進んでいった。青白い光に照らされた通路の壁には、これまでのものとは異なる複雑な浮き彫りが刻まれている。まるで物語を語るように、連続した場面が描かれていた。


「これは…」橘が壁に近づき、指でなぞった。「火の巫女の物語…?」


「ああ」佐久間が静かに頷いた。「かつての村人たちと、巫女の関係を描いているようだ。」


村瀬が懐中電灯で壁を照らすと、浮き彫りが一層鮮明に浮かび上がった。そこには村を守る巫女の姿、彼女を崇める村人たち、そして何かの儀式の場面が描かれていた。


「火の巫女は最初から悪者だったわけじゃないんだね」中村が感心したように言った。


「おそらく村の守護者だった」青山は壁画を読み解くように言った。「だが、何かが起きて関係が変わったようだ。」


彼らが通路を進むにつれ、壁画の内容も変化していった。村人たちの表情が恐れに変わり、巫女との距離が生まれていく様子が描かれている。そして最後に、巫女を囲み、何かの儀式を執り行う村人たちの姿。


「ここからは…判読できないわね」白石が残念そうに言った。壁画の最後の部分は、何者かによって意図的に削り取られていたのだ。


「歴史の改ざんか」加納はため息をついた。「よくある話だな。都合の悪い真実は隠される。」


通路の先に大きな空間が広がっていることが見えてきた。七人は自然と足を早め、その場所へと踏み入った。


そこは、これまでで最も広大な円形の間だった。天井は高く、無数の青白い光が星のように散りばめられている。床には巨大な五芒星が刻まれ、その各頂点には石の台座が配置されていた。


「これは…」村瀬が息を呑んだ。


「『炎舞祭』の原型だ」佐久間が言った。「五つの火を配置する儀式の場。」


五芒星の中央には、大きな石の祭壇が鎮座していた。その上には何も置かれていないが、明らかに何かが置かれるべき窪みがあった。


「火の巫女を封印した場所かしら?」白石が静かに尋ねた。


「いや、違う」青山はゆっくりと前に進みながら言った。「ここは…彼女が力を発揮した場所。封印されたのはもっと奥だと思う。」


その時、部屋全体が突然、青白い光に包まれた。そして五芒星の各頂点から、炎の柱が立ち上った。


「な、何だ!?」中村が驚いて後ずさった。


炎の柱はやがて形を変え、それぞれ異なる姿の火の精霊となった。一つは武士のよう、一つは巫女のよう、一つは獣のよう、そして残りの二つはそれぞれ鳥と竜のような姿をしていた。


五体の精霊は、まるで一行を取り囲むように配置された。そして、部屋の中央から声が響いた。


『最後の試練である。協力なくしては乗り越えられぬ。五つの封印を解き放て』


「五つの封印…」村瀬は周囲を見回した。「あの五体の精霊のことか?」


その問いに答えるかのように、五体の精霊がそれぞれ動き出した。各精霊の前には、それぞれ異なる仕掛けが現れた。


「試練が五つあるようだな」加納が言った。「全て同時に解く必要があるのか?」


「おそらくは」青山が頷いた。「しかも、制限時間があるはずだ。」


その言葉通り、部屋の中央に光の時計が現れた。十分のカウントダウンが始まった。


「急ごう!」村瀬が指示した。「それぞれの試練を確認するんだ!」


七人は素早く分かれ、各精霊の前の仕掛けを調査し始めた。


武士型の精霊の前には、複雑な錠前のような仕掛けがあった。加納と村瀬がそれを調べていた。


「これは…」加納が眉をひそめた。「物理的な錠前というより、パズルのようだ。」


「解けるか?」村瀬が問いかけた。


「時間はかかるが…可能だろう」


巫女型の精霊の前には、古代文字が刻まれた石板があった。橘と白石がそれを調査していた。


「これは翻訳する必要があるわ」橘が言った。「でも、見たことのない文字も混じっている…」


「私、古い医学書で似たような文字を見たことがあるわ」白石が言った。「手伝えるかもしれない。」


獣型の精霊の前には、力技で動かすべき巨大な石があった。佐久間が黙々とそれを調べていた。


「これは単なる力仕事ではない」彼は呟いた。「てこの原理を活用する必要がある。」


鳥型の精霊の前には、複雑な光の反射装置があった。中村がそれを興味深そうに眺めていた。


「これ、光を特定の場所に反射させるパズルだな。」


そして、竜型の精霊の前には、コンピュータのインターフェースのような装置があった。青山がそれを操作しようとしていた。


「まさか、ここでIT系のパズルとは…」彼は驚きつつも、すぐに画面の解析を始めた。


五つの試練を把握した七人は、すぐに意思疎通の必要性を感じた。


「みんな」村瀬が声を上げた。「それぞれの試練の内容と、必要な人材を素早く確認するぞ!」


「武士の前のは複雑な機械式パズルだ」加納が報告した。「私一人でも解けるが、時間がかかる。」


「巫女の前は古代文字の翻訳」橘が続いた。「私と白石さんで進めています。」


「獣の前は重い石の仕組み」佐久間が言った。「単純な力技ではなく、工夫が必要だ。」


「鳥の前は光の反射パズル」中村が報告した。「少し複雑だけど、何とかなりそう。」


「竜の前はデジタル系のパズルだ」青山が最後に言った。「これは私が得意分野だ。」


カウントダウンはすでに八分を切っていた。


「時間がない」村瀬が決断した。「それぞれの得意分野に集中するべきだ。加納、私も機械は詳しい方だ。一緒に武士のパズルを解こう。中村、光の反射は感覚的なものだろう。君一人でできるか?」


「任せろ!」中村は自信たっぷりに答えた。


「佐久間、石の仕組みは?」


「ああ」佐久間は頷いた。「だが、一人では難しいかもしれん。」


「私が手伝います」白石が申し出た。「力は弱いけど、体重を利用する方法を考えれば…」


「よし、巫女の翻訳は橘一人に任せられるか?」村瀬が橘を見た。


「なんとかやってみます」橘は決意を示した。「でも、途中で行き詰まったら助けを求めます。」


「青山は竜のパズルに集中してくれ」村瀬は最後に言った。「どこかで行き詰まったら、互いに助け合おう。」


全員が頷き、それぞれの試練に向かった。


加納と村瀬は武士のパズルに取り組み始めた。複雑な歯車の仕組みを理解し、正しい回転を見つける必要があった。


「ここを回すと…」加納が一つのレバーを操作した。「こちらの歯車が動くな。」


「そして、このピンがこの溝に入ると…」村瀬も別のレバーを調整した。


二人は黙々と作業を進め、時折アイデアを交換していた。加納の機械に関する深い知識と、村瀬の素早い洞察力が見事に噛み合っていた。


「これは古い機構だな」加納が感心したように言った。「しかし原理は現代のものと変わらない。」


「そうだな」村瀬も頷いた。「自然の法則は時代を超えて普遍だ。」


橘は巫女の石板に向き合っていた。複雑な文字列を前に、彼女は記憶を頼りに解読を試みていた。


「これは火を表す文字…これは水…そして封印を意味する記号…」


少しずつ意味が紡ぎ出されていく。しかし、未知の文字もあり、進行は遅かった。


「困った…」橘は頭を抱えた。「この部分が分からない…」


「何か問題?」青山が自分のパズルを操作しながら声をかけた。


「この文字が読めないの」橘は困った表情で言った。


「画面に映してみて」青山は提案した。「竜のパズルにも似た文字が出ているから、共通点があるかもしれない。」


橘がスマホで石板を撮影し、青山に見せた。


「なるほど」青山は画面を見ながら言った。「これはプログラミング言語に似ている。命令と対象を表しているんだ。おそらく『開く』という命令だよ。」


「ありがとう!」橘は安堵した表情で翻訳を続けた。


佐久間と白石は獣の前の石に取り組んでいた。重い石には溝があり、ある特定の場所まで動かす必要があるようだった。


「このままでは動かせない」佐久間は唸った。「何か道具が…」


「あそこに棒があります」白石が指さした。「てこの原理で…」


佐久間は棒を石の下に差し込み、支点を作った。白石は別の石を支点の近くに置いた。


「私が端に乗ります」白石が言った。「佐久間さんは棒を押してください。」


「危なくないか?」佐久間が心配そうに言った。


「大丈夫」白石は微笑んだ。「看護師時代に患者さんを移動させる訓練はしてます。」


二人の連携で、少しずつ石が動き始めた。


中村は鳥の前の光の反射装置に四苦八苦していた。鏡を調整して、光を特定のパターンで反射させる必要があった。


「くそっ、この角度が…」


中村はいくつかの鏡を調整したが、光のパターンが崩れてしまう。


「何か違うんだよな…」


「中村さん」白石が声をかけた。「私たちの方はうまくいっています。手伝いましょうか?」


「いや、もう少しで…」中村は固辞したが、再び失敗した。「…助けてくれると助かるかも。」


白石は佐久間と石を動かし終えると、中村のもとに駆けつけた。


「ここの角度を少し調整すれば…」白石が鏡に触れた。「医療機器のレーザーも似たような原理ですから。」


青山の竜のパズルは、一見順調に見えた。彼の指が素早くインターフェースを操作し、次々と画面が切り替わる。


「これは…」青山は驚いた表情を浮かべた。「ファイアウォールを突破するハッキングのシミュレーションだ。」


「何だって?」加納が横目で見た。「こんな場所にそんな現代的な…」


「不思議ですね」青山も首を傾げた。「でも、原理は古代から変わらないのかもしれません。障壁を突破する技術は。」


時間は残り四分。各グループの進捗は様々だった。


「武士のパズル、あと少しだ」加納が報告した。


「巫女の翻訳も大部分が終わりました」橘も声を上げた。


「石は所定の位置に」佐久間が簡潔に言った。


「光の反射も…もう少し!」中村と白石が声を揃えた。


「竜のパズルも順調です」青山が言った。


しかし、そこで予期せぬ事態が起きた。竜のパズルの画面が突然赤く点滅し、警告音が鳴り始めたのだ。


「何が起きた?」村瀬が振り向いた。


「セキュリティ警告です」青山は焦った表情で言った。「一つ間違えると、全てがリセットされてしまう!」


「何か対策は?」加納が尋ねた。


「通常なら迂回ルートを探すところですが…」青山は画面を凝視した。「時間がない!」


「他の四つが解ければ、自動的に解除されるんじゃないか?」佐久間が提案した。


「可能性はあります」青山は頷いた。「それなら、他の四つに集中しましょう!」


残り三分。四つのパズルに全員の注意が集中した。


加納と村瀬は武士のパズルの最後の調整に入っていた。


「ここを合わせれば…」加納がレバーを回した。


「そして最後に…」村瀬が最後のピンを引き抜いた。


カチリと音がして、武士の前の封印が解けた。武士の精霊は一礼し、炎の姿に戻った。


「一つ目成功!」村瀬が叫んだ。


橘も巫女の石板の翻訳を完了させていた。最後の文字を入力すると、石板が青白く光り、巫女の精霊も炎に戻った。


「二つ目も!」


残り二分。佐久間は獣の前の石を完全に所定の位置に動かし、獣の精霊も炎に戻った。


「三つ目完了」佐久間は静かに報告した。


「急いで!」村瀬が中村と白石のもとに駆けつけた。「手伝おう。」


三人がかりで鏡を調整していく。あと少しで光のパターンが完成するところだったが、角度の微調整が難しかった。


「もう少し右に…いや、左!」中村が指示を出した。


「こうか?」村瀬が鏡を動かした。


「もう一度、光の道筋を確認しましょう」白石が冷静に言った。


彼のアドバイスで三人は落ち着き、系統的に鏡を調整していった。そして残り三十秒で、光のパターンが完成した。鳥の精霊も炎に戻った。


「四つ目成功!」中村は歓声を上げた。


残るは竜のパズルだけ。しかし、画面は依然として赤く点滅していた。


「どうする?」村瀬が青山に尋ねた。


「四つが解けたので、何か変化が…」青山は画面を見つめていた。


すると、竜のパズルの警告画面が消え、新たな画面が表示された。そこには「最終承認」という文字と、七人の名前が並んでいた。


「これは…」青山は驚いた。「七人全員の承認が必要みたいです。」


「急いで!」村瀬が全員を呼び寄せた。「各自の名前をタッチするんだ!」


七人が次々と自分の名前に触れると、画面が青白く光り、竜の精霊も炎に戻った。


「五つ目成功!」


カウントダウンが「00:01」を指した瞬間、五つの炎が中央の祭壇に向かって流れ込んだ。祭壇が強く輝き、その上に何かが具現化し始めた。


それは小さな結晶のようなものだった。五つの炎の色が混ざり合い、美しく輝いている。


『試練終了。協力の力を証明した』


声が響く中、結晶は青山へと浮遊していった。


「私に…?」青山は戸惑いながらも、結晶を手に取った。


『これは『火の鍵』。かつて封印を操った道具の一つ。選ばれし者よ、これを持って最奥へと進め』


青山は結晶を握りしめた。それは温かみがあり、心地よい重みを感じた。


「どうやら、あなたが選ばれているようね」白石が優しく微笑んだ。


「私だけじゃない」青山は首を振った。「七人全員がいなければ、この試練は乗り越えられなかった。」


「その通りだ」村瀬が頷いた。「一人の力では限界がある。だが、互いを補い合えば乗り越えられない試練はない。」


部屋の奥に新たな通路が開いた。そこからは、これまでより強い青白い光が漏れていた。


「さあ、進もう」村瀬が全員を促した。「火の巫女の真実まで、あと少しだ。」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?