七人の一行が新たな通路を進むと、空気がさらに変化したのを感じた。これまでの通路よりも湿度が高く、かすかに甘い香りが漂っている。青白い光は以前より強く、壁や床にはより複雑な模様が刻まれていた。
「なんだか、さっきまでとは違う雰囲気だな」中村が周囲を見回した。
「ダンジョンの最深部に近づいているからかもしれないね」青山は手の中の「火の鍵」を見つめながら言った。結晶はときおり脈打つように光を放っている。
村瀬が先頭を歩きながら、慎重に通路の先を確認していた。「警戒を怠るな。これまでの試練を考えると、ここにもなにか…」
言葉が途切れたその時、通路が急に開け、彼らは文字通り息を呑む光景の前に立っていた。
巨大な地下空洞——いや、神殿と呼ぶべき場所だった。天井は高く、無数の青白い結晶が星空のように輝いている。床全体は黒曜石のように滑らかで、その表面に金色と銀色の複雑な文様が描かれていた。そして中央には…
「まさか…」白石の声が震えた。
円形の水盤があり、その中から巨大な木が生えていた。しかし、それは普通の木ではない。全身が青白い炎に包まれた木だった。炎は揺らめきながらも木を焼き尽くすことはなく、むしろ木の一部になっているようだった。
「炎の木…」佐久間が静かに言った。「伝説にあった『生命の樹』か…」
「生命の樹?」橘が興味深そうに尋ねた。
「古い言い伝えでは、世界の中心に生命の樹があり、その根は地下深くまで伸び、枝は天まで届くという」佐久間は説明した。「そして、その枝には様々な世界が宿るとも。」
七人は自然と炎の木に引き寄せられるように近づいていった。水盤の水は透明で、底には様々な宝石のような鉱物が散りばめられている。
加納が水を少し手に取って調べた。「普通の水だが…驚くほど澄んでいる。不純物がほとんどない。」
「誰かいるわ!」
白石の声に全員が炎の木の方を見た。木の周りを、青白い光の人影が歩いていた。それは人の形をしているが、実体はないようだった。
「幽霊…?」中村が思わず後ずさった。
「違う」青山はじっと見つめながら言った。「これは…記録された記憶のようなものだ。」
確かに、光の人影たちは彼らの存在に気づいていないようだった。まるで過去の一場面が再生されているかのように、彼らは独自の動きをしている。
「ええと…古代のホログラムみたいなものかな?」橘が頭を傾げた。
「まさにその表現が正しいかもしれんな」加納は感心したように言った。
光の人影たちの中に、一人の女性が浮かび上がった。彼女は他の人影より鮮明で、赤い着物を身にまとっている。火の巫女だ。
「火の巫女…」村瀬が声をひそめた。
彼女は炎の木の前で何かの儀式を行っているようだった。手を広げ、何かの言葉を唱えている。そのたびに、炎の木は強く輝き、枝が揺れた。
「この木が、火の力の源なのか」佐久間が考え込むように言った。
青山の手にある「火の鍵」が突然、強く脈打ち始めた。それは青山の手を離れ、空中に浮かび上がった。そして、炎の木に向かって緩やかに移動していく。
「あっ!」青山は驚いたが、鍵を追いかけることはしなかった。
鍵が炎の木に触れると、木全体が強く輝き、光の人影たちがさらに鮮明になった。そして突然、彼らの声が聞こえ始めた。
「…封印が弱まっている。このままでは災いが…」
「…それでも、彼女を封じるのは…」
「…選択肢はない。儀式を行うべきだ…」
断片的な会話だったが、明らかに火の巫女についての議論をしているようだった。
「どうやら、巫女を封印する前の議論のようだな」村瀬が言った。
光景は変わり、今度は巫女が村人たちと対峙しているシーンが映し出された。
「私は村を守るために力を使ってきた!」巫女の声は怒りと悲しみに満ちていた。「なぜ今、私を封印しようとするのだ?」
「その力があまりに強大になりすぎた」年老いた男が答えた。「我々にはもう制御できない。」
「嘘だ!」巫女は叫んだ。「本当は私の力を奪いたいだけだろう!彼を殺したように!」
「あなたの恋人の死は事故だった」別の男が言い訳するように言った。
「事故?」巫女の周りに炎が渦巻き始めた。「私には真実が見える。あなたたちが彼を殺したのだ。私の力を恐れて!」
場面はさらに変わり、今度は山中の何かの祠の前での儀式が映し出された。大勢の村人が集まり、五つの火を星型に配置している。中央には、力なく横たわる巫女の姿。
「封印の儀式…」佐久間が呟いた。
儀式が進む中、突然、巫女が目を開けた。彼女の目には怒りと悲しみ、そして復讐の炎が燃えていた。
「私を封印しても無駄だ」彼女は静かに、しかし力強く言った。「千年に一度、封印は弱まる。そして私は復讐を果たす。」
「黙れ、魔女め!」村の長らしき男が杖を振り上げた。
「覚えておけ」巫女の声が響く。「私の魂は炎となり、いつか選ばれし者が現れる。その時、真実が明らかになる…」
儀式は最終段階に入り、五つの火が巫女を包み込んだ。彼女の体は炎に溶け込むように消えていき、代わりに赤い結晶が現れた。村人たちはその結晶を祠の奥へと運んでいった。
光景はそこで途切れ、炎の木は元の穏やかな輝きを取り戻した。「火の鍵」は青山の元へと戻ってきた。
七人は黙って、今見た光景を消化していた。
「これが…真実なのか?」村瀬が重い口調で言った。
「少なくとも、巫女の視点から見た真実だろう」加納は慎重に答えた。「彼女が残した記憶だからな。」
「恋人を殺されて…それで封印された…」橘は同情の念を隠せない様子だった。
「だとすると、『炎舞祭』は…」白石が言いかけ、言葉を切った。
「彼女を封じ続けるための儀式だったのか」中村が言葉を継いだ。「先日、私たちが行った儀式も…」
青山は黙って炎の木を見つめていた。彼の頭の中には様々な疑問が渦巻いていた。巫女の言う真実とは何か。彼女の恋人は本当に村人たちに殺されたのか。彼女の復讐とは具体的に何を意味するのか。
「考えるべきことがある」佐久間が静かに言った。「もし巫女が無実で、不当に封印されたのなら、私たちは彼女を解放すべきではないのか。」
「しかし、それは危険かもしれない」村瀬は懸念を示した。「彼女の力が制御不能になれば、町は危機に陥る。」
「でも、このままダンジョンが拡大し続ければ、結果的に同じことじゃないでしょうか」白石が指摘した。
一同が議論している間、青山は炎の木の周りをゆっくりと歩き始めた。水盤の縁に沿って一周すると、木の反対側に小さな祭壇を発見した。
「みんな、こっちに何かある」
全員が青山の元に集まった。祭壇には古い石板が置かれており、その上には何かの文字が刻まれていた。
「これは…」橘が身を乗り出して見た。「火の巫女の文字だわ。さっきの試練で見たのと似ている。」
「読めるか?」村瀬が尋ねた。
「少し時間がかかりますが…」橘は真剣な表情で文字を追い始めた。「この部分は…『選ばれし者へ』というタイトルのようです。」
「では、これは…」
「巫女からのメッセージかもしれない」青山が静かに言った。