橘はゆっくりと文字を解読し、声に出し始めた。
『選ばれし者へ。
もしあなたがこれを読んでいるなら、封印は弱まり、真実を求める時が来たのだろう。
私は
炎と氷の力を持つ者として生まれ、人々を災いから救ってきた。
だが、力を恐れた者たちは私を裏切り、恋人である蒼(あお)を殺し、私を封印した。
千年の時を経て、私は目覚める。
五つの封印は既に揺らぎ始めている。
最後の封印を解くには、『炎と氷の鍵』が必要だ。
それは蒼の血を引く者だけが使うことができる。
選ばれし者よ、あなたが真実と正義を信じるなら、私を解放してほしい。
だが、それはあなた自身の選択によるものだ。
解放の儀式は、封印の儀式の逆を行えばよい。
五つの火を消し、星の印を砕け。
真実と共にあれ。
橘の声が静かに響き渡った後、場の空気が重くなった。
「蒼…」青山は呟いた。「まさか…」
「青山、何か思い当たることがあるのか?」村瀬が尋ねた。
「私の姓は『青山』です」彼は静かに言った。「そして、祖父から聞いた話によると、私たちの先祖は磐梯山の麓に昔から住んでいて、かつて『蒼』という名前だったそうです。」
「まさか…」白石は息を呑んだ。「あなたが『蒼の血を引く者』?」
「可能性はあるな」佐久間が頷いた。「だからこそ、青山が『選ばれし者』になったのだろう。」
「でも、これ、本当に信じていいのでしょうか?」橘が不安そうに言った。「巫女を解放すれば、彼女は復讐するかもしれない。」
「村を破壊する恐れもある」加納も同意した。
一同は沈黙した。青山は再び「火の鍵」を見つめた。これが「炎と氷の鍵」の一部なのだろうか。
「ここに立つまで、私は『火の巫女』を封印すべき悪者だと思っていました」青山は静かに語り始めた。「でも今は…彼女が語る真実にも、耳を傾けるべきだと思います。」
「どういう意味だ?」村瀬が尋ねた。
「すぐに解放するかどうかは別として、まず彼女と直接対話すべきではないでしょうか」青山は提案した。「両方の言い分を聞かなければ、真実は見えてこないと思うんです。」
「確かにな…」村瀬は考え込んだ。「一方の言い分だけで判断するのは危険だ。」
「でも、彼女と対話するには、どうすれば…」中村が首を傾げた。
その時、炎の木が再び強く輝き始めた。木の幹が開くように分かれ、中から階段が現れた。下へと続く螺旋階段だ。
「これは…さらに深部への招待か?」加納が眉をひそめた。
「行くべきでしょうか?」白石が不安そうに村瀬を見た。
村瀬は深く考え込み、全員の顔を見回した後、決断を下した。
「行こう。だが、最大限の警戒を怠るな。危険を感じたら、すぐに引き返す。」
「私は行きます」青山はきっぱりと言った。「『選ばれし者』として、
「私も行くわ」白石が彼の横に立った。「あなたを一人にはできない。」
「俺たちも行くさ」中村が笑った。「ここまで来て引き返すなんてね。」
一同の覚悟が決まり、彼らは螺旋階段を降り始めた。青山の手にある「火の鍵」が松明のように道を照らしている。
「この階段、いったいどこまで続いているんだ?」中村がぼやいた。
「きっと…封印の最深部までだろう」佐久間が答えた。
彼らがさらに降りていくと、空気がさらに変化した。湿度が増し、かすかに甘い香りがより強くなった。そして、どこからか女性の声が聞こえてくるようだった。
「聞こえる?」青山が立ち止まった。「誰かが…歌っている。」
確かに、美しく哀愁を帯びた歌声が、微かに響いている。言葉は古いものだが、そのメロディは心に染み入るように美しかった。
「『火の巫女の唄』…」橘が呟いた。「伝説に伝わる、彼女の歌…」
階段を降りきると、彼らは円形の小さな部屋に出た。部屋の中央には石の祭壇があり、その上に赤い結晶が置かれていた。結晶の中には、人の姿のようなものが見える。
「これが…火の巫女の封印?」村瀬が息を呑んだ。
「
結晶が青山の接近を感じたかのように、内側から赤い光を放ち始めた。そして、その光から女性の声が響いた。
『選ばれし者よ、ついに来たか。蒼の血を引く者よ。』
青山は立ち止まり、結晶に向かって言った。「私は青山智也。あなたが
『そうだ。千年の時を封じられていた私だ。』
「私たちはあなたの話を聞きました」青山は静かに言った。「村人たちがあなたを不当に封印したという話を。」
『それは真実だ。私は村を守るためだけに力を使ってきた。だが、彼らは力を恐れ、蒼を殺し、私を封じた。』
「しかし、伝説ではあなたは災いをもたらす存在とされています」村瀬が一歩前に出て言った。「あなたの力が暴走し、村を脅かしたとも。」
『嘘だ』結晶の中の姿が怒りに震えたように見えた。『それは彼らが作り上げた偽りの歴史。真実を隠すための。』
「では、なぜ復讐を誓ったのですか?」青山が尋ねた。「あなたのメッセージの中で。」
『復讐とは、単に真実を明らかにすることだ』
「それは…破壊や殺戮は含まないのですか?」白石が心配そうに尋ねた。
『私は守護者だ』
青山は「火の鍵」を見つめながら考えた。信じるべきか否か。真実はどこにあるのか。
「あなたを解放するには、どうすればいいのですか?」彼は静かに尋ねた。
『「炎と氷の鍵」が必要だ』
「そして、解放の儀式は?」
『封印の儀式の逆を行えばよい。五つの火を消し、星の印を砕く。それは『炎舞祭』の真逆の儀式となる。』
青山は仲間たちを見回した。全員が真剣な表情で、この重大な決断の重さを感じているようだった。
「私たちは…もう少し考える時間が必要です」青山は結晶に向かって言った。「すぐに決断することはできません。」
『理解した』
「どれくらいの時間があるのですか?」村瀬が尋ねた。
『満月の夜まで』
「三日…」中村は息を呑んだ。「そんなに近いなんて…」
『選ばれし者よ』
結晶の光が弱まり、部屋は元の静けさを取り戻した。
七人は重苦しい沈黙の中、互いの顔を見合わせた。
「どうすべきだろうか…」村瀬が険しい表情で言った。
「すぐには決められないな」加納も重々しく言った。「まずは地上に戻り、情報を整理すべきだ。」
「でも、解放すべきか否か…最終的には決断しなければならない」白石は心配そうに言った。
青山は黙って「火の鍵」を握り締めていた。彼の心の中には迷いがあった。
「二つの選択肢がある」青山は静かに言った。「解放するか、封印を強化するか。どちらの場合も、『氷の鍵』が必要なようだ。」
「では、まずは『氷の鍵』を探すべきだな」佐久間が言った。
「そして、真実をさらに調査するんだ」橘も頷いた。「古文書や伝承を徹底的に調べる必要があるわ。」
「そうだな」村瀬は決意を新たにしたように言った。「いったん地上に戻り、情報を集め、冷静に判断しよう。この件は消防団だけでなく、町全体に関わる問題だ。」
全員が同意し、来た道を引き返し始めた。青山は一度だけ振り返り、赤い結晶を見つめた。そこに千年もの間、封印されてきた巫女。彼女の真実は何なのか。
「行こう、青山」白石が優しく彼の肩に手を置いた。「一緒に考えましょう。」
「ありがとう」青山は微笑んだ。「そうだね、一人で抱え込まなくていいんだ。」
階段を登りながら、青山の頭の中には多くの疑問が渦巻いていた。「蒼の血を引く者」としての自分の役割。「炎と氷の鍵」の意味。そして、最も重要な問い——真実とは何か。
一行は再び炎の木のある神殿に戻り、そこから入口へと向かった。過酷な試練を乗り越え、重大な真実を知った彼らを待っているのは、さらなる謎と決断だった。そして、その決断が磐梯山と町の未来を左右することになる。
時は刻々と過ぎていく。満月まであと三日。