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降臨

 レッドスカーと名乗り、自らを煙と化した赤スーツの悪魔。

 黒条院こくじょういん先輩がゴスロリ服の少女を連れ去って、もう一人の長身のっぽな悪魔が動かないことから、俺はこの悪魔とタイマンすることになったのだが。


 四方八方に充満し、逃がさんとばかりに俺を囲み、絶えず攻撃に襲われ続ける赤い煙。

 さながら意志ある牢獄の中で、じわりじわりといたぶられるかのよう。

 煙が故に形は自在。ふわりとしながら粘つきさえ伴う赤の煙だが、鉄を振り回しているかのように重く鋭い連撃を紙一重で躱しながら、どうしたものかと頭を悩ませる。


 まいったな。言動は噛ませの三下みたいなのに、普通にどころかとんでもなく強い。

 煙を吸ったらまずそうだし、その上煙なのに普通に金属だろうあちらこちらに傷を付けるくらい強力だし、攻撃の瞬間だけ実体に戻るとかそういう定番の弱点もない。


 煙のくせにイケメンステップからのイケメンスピンでは吹き飛んでくれなかった。

 そのまますぎるが、まさに人VS煙。

 火や水みたいな人が掴めないものとどう戦うか、そんなとんちをサンドバッグにされながら問われているような気分だった。


「無駄無駄無駄ッ、何もかも無駄ですとも!! この右腕レッドスカーに、色使いでさえない人間一匹が勝てるわけがないでしょうが!! いい加減、恥を知りなさい!」


 スーツをズタズタに斬り刻まれながら、それでも直撃は一つもないようイケメンステップで回避を続けていたのだが。

 そうしてついに腕に一つ、肌まで届き血が流れてしまうと、途端に全身に重りでも巻き付けられたみたいな気怠さに止まってしまいそうになる。


 なるほど、もしかしなくても、掠り傷でも煙が入って内から鈍くなっていく感じか。

 煙=あの悪魔なら、このまま内に取り込み続けると体の動きさえ掌握されそうで怖い。早い所、蹴りをつけたいがどうしたものか。


「どうすんだー兄弟? 右腕レッドスカーはうざいし自分に酔ってるアホだが、強さや信念は本物だ。あいつの言うとおり色力がないなら、台風でも吹かないと話にならないぜ?」


 こっちは命懸けの戦いをしているというのに、何故か横向きで寝そべりながら、テレビで野球中継を見ているくらいの気軽さで煽ってくるゾンクリム。


 自分もちょくちょく攻撃が当たっているが、特に気にする様子は見られないがそれでいいのだろうか。


 しかし台風……そうか、台風か。台風が吹けばいいのか。確かにそれなら可能性はある。

 ふっふっふ、そんなにご丁寧に振られちゃ仕方ない。

 こうなれば見せてやろう。イケメンのスマイルやウィンクと同じ、見たいというのなら見せてやるイケメン仮面のファンサービスというものを。


 では、本邦初公開。イケメン仮面戦闘特殊アクション、その名もイケメンハリケーン。


「……んんうっ??」


 イケメンスペックを駆使し、その場でひたすらイケメンスピン。ここまではさっきと一緒。

 更にイケメンが加速しながらスピンを続けることで、俺を中心に巨大な竜巻が発生する。

 まるでイケメンと風のコラボダンス。イケメンスピンによって生じた竜巻は、レッドスカーごと屋上に漂う赤い煙を屋上から全部吹き飛ばし、どこまでも空へと上がっていく。これこそまさしくイケメンハリケーン、客の望んだ台風だ。


「どうだい悪魔。色使いでさえない人間のそよ風だって、結構涼しいもんだろう?」

「言ってくれる……!! 飛べもしない人間のくせに猪口才な……クフフッ、こうなれば次は……って何です右足ポーピー!? 貴方は領域の維持に専念なさ……何ですとぉ!?」


 元の姿に集まりながら、額から汗を流し、肩を弾ませるレッドスカー。

 イケメンスマイルで尋ねに対し、忌々しそうな目を向けてきながらも、どこか楽しそうに口角を上げるレッドスカーだったが、突如隣へ現れたノッポの悪魔に耳打ちされると驚愕を露わにする。


「おの、おのれ……!? まさか左足ビルーが色使い一匹程度に負けるなど……なんたる大誤算、どうすればそうなるというのですか……!!」


 言動的に、どうやら下の先輩達の結末に憤っているらしい。


 そうか、勝ったんですね先輩。……無事で良かった、こっちもすぐに終わらせます。


「もう諦めたらどうかな? 人質の少女を返し、二度と人に迷惑かけないと誓るのなら、今回はお仕置きのイケメンパンチだけで──」

「見くびらないでもらいたい。私は右腕レッドスカー、大悪魔ヴァミリオンに全てを捧げんとする悪魔。こんな好条件が揃っているのだから、次の機会になどと退けるわけがないでしょう!」


 俺が降伏の申し出をした、その瞬間だった。

 先ほどまで激情を貼り付けていたレッドスカーの顔から感情が消え、何の躊躇いもなく隣のノッポの悪魔の胸へと右手を突き立てたのは。


「……えっ」

「本来であれば赤い月が最も高く昇るその瞬間、多くの人間の命を贄に捧げ、器を赤に満たしてから儀式を行い、最高の状態で母様を迎えようとしたのですが……どうにもままなりませんね」


 引き抜かれた右手が握る心臓に、呆然としながら落ちていくノッポの悪魔。

 何を、と声を上げようとしたその瞬間、レッドスカーは今度は左手で自身の胸を抉り、顔色一つ変えずに心臓を取り出した。


「なっ……!」

「グフッ……さあ、さあさあさあ赤き月よ! 我ら四肢三つの魂を注ぎ、器に仮初めの赦しをもたらさん! 崇高なる母様、我らが赤の大悪魔ヴァミリオン……!! 遍く世界は、貴女様の色のままに……!!」


 血を吐き、それでも喉を壊すほど叫びながら、レッドスカーも同様に空から落ちていく。

 だが彼の体が、その手に握られた二つの心臓が地面に落ちたと同時に、屋上に描かれた陣をなぞるようにして眩いほどの赤い光が灯り、すぐに消えてしまう。


 なにが、何が起きた……?


 地面に叩き付けられ、それでも笑みを浮かべながら力尽きるレッドスカー。

 初めて直面した死。意図の分からぬ自死という最期にどうにも気持ちや実感が追いつかず、その場に立ち尽くしてしまいかけるも、それでは駄目だと両頬を叩いてその骸から視線を外す。


 どんな意味があったのかを推し量ることは叶わないし、きっと出来ても理解は出来ない。

 それよりも今は奪われていた人質、先輩の友人の安否の確認だ。

 何が起きたのかは、彼女を安全を確保してから改めて確認すればそれでいい。そのはずだ。


 色々なものから目を背けながら駆け足で移動し、先輩の友人の下へと辿り着く。

 未だ眠る彼女の無事を確認しようと、体を抱き上げようとした、その瞬間だった。


「……ふわぁ」


 触れる直前、起きないはずの少女はぱちりと目を開け、起き上がってから欠伸をかく。

 まるで日差しを受けて目覚める、日常のような場違いな気軽さ。

 そんな普通があまりにも異様で、なのに全身に寒気さえ走るほど恐ろしく、イケメン仮面としての言葉すら出てこないほど戦きを感じてしまった。


「なっ」


 それでも、必死に声を出し、少女に尋ねようとした。

 その瞬間だった。少女はじろりと赤く光る瞳をこちらへと向けてきたのは。

 そして俺は何が起きたのかさえ理解出来ず、強い衝撃を感じた瞬間、意識を手放してしまったのは。






 スカイタワーの屋上。

 イケメン仮面は突如赤色力の塊に圧し潰され、床を突き抜け、そのまま地上へと落とされた。


「何ともまあ雑味だらけの風だが……嗚呼、この時、この瞬間をどれほど待ちわびたか」


 その場にある唯一の人として、大きな胸を揺らしながらゆっくりと立ち上がるのは、制服を身にまとう茶髪の少女。

 朗らかな笑顔の似合う、愛嬌ある茶髪の少女。だが今の少女は、つい先ほどまでゆるい顔で寝言を呟いていたとは思えないほど、冷たく、美麗で、魔性を秘めた微笑みを零す。


「しかし窮屈な器よなぁ。胸もでかく声も甘い、われとは思えぬ白に合う体よ」

「どうれ一つ、われ好みに作り替える……ふむ、なるほど。どうやら器との定着さえ仮初め、真に降り世を塗り替えるのなら器を慣らし、自ら贄を欲せと……こっちで中々恥知らずに育ったのう、右腕よ」


 独りごちながら体を解し、大自らの全身へ色力を流すが変化は起きず。

 不満そうに口を結ぶも、すぐになるほどとばかりに納得しながら、自らの右腕──厳密に言えば、糧となり我が身へ還った右腕レッドスカーをじろりと睨む。


「……まあよい。われは既にここに在る、なればもう四肢あやつらは必要ない。役立たずな左腕含め、われが全て塗り潰せば事足りる」


 ひどく大人びた笑みを浮かべた少女は、靴を溶かしながらゆっくりと歩き出し、ひたひたと音を立てながらやがて屋上端へと辿り着く。


『人よ悪魔よ、傾聴せよ。我はヴァミリオン。唯一在る赤、世界の色となる赤である』


 そうして彼女はおもむろに、スカイタワーの屋上から見下ろしながら語りかける。

 声の大きさは並。けれどその宣誓は、聞かないことを許さないとばかりに地上へと響き渡る。


『競争は決した。今より世界は我のものであり、今宵を境に世界は赤に染まる。心せよ。これは決定であり、宣告である』


 そうして声を切り上げ、彼女はゆっくりと、髪の色を茶色から深紅へと染め上げていく。


 赤の大悪魔、その名はヴァミリオン。

 全ての赤の悪魔の頂点にして、この世にある赤の力の原点。世界で唯一本物と呼ぶべき赤が、ついに地球に降臨した。

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