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第9話 魔法学校

 マジカルエクスプレス便のバンは、穏やかな春の日差しの中を走っていた。今回の目的地は郊外にある小さな魔法学校だ。表向きは普通の私立学校に見えるが、実際には若い魔法使いの卵たちが学ぶ場所だ。


「魔法学校ってどんなところなんですか?」


 優斗くんが期待に胸を膨らませて尋ねた。彼は後部座席から身を乗り出し、まるで小さい子供のように目を輝かせている。その純粋な好奇心には、いつも心が温かくなる。


「基本的には普通の学校と変わらないよ。数学や国語のような一般教養もあるし、体育の授業だってある。ただ、それに加えて魔法の基礎や魔法生物学、魔法史なんかも学ぶの」

「ハリーポッターみたいな?」


 茜ちゃんが尋ねた。彼女の声には冷静さの中にも、わずかな期待が顔を覗かせていた。それに私は笑って答える。


「あんなお城があったり階段が動いたりするような、テーマパークみたいな所じゃないよ。でも似ている名前の教科とかもあるかも」


 実際、小説のような魔法の杖を振って呪文を唱えるような、いかにもという感じの派手な魔法もあるにはあるが、現代の魔法教育はもっと実用的で科学的な側面も重視しているのだ。


「僕も通えたらよかったのに」


 優斗くんが残念な気持ちを隠そうともせずにため息をついた。彼の声には本当の憧れが込められていた。


「才能があれば、年齢に関わらず入学できる学校もあるよ。通信制みたいな」


 わたしは優斗くんを励ませるような情報を付け加える。彼の瞳に魔法への可能性を感じていたから。


「でも、知識面はともかく、若いうちから始めた方がやっぱり技術の習得は早い傾向にあるみたい」


 バンは郊外の丘を上り、やがて広々とした敷地に建つ西洋風の校舎が見えてきた。一見すると普通の学校と何も変わらない。グラウンドではサッカー部らしい生徒たちがジャージでボールを追いかけ走り回っているし、音楽室らしい教室からは管楽器の音が聞こえてくる。良く晴れた太陽の下、バンの中には春の日差しが窓から差し込み、周囲の緑はきらきらと輝いていた。

 拓人さんはバックミラー越しに後部座席のわたし達を見た。


「今日の荷物は何だ?急いでたから俺は教材としか聞いてないが……」

「教材だよ。魔法の教科書と実習用の素材。新学期が始まるにあたって、準備が必要なんだってさ」

「そんなもん緊急配達じゃなくてもっと前もって用意しとけよな」

「よその学区からの転入生が来ることが急に決まって、追加の教材が必要になったって聞いたよ。ほら、魔法の教材は流出を警戒して厳しく管理されてるから、予備を置いておくこともできないし、誰に教材を配布したか評議会に報告も必要だし」


 わたしと拓人さんが話しているうちに、バンは閑静な住宅街を抜け、丘の上に建つ校舎に到着した。「翠風学園」と書かれた立派な門があり、周囲は美しい庭園に囲まれていた。桜の花びらが風に舞い、淡いピンク色の絨毯のように地面を覆っている。

 茜ちゃんが驚いた様子で校舎を見上げた。


「ここが魔法学校?普通の私立学校みたいに見えるわ」

「そう見えるようにしてあるんだよ。一般の人から魔法を使った授業を隠すための結界があるから。ほかにも結界には人払いの効果もあって、一般の人にはこの学校を認識しづらくさせてるし、今通ってきた丘の上に続く道も学校を明確に認識してる人や、さっき渡した魔法界のIDカードを持つ人にしか見えないようになってるの」


 魔法界と人間界の共存のためには、こうした配慮が必要なのだ。

 四人はバンから降り、荷物を取り出した。今回は大きな木箱がいくつかあり、みんなで分担して運ぶことになった。わたしと茜ちゃんは拓人さんからさりげなく小型の木箱を渡され、優斗くんは少し大きめの木箱を渡されている。拓人さん自身は一番大きな荷物を抱え、校舎に向かう道を先導した。

 校門に着くと、会社の事務員っぽい制服を着た女性教諭が出迎えてくれた。緑川先生だ。彼女とは以前から面識があり、魔法教育に情熱を注ぐ優れた教師として魔法界でも知られている。


「マジカルエクスプレス便の皆さん、お待ちしていました」


 緑川先生が穏やかな笑顔で迎えてくれた。わたしは挨拶を返しつつ、配達の報告をする。


「緑川先生、いつもお世話になっております。こちらがご注文いただいた教材です」

「ありがとうございます」


 緑川先生は、優斗くんと茜ちゃんに気づいたようだ。


「新しいスタッフですか?」

「はい、まだ高校生ですが、アルバイトスタッフとして加わってもらっています」


 わたしは二人を紹介した。二人の顔には好奇心と緊張が入り混じっていた。緑川先生の方も二人に興味があるようで、目をキラキラさせて二人を見た。


「魔法に興味があるのかしら?」


 彼女の鋭敏な感覚は、若い才能を見抜くことに長けていると言われている。そんな緑川先生に優斗くんが即答した。


「はい!とても興味があります!」

「素晴らしいわ。若い人たちが魔法に興味を持ってくれるのは嬉しいことです」


 緑川先生は嬉しそうに二人に微笑みかけ、わたし達について来るように促した。緑川先生の案内で校内に入ったわたし達だったが、初めて校内に入る高校生二人組はどこか変わったところがないかと辺りをきょろきょろと見まわしている。校内は一見すると普通の学校だが、よく見ると不思議な点も多い。壁に飾られた肖像画の中の人物から見張られるような視線を感じたり、教室によっては天井に星座が浮かび上がっていたりした。わたしも拓人さんもこうしたちょっとした魔法の光景には慣れていたが、些細な違いを発見して驚きの表情になる優斗くんと茜ちゃんを見るのは楽しかった。そんな優斗くんがたまらず驚きの声を上げた。


「わぁ……。本当に魔法学校だ……」


 教材室に荷物を運び入れると、緑川先生は木箱を開けた。中には美しく装丁された教科書や、色とりどりの結晶、小さな植物のような材料が入っていた。魔法教育に必要な基本的な道具類だ。


「これは魔法の基礎を学ぶための『始まりの石』です。自分の中の魔力を動かして集中させる練習に使うのよ」


 緑川先生が青い結晶を手に取った。優斗くんが興味深そうに尋ねる。


「触っても大丈夫ですか?」

「どうぞ。触ってみて」


 緑川先生が結晶を優斗くんに渡し、彼は恐る恐る結晶を手に取った。これはわたしのまったくの山勘だが、緑川先生が初めて会った高校生に「始まりの石」を渡すという事は、二人から何かを感じ取ったのではないかと思い、ひょっとして何か起こるのではないかとその瞬間を見守っていた。すると、優斗くんが触れた瞬間、結晶が淡く光り始めた。


「おや?結晶が反応しているわ」


 緑川先生がやや驚いた様子で優斗くんを見た。緑川先生としても、本気で反応するとは思っていなかったような口ぶりだ。わたしも思わず目を見開いた。あの結晶は普通の人が触れても反応しないはずだ。


――魔力を持つ者にしか反応しない特殊な石のはずなのに……。


「どういうことですか?」


 茜ちゃんが興味深そうに尋ねた。緑川先生も興味深そうに優斗くんを観察していた。


「実は、この結晶は魔力に反応するの。つまり、あなたには魔法の素質があるってことよ」

「本当ですか?」


 優斗くんの目が今までにないほどに輝いた。彼の表情には純粋な喜びが溢れていた。わたしも驚いた表情を浮かべていた。


「確かに……優斗くんなら可能性はあるかも」


――初めて会った日から何となく感じていたけれど、こうして目に見える形で証明されるとは。


「才能の芽を見つけるのは私の仕事でもあるの。良かったら、週末に開かれる特別講座に参加してみない?魔法の基礎を学べるわよ」


 緑川先生が勧誘すると、「行きます!」と優斗くんが即答した。彼の目は星のように輝いていた。

 一方、茜ちゃんも結晶に触れてみたところ、一応反応はするものの、その反応は弱かった。


「私はあんまり才能がないみたいね」


 彼女は少しだけ残念そうに呟いた。そんな彼女に緑川先生が優しく語りかける。


「そんなことないわ。魔力の表れ方は人それぞれよ。ここに来るまであちこちを観察しながらぶつぶつ言ってたでしょう?あなたは観察したり分析したりすることが好きそうだから、魔法理論を学ぶ才能が開花するかもしれないわね」


 それを聞いて茜ちゃんの表情が明るくなった。彼女の目に再び知的好奇心の光が戻ってきた。


「魔法理論……魔法と科学との融合研究みたいなことでしょうか?」

「その通り。あなたも良かったら特別講座に来てみて」


 緑川先生に誘われて、茜ちゃんはうれしそうに、そしてちょっと恥ずかしそうに笑った。

 荷物の受け渡しが終わり、契約書にサインを交わした後、わたし達は学校を後にした。明るい春の日差しの中、四人でバンに戻る道すがら、私は嬉しさと驚きで胸がいっぱいだった。そんな心の内から飛び出したような明るい声でわたしは二人に話しかけた。


「二人とも才能があるんだね。魔法界ではよく言われることなんだけど、やっぱり魔法に惹かれる人には何かしらの素質があるものなんだよね~」


 そうは言ってもこうして目の前で証明されると感慨深い。


「でも気をつけろよ。才能があるからこそ、そして魔力を持っているからこそ、慎重に学ぶ必要がある」


 拓人さんがいつになく真剣な表情で優斗くんに言った。彼の言葉には妹を失った経験から来る真摯な忠告が込められていた。


「分かってます。拓人さんの経験を無駄にしないように、しっかり勉強します」


 優斗くんの顔つきが真剣なものに変わり、拓人さんに頷いて答えた。

 バンに戻る途中、今度は茜ちゃんがわたしに質問してきた。


「千秋さんはどうやって魔法使いになったんですか?」

「私は魔法使いの家系に生まれたんだ。子供の頃からいろんな魔法に囲まれて育ったよ」


 答えているうちに懐かしさが込み上げてきたわたしは思わず笑顔になった。次々と子供の頃の記憶が蘇る。母が庭で魔法の花を咲かせる姿、父が夜空に星座を描いてくれた思い出。


「でも、普通に人間界で暮らしてるんですね?」


 茜ちゃんが真剣な顔で言った。それにわたしは頷き、笑みを浮かべて答える。


「うん。魔法界と人間界、両方で生きていける力が必要だって両親に教えられたから。それに、私は魔法の力は人々を助けるために使うべきだと思ってるの。魔法界にいる少数の人間だけじゃなくて、もっとたくさんの人間のためにね」


 わたしの父は「魔法は特別な力ではなく、特別な責任だ」とよく言っていた。その言葉は今もわたしの心に深く刻まれている。


「だから宅配の仕事を?」


 優斗くんも会話に入ってきたので、わたしは彼にも微笑んで答えた。


「そう。宅配って言うと一見地味な仕事に聞こえるかもしれないけど、私は両方の世界を繋ぐ大切な役割だと思ってる」


 魔法界と人間界の懸け橋になり、両方の世界をより良くしたい。それがわたしの夢なのだ。


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