事務所に戻ると、店長が私たちを出迎えた。黒猫の形をして棚の上に鎮座し、古い知恵と優しさを感じさせる目を細めて私たちを見る。
「さて。首尾はどうじゃった?」
「もちろん、うまくいったよ。それに、優斗くん達に魔力の素質があることも分かったんだよ」
「ほう……」
わたしが報告すると、店長は興味深そうに優斗くんと茜ちゃんを見た。
「それは意外で面白い展開じゃな」
わたしは店長と小声でいくつか会話を交わし、頷いた後、優斗くんと茜ちゃんに向き直った。魔法界のルールでは、彼らが正式にマジカルエクスプレス便で働くためには、もう1つ、ある手続きが必要なのだ。店長とも合意し、それを彼らに告げる。
「優斗くん、茜ちゃん。実は最後にもう一つ大事なことがあるの。実は魔法界のルールの1つで、アルバイトでも正社員でも、魔法界と関わる職種に就くなら、正式な魔法での誓約をしなくちゃいけないの」
「誓約?」
優斗くんが首を傾げた。彼の表情には好奇心と少しの不安が見えた。
「簡単に言えば、魔法界の秘密やルールを守るっていう内容の約束だよ。そんな難しい事じゃないんだけど、魔法を使った契約で正式に宣誓したっていう事実が重要なの。だから、破っちゃうと……まあ、良くないことが起きちゃう」
実際のところ、よほど悪意のある破り方でもしてしまうと記憶を失うこともあるのだが、いたずらに彼らを怖がらせたくはなかった。だが、茜ちゃんの警戒心には引っかかってしまったようだ。彼女の鋭い目は真実を見抜こうとしていた。
「例えばどんなことですか?」
「極端な話、記憶を失うこともある。でもそれほど心配する必要は無いよ。よっぽど悪意を持って漏らさない限り、意図せず漏らしてしまった程度では発動しないから」
わたしは観念して正直に答えた。今はわたしの気持ちは置いておいて、ここで隠し事をしても仕方ない。
「分かりました。誓約します」
「私も」
優斗くんが決意を込めて宣言し、茜ちゃんも考えた末、頷いた。
私は小さな羊皮紙のような紙を取り出した。これは魔法評議会から支給される特殊な契約紙だ。先ほど二人に説明した宣誓内容がずらずらと書かれた後に宣誓者の署名欄がある。
「手続きは簡単。この紙に名前を書くだけだよ」
二人が順番に名前を書くと、紙が淡く光り、消えていった。魔法の契約が成立した瞬間だ。これで二人は正式に魔法の秘密を共有する資格を得た。
「これでようやく正式にマジカルエクスプレス便の一員だよ。これからよろしくね」
わたしは大きく破顔して二人に向き直った。二人と一緒に働けることが本当に嬉しかった。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
「面白そうな仕事になりそうですね」
優斗くんが元気よく答え、茜ちゃんも微笑みながら頷いた。
拓人さんはソファに座り、店長と同じように静かに三人を見ていた。彼の表情には複雑な感情が混ざっていたが、かすかな希望の光も見えた。彼にとって、この新しい仲間たちは美咲さんを取り戻す希望にもなるのだろう。
「これからは四人でがんばろう!魔法界と人間界の懸け橋として」
「ああ、二人とも、改めてよろしく頼むよ」
拓人さんが静かに頷き、店長も穏やかな目でわたし達を見下ろす。店長のしっぽがゆらりと揺れた。
夕日が沈み始める頃、優斗くんと茜ちゃんは家路についた。私は窓辺で見送りながら、二人の姿が街角で消えるまで手を振り続けた。春の夕暮れの空は、オレンジや赤、紫が混ざり合う美しいグラデーションで彩られていた。ちょうど魔法界と人間界が交わるような、そんな境界線のような夕空。
「仕方なかったとはいえ勢いで誘っちゃったけど、あの子たち、大丈夫かなぁ」
ふと不安が顔を覗かせたのか、自分で引き込んだ二人とはいえ、わたしはつい心配になってしまう。やはり魔法の世界には危険もあるからだ。だが、拓人さんは意外にも自信を持って答えた。
「珍しく弱気だな。でも、あの二人なら大丈夫だと思うぞ」
「拓人さんがそう言うなんて珍しいよね。何か感じるところがあった?」
わたしは驚きを胸のうちに隠して、何でもないことのように返事を返した。彼はいつも慎重で、新しい人を受け入れるのに時間がかかる人だった。そんな拓人さんが小さく笑って言った。
「なぜか、あの二人を見ていると、希望が湧いてくるんだ。なんでだろうな?俺は千秋みたいに勘を信じるタイプじゃないんだけどな」
拓人さんが皮肉な笑いを浮かべる。
「私もそう思うよ。だからきっと私からいい影響を受けてるんだよ。マジカルエクスプレス便の新しい歴史の始まりだね」
「だとしても、俺は絶対に千秋みたいなポンコツにはならんからな!」
「ひどーい!ポンコツは無いでしょ!?」
店長が窓辺に飛び乗り、三人で夕焼けに染まる空を見上げた。魔法と現実が交わる新たな物語が、ここから始まろうとしていた。私の心は期待と希望で満ちていた。美咲さんを救い出すこと、魔法界と人間界の懸け橋になること、そして新しい仲間と共に成長すること。これからの冒険が、どんな形で私たちを導いていくのか楽しみだった。
明日からもまた、マジカルエクスプレス便の扉を開け、新たな依頼を受けて、魔法の世界と人間の世界をつないでいく。それが魔法使いであるわたし、日比野千秋の使命なのだから。
(第1章 完)