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第8話「欲望の果てに」

 氷に閉ざされた洞窟ダンジョンはしんと静まり返っては——いなかった。

 遠くで響く朔夜の笑い声、それが氷に反射し、波のように広がっていく。


「まさか青木が」


 そう呟く光流の隣で、スノウホワイトが唇を噛む。


「わたしは、あいつが嫌いだ」


 スノウホワイトの口から洩れる嫌悪の言葉。

 光流としては朔夜はそれなりに仲のいいクラスメイトなのでどうして、という気持ちが強く動いてしまう。


彩響者コンダクター、トラップを」


 スノウホワイトが彩響者コンダクター呼びしたことで、光流は現実に引き戻された。

 そうだ、これはただの友人同士の喧嘩ではない。光彩戦争クロマティック・イクリプスという殺し合い。光流は朔夜を殺すつもりはなくても朔夜は殺す気で来るだろう。


 そもそもスノウホワイトがこの空間を展開する直前に朔夜は言っていた。

 「もう三人狩ってる」と。

 つまり、朔夜は光彩戦争クロマティック・イクリプスのルールを理解したうえで既に三人殺している。いや、殺したと断言したくないが契約解除の方法に気付いていないのなら殺したと考えるのが妥当。


「青木を止めないと」


 いくらそうせざるを得なかったとしてもこれ以上朔夜に殺人を続けさせてはいけない。

 そう呟く光流に、スノウホワイトは確認する。


「キミはあくまでも不殺を貫くのだな?」

「もちろん」


 光流が即答する。

「しかし、それに失敗すればキミは死ぬか誓いを破ることになる。中途半端な覚悟ではこの戦い、勝てないぞ」

「分かってる」


 短い言葉だが、光流はきっぱりと言い切り、トラップ配置のためのウィンドウを展開した。


「スノウホワイト、確認しておくけど光彩ルクスコードが付いている限り彩響者コンダクターは傷を負ってもすぐに回復する、というのは間違っていないよな」


 トラップを配置しながら光流がルールの確認を行う。

 実際、昨夜の戦いでも光流は自分が起動したトラップで傷を負ったが戦いが終わり、フードコートに行く頃には全て治癒していた。ウォーターグリーンと共にいた男もトラップで深手は負ったようだが最終的な殴り合いの際にその傷は消えていた気がする。


 ああ、とスノウホワイトが頷いた。


「彩界内では一撃で致命傷を負わない限りルクスコードわたしたちが傷を癒す。だから不殺を貫くなら急所を狙わなければいい」

「了解。それなら——」


 光流の指がウィンドウを滑り、闇色の点の進行方向にトラップを設置する。

 トラップゲームこの手のゲームの中にはトラップで侵入者を弱体化させてプレイヤーキャラクターがとどめを刺すものもある。彩界——光彩ルクスコードが展開した戦闘エリア内では敵味方問わず彩響者コンダクターの治癒能力は格段に向上する。そうなれば光流の選択はただ一つだった。


——致命傷にならない程度に弱らせる!


 迷えば朔夜に殺される。それなら全力で守るまで。

 しかも吸収した光彩ルクスコードに応じて彩響者コンダクターの能力が上がるなら光流は現在圧倒的不利な状態にある。スノウホワイトが先に彩界を展開したのは正しい判断だった。


 奥から氷が軋む音が響き、トラップに引っかかった朔夜の呻き声が洞窟内を反響する。


「スピア発動、効果あり。戦力一〇パーセント減少」

「そのアナウンス、ゲームっぽいからもうちょっと何とかならないの」


 防衛側のユーザーインターフェースUIやスノウホワイトのアナウンスはこの戦いが命のやり取りではなく単なるゲームであると錯覚させる。いや、ゲームと錯覚させることで殺人への忌避感を麻痺させているのかもしれない。


 だが、これがゲームでないとはっきり認識すれば敵も生きている人間であり、限界を超えれば死ぬということは忘れない。

 トラップの設置で威力の調整はできない。できるとすれば配置するトラップの組み合わせで与えるダメージ量を調整するくらいだ。


「スノウホワイト、行こう」


 スノウホワイトのアナウンスで大まかに見当を付けた光流はウィンドウを閉じ、宣言した。


「向こうにはまだ余力がある。もう少しダメージを与えた方が——」

「俺は青木を殺したいんじゃない」


 走り出す光流。スノウホワイトもそれに続く。

 軋む氷柱と時折降りかかる氷片を躱して洞窟を駆け抜け、光流は叫んだ。


「青木!」


 全身傷だらけの朔夜が声に反応して忌々し気に光流を睨みつけた。その手に握られた闇色の剣に、本気を感じる。


「お前はクラスメイトでも傷つけるのかよ!」

「それはこっちのセリフだ! 青木だって俺を殺すつもりだろうが!」


 朔夜の言葉に光流が反論する。


「俺は青木を殺すつもりはない! でも、その契約、砕かせてもらう!」

「はん! 殺さない限りそれはできねーよ!」


 ——朔夜は契約解除の抜け道を知らない。たった一言だが、それで察する。

 それなら契約解除の方法を知っている光流の方が有利だ。少なくとも、相手を殺すことに躊躇があるのなら。

 しかし、朔夜は闇色の剣を手に光流に襲い掛かった。


「今更降りられるか! 俺は俺の願いを叶える! そのためなら天宮、お前でも殺す!」

「スノウホワイト!」


 光流が叫び、スノウホワイトが変身した氷の刃で朔夜の剣を受け止める。


「く——!」


——重い!


 既に三人の光彩ルクスコードを吸収した朔夜の剣はダメージを受けているにもかかわらず重かった。

 朔夜の一撃は倒した三人とミッドナイトブルー、合計四人の重みで光流の剣を打ち砕かんとする。

 光流もウォーターグリーンを吸収した分攻撃力は上がっていたが、それでも戦力差を埋めるには至らない。トラップによる戦力の減少を差し引いてもスノウホワイトの言う通り、朔夜には確かに余力があった。


「なんだよ、お前だって光彩ルクスコードを道具にしてるじゃねーか!」


 氷の剣スノウホワイトごと光流を斬り捨てる勢いで剣を打ち付けながら朔夜が嗤う。


「何を——」

光彩ルクスコードと飯を食って恋人ごっこして、教室でも『従姉妹』とか見え見えの嘘ついてさ! それなのに戦いになればこうやって人間扱いしない! 結局光彩ルクスコードは自分の欲を満たすための道具ってか!」

「違う! スノウホワイトは道具なんかじゃない!」


 全力で朔夜の剣を振り払い、光流が叫ぶ。


「強がらなくてもいいぜ? 光彩ルクスコード彩響者コンダクターの欲を満たすために存在する! 実際に昨日試したんじゃないのか?」


 朔夜のその言葉に、光流の背筋が総毛立つ。

 光彩ルクスコード彩響者コンダクターの欲を満たすために存在する、昨日試した——その言葉の意味を察してしまい、心臓が大きく跳ね上がる。


「何をバカなこと——」

「ミッドナイトブルーはなかなかよかったぞ? 自分の願いを叶えられて、欲も満たせる。最高じゃないか、光彩戦争クロマティック・イクリプスって!」

「ふざけるな!」


 もう一度光流が叫んだ。

 これ以上、朔夜のふざけた話を聞きたくない。光彩ルクスコードをただの欲望処理の道具としてしか見ていない朔夜が許せない。


 ほんの一瞬、こんなどうしようもない人間なら殺してしまってもいいのではないか、という考えが脳裏をよぎる。

 契約の際に送り込まれた情報では生きていないものは彩界の消失時に消滅するが、生きていれば外に弾き出される。それなら昨日戦った男はひとまず帰ることができたはずだ。

 もし朔夜をここで殺せば死体は見つからない。朔夜は行方不明者として処理される。光流が殺したという事実は消滅する。


——でも!


 だが、光流はその考えを振り払った。

 氷の剣を握り直し、真っすぐ朔夜に向ける。


「俺は青木を止める! これ以上誰も殺させない! これ以上ふざけたこともさせない!」

「はっ、俺を殺すってか? できるものならやってみろよ! この甘ちゃんが!」


 朔夜も剣を構え、光流を挑発する。


(スノウホワイト、)


 挑発に乗らないよう自分を抑えつつ、光流が声に出さずスノウホワイトを呼ぶ。


『なんだ、彩響者コンダクター

(俺が合図したらもう一本剣を作って)

『? 二刀流か?』


 二刀流は熟練した剣士でないと扱いが難しいはず、とスノウホワイトが反論するが、光流はいいから、と言葉を続ける。


(勝算はある。っても、ミスれば俺が死ぬけど。だけど——スノウホワイト、俺を信じて)


 きっぱりと、光流は宣言した。

 立てた作戦はある。そのリスクも把握している。成功率は高いとも言えない。

 それでも、この作戦が成功すれば朔夜の契約の鎖を断ち切れる可能性は高い。


——できるできないじゃない、やるだけだ!


「俺は誰も殺さない! でも、この戦争を勝ち抜く!」


 だから来い、と光流が朔夜を睨みつける。


「言ったな! 望み通りお前の光彩ルクスコードも俺が貰ってやる!」


 そう叫び、朔夜が地面を蹴り、光流に飛び掛かった。

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