氷に閉ざされた
遠くで響く朔夜の笑い声、それが氷に反射し、波のように広がっていく。
「まさか青木が」
そう呟く光流の隣で、スノウホワイトが唇を噛む。
「わたしは、あいつが嫌いだ」
スノウホワイトの口から洩れる嫌悪の言葉。
光流としては朔夜はそれなりに仲のいいクラスメイトなのでどうして、という気持ちが強く動いてしまう。
「
スノウホワイトが
そうだ、これはただの友人同士の喧嘩ではない。
そもそもスノウホワイトがこの空間を展開する直前に朔夜は言っていた。
「もう三人狩ってる」と。
つまり、朔夜は
「青木を止めないと」
いくらそうせざるを得なかったとしてもこれ以上朔夜に殺人を続けさせてはいけない。
そう呟く光流に、スノウホワイトは確認する。
「キミはあくまでも不殺を貫くのだな?」
「もちろん」
光流が即答する。
「しかし、それに失敗すればキミは死ぬか誓いを破ることになる。中途半端な覚悟ではこの戦い、勝てないぞ」
「分かってる」
短い言葉だが、光流はきっぱりと言い切り、トラップ配置のためのウィンドウを展開した。
「スノウホワイト、確認しておくけど
トラップを配置しながら光流がルールの確認を行う。
実際、昨夜の戦いでも光流は自分が起動したトラップで傷を負ったが戦いが終わり、フードコートに行く頃には全て治癒していた。ウォーターグリーンと共にいた男もトラップで深手は負ったようだが最終的な殴り合いの際にその傷は消えていた気がする。
ああ、とスノウホワイトが頷いた。
「彩界内では一撃で致命傷を負わない限り
「了解。それなら——」
光流の指がウィンドウを滑り、闇色の点の進行方向にトラップを設置する。
——致命傷にならない程度に弱らせる!
迷えば朔夜に殺される。それなら全力で守るまで。
しかも吸収した
奥から氷が軋む音が響き、トラップに引っかかった朔夜の呻き声が洞窟内を反響する。
「スピア発動、効果あり。戦力一〇パーセント減少」
「そのアナウンス、ゲームっぽいからもうちょっと何とかならないの」
防衛側の
だが、これがゲームでないとはっきり認識すれば敵も生きている人間であり、限界を超えれば死ぬということは忘れない。
トラップの設置で威力の調整はできない。できるとすれば配置するトラップの組み合わせで与えるダメージ量を調整するくらいだ。
「スノウホワイト、行こう」
スノウホワイトのアナウンスで大まかに見当を付けた光流はウィンドウを閉じ、宣言した。
「向こうにはまだ余力がある。もう少しダメージを与えた方が——」
「俺は青木を殺したいんじゃない」
走り出す光流。スノウホワイトもそれに続く。
軋む氷柱と時折降りかかる氷片を躱して洞窟を駆け抜け、光流は叫んだ。
「青木!」
全身傷だらけの朔夜が声に反応して忌々し気に光流を睨みつけた。その手に握られた闇色の剣に、本気を感じる。
「お前はクラスメイトでも傷つけるのかよ!」
「それはこっちのセリフだ! 青木だって俺を殺すつもりだろうが!」
朔夜の言葉に光流が反論する。
「俺は青木を殺すつもりはない! でも、その契約、砕かせてもらう!」
「はん! 殺さない限りそれはできねーよ!」
——朔夜は契約解除の抜け道を知らない。たった一言だが、それで察する。
それなら契約解除の方法を知っている光流の方が有利だ。少なくとも、相手を殺すことに躊躇があるのなら。
しかし、朔夜は闇色の剣を手に光流に襲い掛かった。
「今更降りられるか! 俺は俺の願いを叶える! そのためなら天宮、お前でも殺す!」
「スノウホワイト!」
光流が叫び、スノウホワイトが変身した氷の刃で朔夜の剣を受け止める。
「く——!」
——重い!
既に三人の
朔夜の一撃は倒した三人とミッドナイトブルー、合計四人の重みで光流の剣を打ち砕かんとする。
光流もウォーターグリーンを吸収した分攻撃力は上がっていたが、それでも戦力差を埋めるには至らない。トラップによる戦力の減少を差し引いてもスノウホワイトの言う通り、朔夜には確かに余力があった。
「なんだよ、お前だって
「何を——」
「
「違う! スノウホワイトは道具なんかじゃない!」
全力で朔夜の剣を振り払い、光流が叫ぶ。
「強がらなくてもいいぜ?
朔夜のその言葉に、光流の背筋が総毛立つ。
「何をバカなこと——」
「ミッドナイトブルーはなかなかよかったぞ? 自分の願いを叶えられて、欲も満たせる。最高じゃないか、
「ふざけるな!」
もう一度光流が叫んだ。
これ以上、朔夜のふざけた話を聞きたくない。
ほんの一瞬、こんなどうしようもない人間なら殺してしまってもいいのではないか、という考えが脳裏をよぎる。
契約の際に送り込まれた情報では生きていないものは彩界の消失時に消滅するが、生きていれば外に弾き出される。それなら昨日戦った男はひとまず帰ることができたはずだ。
もし朔夜をここで殺せば死体は見つからない。朔夜は行方不明者として処理される。光流が殺したという事実は消滅する。
——でも!
だが、光流はその考えを振り払った。
氷の剣を握り直し、真っすぐ朔夜に向ける。
「俺は青木を止める! これ以上誰も殺させない! これ以上ふざけたこともさせない!」
「はっ、俺を殺すってか? できるものならやってみろよ! この甘ちゃんが!」
朔夜も剣を構え、光流を挑発する。
(スノウホワイト、)
挑発に乗らないよう自分を抑えつつ、光流が声に出さずスノウホワイトを呼ぶ。
『なんだ、
(俺が合図したらもう一本剣を作って)
『? 二刀流か?』
二刀流は熟練した剣士でないと扱いが難しいはず、とスノウホワイトが反論するが、光流はいいから、と言葉を続ける。
(勝算はある。っても、ミスれば俺が死ぬけど。だけど——スノウホワイト、俺を信じて)
きっぱりと、光流は宣言した。
立てた作戦はある。そのリスクも把握している。成功率は高いとも言えない。
それでも、この作戦が成功すれば朔夜の契約の鎖を断ち切れる可能性は高い。
——できるできないじゃない、やるだけだ!
「俺は誰も殺さない! でも、この戦争を勝ち抜く!」
だから来い、と光流が朔夜を睨みつける。
「言ったな! 望み通りお前の
そう叫び、朔夜が地面を蹴り、光流に飛び掛かった。