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第9話「交差する思い」

——来た!


 光流にとっては想定通りの動きで朔夜が襲い掛かってくる。

 そもそも光流も朔夜も剣道など経験がない。光彩ルクスコードのアシストがあったとしても基本的に力任せに刃を叩き込むことしかできない。

 そうなると動きは単調なものとなり、回避は容易。


 素人が戦う、それも武器を持ってとなると身体が竦んでしまうものだと思っていたが今の光流も朔夜もそんなことなく普通に動いていた。


 命の危機を感じての馬鹿力的なものなのか、それとも光彩戦争クロマティック・イクリプス光彩ルクスコードと契約したが故の意識改変なのかは分からない。

 それでも動けるなら生存率は格段に高まる。


 光流の氷の剣と朔夜の闇色の剣がぶつかり合い、極彩色の火花を散らす。

 力任せに振り下ろされた剣は力の流れをうまくコントロールできれば勢いを殺すことができる。

 朔夜の剣を横に弾き、光流はそのまま懐に飛び込んだ。


「させるか!」


 朔夜が弾かれた剣の勢いを使用して蹴りを叩き込んでくる。

 防御も何もせず、光流はそれを受け止める。


「くぅ——!」


 脇腹に食い込む脚の重さに思わず声が漏れるが、それでもこの蹴りは出そうとして出したものではなく攻撃をいなされたために出したもの、全力を込めて叩き込まれたものではない。吸収した光彩ルクスコードの戦力が上乗せされていたとしても耐えられないほどではない。


「——この、分からず屋が!」


 剣は使わない。光流はそのままタックルして朔夜をその場に転倒させる。


「くそ——!」


 倒れた勢いで朔夜の手から闇色の剣が離れる。


「スノウホワイト!」


 光流が叫んだ。


『任せろ!』


 スノウホワイトの声が脳内で響き、光流の右手にあった剣が光の粒子となって砕け散る。


「馬鹿が! コマンドもなしに!」


 タックルを受けた時点で朔夜は自分の敗北を悟った。悟った上で逆転の一手を講じようとミッドナイトブルーに指示を出そうとしていた。たとえ手から離れたとしても適切な指示を出せば光彩ルクスコードは変幻自在にその姿を変える。

 だが、それよりも早く光流はスノウホワイトに呼びかけていた。


 光流の判断力の高さに朔夜は悔しさを覚えつつも、それでも馬鹿が、と毒づく。

 光彩ルクスコード彩響者コンダクターの指示によって動くようプログラムされている。適切に指示を出さなければそのコマンドは無効となる。

 光流はスノウホワイトの名前しか呼んでいない。それだけでは光彩ルクスコードは動かない。


 だが、次の瞬間、砕けた光は再収束し、もう一度剣の形となって落下した——がら空きとなった朔夜の右手に。


「な——!?」


 馬鹿な、と朔夜の唇が動く。

 指示なしで光彩ルクスコードは動かないはずだ。それなのに、なぜスノウホワイトは己を瞬間移動させた。

 その一方で、光流も同じように驚いていた。

 光流が事前に出した指示は「合図をしたら剣をもう一本作れ」だった。


 それなのに、スノウホワイトは己を分裂させずに瞬間移動し、光流の手に収まることなく朔夜の右手を狙った。

 完全に光流の指示を無視した行動、だが、それでも光流にとって最善の手をスノウホワイトは打っていた。

 落下した氷の剣が朔夜の右手首にあった闇色の枷を打ち砕く。


 空気を震わせる声なき断末魔。

 周囲の氷柱が軋み、最後の抵抗とばかりに氷片を降らせる。

 とはいえここはスノウホワイトが作り出した彩界、光流たちにダメージらしいダメージを与えることなく氷片は消えていく。


「そん、な——」


 視界の先で渦を巻く四色の光の粒子に朔夜が絶望の声を上げた。


「嘘だ、そんな、俺の方が強かったはず——」


 自分は光流の倍の光彩ルクスコードを従えていたはずだ。それなのに、なぜ負けた。

 光流に吸い込まれていく光に朔夜は全力で自分を押さえていた光流を押しのけ、掴みかかろうとした。


「返せよ! 俺は願いを叶えなきゃいけないんだ!」

「人を殺してまで叶えなきゃいけない願いって何なんだよ!」


 負けじと光流も声を上げる。

 その瞬間、朔夜ははっとしたように光流を見た。


「それ、は——」


 朔夜が思い返す。人を殺してまで叶えなければいけない願いだったのか、と。


「あ——」


 光流の上着を掴む朔夜の手から力が抜ける。


「俺、は——」

「俺はさ、青木の願いが何かなんて分からない。だけどさ、本当に人を殺して願いを叶えて、青木はそれで幸せなのかよ」


 漠然と思っていた疑問を光流が口にする。

 「人を殺してまで叶えるほどの価値のある願い」が理解できない。

 もちろん、それは光流個人の価値観なので人によっては「そこまでして叶えたい」と強く願うこともあるのは理解できる。それでも、朔夜が人を殺してでも願いを叶えるのは見たくなかった。


「……俺は、振り向いてもらいたかったんだ」


 ぽつり、と朔夜が呟いた。


「誰とは言わんが、俺だって好きな女子くらいいる。でも、その子は俺を見てくれなくて、だったら——」

「青木……」


 「そんな願いで」とは言わない。朔夜にとっては殺してでも奪い取りたいくらいに恋い焦がれた相手なら光彩戦争クロマティック・イクリプスに加担することも厭わないのかもしれない。


 それでも、この願いは叶えてはいけない。少なくとも、こんな方法では。


「青木、馬鹿だよ」


 元の姿に戻り隣に立ったスノウホワイトに視線を投げ、光流が呟く。


「そんなことして、それを知って、その子は喜ぶと思ってるの?」

「それは……」

「アオキと言ったな」


 不意に、スノウホワイトが朔夜に声をかけた。


「なんだよ」

「キミには大切な人がいるのか」


 淡々としたスノウホワイトの声に、朔夜が気圧されつつも頷く。


「どうしても手に入れたかったんだ……」

「その気持ちは分かる——といっても光彩ルクスコードは寄り添うようにプログラムされているからそれによる反応だろうが。だが、彩響者コンダクターが願いを持つように、光彩ルクスコードも願いを持つ」

「それは——」


 スノウホワイトの言葉が理解できない、と朔夜が怪訝そうな顔をする。


「わたしは失敗したくない。わたしも望んだものを手に入れたい。だから、彩響者コンダクターに加担する。その点では他の彩響者コンダクターを殺してでも大切な人を手に入れたいと願うキミと同じだ。だが、それでも——」


 そこで言葉を区切り、スノウホワイトが光流を見る。


「今のキミの願いを、この方法で叶えてはいけないとが望んだからわたしはキミと敵対することを決めた。それだけだ」

「は……はは……」


 凛としたスノウホワイトの声に、朔夜は乾いた笑い声を上げた。


「そんなこと言われたら勝てねーよ……」

「青木、」


 光流も朔夜に声をかける。


「流石にそれはダメ元で当たるしかない。光彩戦争この戦争に託していい願いじゃない」

「そう——だな」


 朔夜がそう言ったところで彩界が解除され、見慣れた屋上の風景が戻ってくる。


「どうする、青木。っても自首したところで負けた彩響者コンダクターの死体が見つかるわけでもないし、青木が殺したとか顔を合わせたという証拠もない。疑わしきは罰せずを考えると——」

「それな」


 立ち上がり、制服の土ぼこりを払って朔夜は光流に背を向けた。


「本当は自首するべきだと思う。でも、多分言ったところで信じてもらえない。だから——ある程度話が大きくなって、光彩戦争クロマティック・イクリプスのことも公になったらその時に自首するよ」

「正直なところ、ある意味正当防衛の気もするが」


 気休めにしかならないがそう言い、光流は屋上を去る朔夜を見送る。


「……よかったのか?」


 スノウホワイトが尋ねる。


「まあ、これが最善じゃないかな。俺は青木がこれ以上罪を犯すのを止められたし、俺も青木を殺さず契約を解除した。今はそれを喜ぶよ」


 そう言い、光流がスノウホワイトに視線を投げた。


「……あの時、俺はもう一本剣を作って指示してたけど、スノウホワイトは違う動きをしたよな」

「不都合だったか?」


 スノウホワイトとしては最善手を打ったつもりだ。光流の指示は漠然としていたが、タイミングを合わせてもう一本剣を作り、それで枷を砕くことは予想ができた。

 それが、実際に動いてみてこうした方が成功率は高いとスノウホワイトが判断し、あのような動きをした。


 それが光流にとって不都合だったのか、と思いスノウホワイトがほんの少し不安そうな視線を向けると光流はいいやと首を振って笑顔を見せた。


「まさかあそこまで俺の意図を汲んでくれるとは思ってなかったよ。光彩ルクスコードの動作命令はとか知識には埋め込まれてたけど光彩ルクスコードもちゃんと自分で判断するんだなって」

「まあ、それは」


 スノウホワイトが頷くと、光流は「ありがとう」と呟いてもう一度笑った。


「スノウホワイトのおかげで今回も勝てたよ。青木が持っていた四人分の光彩ルクスコードもこっちに来たし、戦力としてはかなり上がったな」

「ああ、しかし他の彩響者コンダクターもそれは同じだ。もしかするともっと多くの光彩ルクスコードを吸収しているかもしれない」

「それでも、俺は契約を断ち切るだけだ」


 これ以上、人を死なせるわけにはいかない。


 そう、光流が心の中で呟いた時、昼休みの終了を告げるベルが校内に響き渡った。

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