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第10話「灼熱の檻」

 午後の授業は驚くほど平和に終わった。

 朔夜は何事もなかったかのように授業を受けていたし、光流も先ほどの戦いのことを誰にも公言する気はない。お互いに黙っていると決めたのだから、ただ静かに時間が過ぎていくだけである。


 しかし、午後の授業が終わっていざ帰り支度を始めた光流に、朔夜は声をかけてきた。


「おい天宮」


 なんとなく気まずく思っていた光流は朔夜の言葉にほんの少しだけ身を強張らせる。

 もう朔夜には彩響者コンダクターとしての力はない。あるとすれば「光流の秘密を知っている」という情報の暴力だけだ。


「なんだ?」


 務めて冷静に、光流が尋ねる。


光彩戦争クロマティック・イクリプスに生き残ってる彩響者コンダクターとして忠告しておく。彩界は防衛のための空間と思ってるかもしれないが、攻撃のためのものでもあるぞ」

「なるほど」


 朔夜の言葉に、光流は納得して頷く。

 朔夜は昨日既に三人と戦っている。三人ともまだ誰とも戦っていなかったために有利に立ち向かえたのだろうが、その分光流よりは経験がある。


 スノウホワイトが展開した彩界。スノウホワイト本人は「防御のため」と言っていたが、展開されれば彩響者コンダクター同士の一騎打ちとなる。

 敵対する彩響者コンダクターから身を守るために展開することもあればこちらが先に展開して彩響者コンダクターを誘い込み、先手を打つことも可能、ということか。


「俺も他の光彩ルクスコードの彩界に引きずり込まれるかもしれないってことか、分かった」


 ありがとう、と光流が立ち上がって鞄を背負う。


「ああそうそう、お前、SNS見たか?」

「?」


 話はこれで終わると思っていただけに、朔夜から話を続けられて光流が首をかしげる。


「あの流星群、SNSで見る限り大垣市内だけのものかもな。他の地域ではそんなつぶやきがないし、光彩戦争クロマティック・イクリプスが遭遇した彩響者コンダクター同士の戦いとなると生き残りが減った場合に遭遇しにくくなる、そう考えると大垣市内、とか大垣駅周辺だけ、とか狭い範囲で起こっていると考えるのが妥当かもしれん」


 朔夜は朔夜で光彩戦争クロマティック・イクリプスについて色々考えていたのだろう、その情報提供に光流がありがとう、と頭を下げる。


「いいよ、どうせ俺にはもう必要のない情報だ。ミッドナイトブルーの分も、勝ち残ってくれよ」

「青木……」

「あ、勘違いすんなよ? 俺を打ち負かした奴が俺以外の奴に負けるのを見たくないだけ!」


 そう言い、朔夜は鞄を掴んでさっさと教室を出てしまう。

 その出入り口でいったん止まり、朔夜は光流に向かってサムズアップして見せた。


「期待してるぞ!」

『騒々しい奴だったな』


 そう、光流の中でスノウホワイトが呟いた。



◆◇◆  ◆◇◆



 樽見鉄道に乗って大垣駅に戻り、いつも通り大垣駅北口のロータリーに出た時、光流はふと違和感を覚えた。

 周囲を歩く人間に不審なところはない。学校帰りの学生が並んで歩いていたり、大垣駅の横にある二十四時間営業のスーパーに向かう近隣の住人など、一見して異常なものはないはず——なのに。


『——見られている』


 スノウホワイトの声が響く。


「見られているって——」

『近くに彩響者コンダクターがいる』


 緊張したスノウホワイトの声に、光流は教室での朔夜の言葉を思い出した。

 彩界は防御のための空間ではない——。


「スノウホワイト!」


 咄嗟に、光流が声を上げた。

 だが、スノウホワイトは光流のその呼びかけを否定する。


『だめだ、先に展開された!』


 その言葉と同時に、周囲の風景が塗り替えられていく。

 赤みがかかった明るい黄色——これはオレンジか。

 展開された洞窟はオレンジ色に光り輝いていた。どろどろと溶け、蠢く様はまるでマグマ。

 本物のマグマが流れているわけではなく、焼死するようなことはないが、焼けつくような熱が漂っているような錯覚を覚え、光流の額を汗が流れた。


 スノウホワイトが光流の隣に出現し、光流と同じように周囲を見回す。


「今回はオレンジか……」


 そう呟くスノウホワイトに、光流は小さく頷いて見せる。


「今度は狩られる側か……。スノウホワイト、行こう」


 留まっていても何も始まらない。むしろ千日手になるのを防ぐために何らかのペナルティが課せられることも考えられる。

 光流の言葉にスノウホワイトは決意に満ちた目で頷き、洞窟の奥を指した。


「オレンジはあの奥にいる。彩界の基本構造は変わらない、ほぼ一本道だからトラップにさえ注意すればいい」

「了解。トラップは起動させずに破壊できる?」


 攻撃側の彩界のルールを再確認、スノウホワイトが頷いたことで光流は分かった、と頷いた。


「スノウホワイト、武器化——弓に」

「了解した」


 スノウホワイトの姿が一張りの弓と矢筒に変化する。


『どうして弓に。扱えるのか?』


 心配そうにスノウホワイトが尋ねる。

 剣はまだ振り回すだけでもある程度はなんとかなる。しかし弓はただ引けばいいものでもなく、扱いが難しいはずだ。弓道やアーチェリーの心得がなければ矢を飛ばすことすら無理だと思いたくもなるが、光彩ルクスコードと契約すれば光彩戦争クロマティック・イクリプスのルールと共に基本的な武器の扱い方くらいは彩響者コンダクターにも与えられる。実際に射ったことがなくとも、とりあえず矢を飛ばすくらいはできるということか。


「まあ、子供のおもちゃで吸盤の付いた弓やくらい触ったことあるからな。それと基礎知識さえあればトラップを破壊、できなくても離れたところから起動させるくらいはできる」

「なるほど」


 トラップを投石などで起動させ、無効化するのはトラップゲームの常套手段だ。トラップを見破り、無効化できるかどうかは勝敗に大きくかかわってくる。


「前にも言った通り、俺はトラップゲームにハマってた時期があるからな。相手の心理さえ見破れればこっちのもんだ」

「頼もしいな」


 背中の矢筒から矢を抜き取り、いつでも射てるように構えた光流にスノウホワイトが頼もしさを覚える。

 光流はというと歩き出す前に目を閉じ、自分の胸の裡に宿る四体の光彩ルクスコードの存在を確認した。


——力を貸して。


 その祈りが届いたかどうかは分からない。だが、光流の胸の奥がじわりと熱くなり、全身を血液ではなく、四色の光のエネルギーが駆け抜けるような錯覚を覚えた。

 全身を巡るエネルギーを外に張り巡らすよう意識し、光流が脳内で彩界のマップを構築する。


 張り巡らせたエネルギーの反響で地形を把握、自分がこの空間の彩響者コンダクターであるならどのようにトラップを配置するか考える。


「——そこか!」


 矢をつがえ、光流は洞窟の一点に向けて放った。

 放たれた矢がマグマが蠢く壁に突き刺さる。

 次の瞬間、すぐ近くの床からマグマが噴出した。

 飛び跳ねたマグマは周囲の床に落ち、黒く変色していく。

 壁を構築する紛い物ではなく、触れると大火傷どころでは済まない本物のマグマ。


「——、」


 スノウホワイトが光流に視線を投げる。


「なるほど、大体分かった」


 弓の構えを解き、光流が納得したように頷いた。


「このパターンなら解除して回らなくても彩響者コンダクターの元まで行ける」

「なぜそれが分かる」


 たった一つトラップを見破っただけで何がどう分かるのか。

 疑問を呈したスノウホワイトに、光流がへへんと笑って見せる。


「トラップゲームはプレイヤーの思想や性癖が滲み出るものなんだよ。極めれば最適解の鬼になるけど、ここであのトラップが仕掛けられていたということはオレンジの彩響者コンダクターはトラップゲームの経験はあるけど上級者じゃない。それなら大体どの辺にどう仕掛けるか想像できる」

「すごいな」


 光流の、ゲーマーとしての勘がここまで分析しているのなら間違いはないだろう。

 それなら無理に突破することなく最低限のダメージで彩響者コンダクターの元に行ける。

 ゆっくりと、光流が歩き出した。


「オレンジの彩響者コンダクターを止めよう。どんな願いであったとしても——それを叶えるために人を殺すなんて、馬鹿げている」


——願いは自分の力で叶えるべきだ。


 漠然とした思いだったが、光流の胸にはその思いが宿りつつあった。

 だから止める。だから叶える。

 自分の力で、自分の意志で、願いを叶えて見せる、と。

 誰も死なせずに、終わらせる、と。

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