赤く燃え盛る冷たい洞窟を光流が駆ける。
トラップは一つも動作しない。正確に、トラップが作動しないぎりぎりのエリアを駆け抜けていく。
——たぶん、ここは——!
走りながら光流は矢をつがえ、洞窟の一角に撃ち込んだ。
白銀の閃光が床に突き刺さり、燃え盛る棘が侵入者を貫かんと突き出され、さらにマグマが噴出してダメ押しのように空間を灼く。
だが、そこに光流はいない。
トラップの発動を確認するまでもなく発動によって出来上がったわずかな安全地帯を潜り抜けていく。
経験の差による圧倒的
覆すことのできないアドバンテージに、光流はダメージを受けることもなく、武器使用による戦力の低下も必要最低限で済ませ、さらに奥へ進もうとし——横に跳んだ。
炎が稲妻のように光流の横を通り過ぎていく。
「おいでなすったか!」
着地地点はトラップの起動スイッチ設置ポイント。着地した瞬間にさらに横に跳び、炎の棘に貫かれるのを防ぐ。
『起動ポイントに回避させる——戦術的には向こうもただの素人ではないということか!』
最大威力でのダメージを防いだとはいえ、棘はわずかに光流を掠めていた。燃え盛る棘ということで熱によるダメージが加算されている、とスノウホワイトは光流の中で計算する。
それでも。
『ダメージ計算完了。問題ない』
「この程度、スノウホワイトの修復で何とかなる」
受けたダメージはわずか、それも瞬時に回復していく。
そこに、
「なんでトラップを避けるんだよ!」
光流が見据えた先には一組の男女がいた。
見たところ、大学生くらいの青年。その隣に付き従う炎のような髪を持つ少女。
青年は光流がほとんど無傷でいることに完全に苛立っていた。
「あれだけ仕掛けたのにほとんど不発とかどういうことだよ! オレンジ、手抜きしたんじゃないだろうな!?」
「私は指示通り配置した! サイガの采配が下手だったからだろう?」
苛立つ青年とそれに歯向かうオレンジ。反発しあっているためか二人の間につながるオレンジに光る鎖が見える。
見ただけでこの二人の連携はそこまで整っていないことが分かった。
それなら十分勝ち目はある。
「スノウホワイト!」
光流の声に合わせてスノウホワイトが姿を弓から剣に変える。
光流が剣を手にしたことでサイガと呼ばれた青年もオレンジに声をかけた。
「オレンジ! 弓になれ!」
「承知!」
オレンジの姿が燃え盛る炎と変わり、一張りの弓に変化しサイガの手に収まる。
「その契約、砕かせてもらう!」
「やれるものならやってみろ!」
サイガに向かい、光流は地面を蹴った。それをアシストするかのように四色の光が光流の足の周りで煌めく。
「うおおぉぉぉぉぉおおぉぉっ!」
氷の剣を下段に構えて突進する光流に対し、サイガは距離の優位性を優先したようだった。
矢筒から矢を数本抜き取り、サイガが光流に向けて矢を放つ。
「この程度!」
光流が剣を振り、飛来する矢を切り払う。
追加で飛来する矢も切り払い、光流がさらに踏み込もうとしたまさにその時、「それ」は背後から襲い掛かった。
背中に焼けるような痛み。いや、ただ「焼けた」と言うにはあまりにもそれは熱を持っていた。
「ぐ——っ!?」
辛うじて転倒を避け、光流がその場で踏ん張る。目の前を炎が走り抜け、転倒していれば確実に光流を焼き尽くしていたのでは、と光流の視界を通じてスノウホワイトが判断する。
『トラップ被弾!? 修復する!』
スノウホワイトの声にようやく何が起こったのかを把握するが、それでも何が起こったのか理解できない。パニックに真っ白になりかける脳内で状況を順序立てて理解しようとするが、それよりも先に身体が動いた。
ギリギリで飛来する矢を横に転がることで回避、受け身を取って即座に立ち上がる。立ち上がったところで頭上からマグマが降り注ぐが、それもかろうじて回避する。
『
冷静なスノウホワイトの声に、光流は現実に引き戻された。
そうだ、トラップゲームの常套手段の一つだ。敢えて回避させたトラップを再利用し、侵入者を撃破する——そこまで考えての配置だとしたら相手の方が一枚上手だ。
「くそ、意外とやるな」
リソース節約のためにトラップを破壊せずに進んだのが裏目に出た。
起動地点に誘導するだけでなく、破壊されなかったトラップを再利用するほどの技量があるなら相手はトラップゲーム上級者。配置が素人だと感じたのは相手が人間であることを見越した、全て計算ずくのもの。確かにトラップゲームに慣れていない人間が狩られる側に回れば対処方法も分からずに撃破されるしそうでなければ相手を素人と侮って行動する。
まんまとサイガの策略にはまり、光流は歯ぎしりした。
その間にもサイガが放つ炎の矢は光流を追い詰めていく。
幸い、
『逃げてばかりでは何もできない』
どうする、
最初のパニックから回復し、今なら落ち着いて周囲を見ることができる。
サイガは光流の回避を見越して配置したトラップを起動している。つまり——。
「ちょこまかしやがって!」
そう、悪態をつくのも全て計算のうちと判断、光流が体勢を立て直しサイガに向かって前進する。
サイガは的確に攻撃を仕掛けてくるが、オレンジとの連携は完全ではない。トラップゲームの読み合いに関してはサイガに軍配が上がるが、それでも
「いい加減に——しやがれ!」
サイガの放った炎の矢が真っすぐ光流に向かって飛翔する。
それを、光流はほんの少し身体をずらして急所への直撃を避け、自分の身体で受け止めた。
「な——!?」
サイガが驚きのあまりに声を上げる。
この矢は炎でできている。受け止めれば体の中から燃やし尽くす。そう考えれば回避するのが常識であり、それを見越してサイガは矢を放っている。それを受け止められればダメージは確かに与えられるが決定打にはならない。
走りながら光流が脇腹に刺さった矢を引き抜く。傷口から炎が吹きあがるが、それに対して光流は慌てることなくスノウホワイトに指示を出す。
「スノウホワイト、凍らせて!」
『了解!』
スノウホワイトが了解すると同時に傷口が凍結し、炎を消し去る。
炎が消えたことで治癒能力が発動し、傷口が塞がっていく。
「このおぉぉっ!」
剣の間合いに入り、光流は氷の剣を振り下ろした。
「クソッ!」
近づかれたことで弓の射程から外れ、サイガが剣を躱しつつオレンジに指示を出す。
「お前も剣になれ!」
サイガの手の中で弓が燃え上がり、炎の剣へと姿を変える。
振り下ろした剣を、光流はそのまま振り上げた——サイガの手首を狙い。
「オレンジ! いったん離れろ!」
このままでは手首を落とされると判断したサイガは剣から手を放し、手首を引いた。
「かかったな!」
サイガを見上げ、光流が叫んだ。
その声は自信に満ちており、明らかに勝利宣言が混ざっている。
「何を——」
まだ勝負は決まっていない、そう言おうとしたサイガの目が見開かれる。
氷の剣はオレンジを——オレンジとサイガの右手首を繋ぐ鎖を捉えていた。
鎖が砕かれ、炎の剣がオレンジ色の光の粒子へと変わり霧散する。
「オレンジ!」
咄嗟にそう叫び、霧散した光に伸ばされたサイガの手首の枷を、今度こそ氷の剣が捉え、打ち砕いた。