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第12話「願ったものは」

 砕け、光へと戻る破片の動きがスローモーションに感じられる。


 嘘だ、と祭牙サイガは声にならない声で呟いた。

 ダメだ、これは断ち切ってはいけない、これが砕ければオレンジとのつながりが——。


 そこで初めて祭牙は自分がいかにオレンジにかを思い知った。


 煌めくオレンジの光の向こうにかつての自分が見える。


 周囲はどんどん評価されていくのに自分だけ何の結果も出せないもどかしさ。両親もろくに自分とは目を合わさず、祭牙自身も周囲の成功を見るのが辛くて離れてしまった。

 誰にも認められない孤独、その中で手を差し伸べてきたのがオレンジだった。


 ふと見上げた夜空。そこで降り注ぐ極彩色の流星群を見ていたら周囲が燃え上がり、気がつけばオレンジがいた。

 「自分は君の願いを叶えるために来た」と言うオレンジに、祭牙は二つ返事で契約を受け入れた。

 契約を受け入れ、すぐ近くで感じ取った彩響者コンダクターの気配に彩界を展開し、敵を屠った。


 ——それで、感じてしまったのだ。


 この力は無敵だ、この力があれば今まで自分を見下してきた連中を見下せる、と。

 初めて感じた万能感に一晩中市内をさまよい、祭牙は何人かの彩響者コンダクターを罠にかけた。どの彩響者コンダクターもトラップゲームに対する知識がなかったようで、あっさりと祭牙の罠に沈んでいった。


 それなのに、今回見つけて狩ろうと思った彩響者コンダクターは。


——サイガ、


 オレンジの声が聞こえた気がして、祭牙は視線を上げた。

 舞い散る光の粒子の中にオレンジの姿を見たような気がして祭牙が唇を震わせる。


「オレ、ンジ——」


——私は、君の良き理解者であれただろうか。


 その言葉に、祭牙が何度も頷く。


「俺が間違ってた! お前は、俺を——」


 スノウホワイトの剣によって鎖が砕かれた瞬間、祭牙は気づいてしまった。

 自分のこの万能感が全てオレンジによって与えられていたことを。そしてそれを全て自分の手柄だと思い込んでオレンジを蔑ろにしてしまっていたことを。

 オレンジ色の光の粒子が渦を巻き、光流の中に吸い込まれていく。


「オレンジ!」


 もう一度、祭牙は叫んだ。

 だが、契約が断たれ、イクリプスが発生した今、それを引きとどめることは祭牙にはできない。

 がくりとその場に膝をつき、祭牙は呆然と目の前の光流を見た。


 主導権が光流とスノウホワイトに移ったことで燃え盛る洞窟が鋭く冷たい白銀のものへと変わっていく。

 しんとした静けさの中で、祭牙は自分が完全に敗北したことを改めて実感した。



 主導権が光流たちに渡ったことで洞窟の様相がスノウホワイト仕様へと変化していく。

 自分の中に吸い込まれていったオレンジの鼓動を感じつつ、光流は祭牙に一歩近寄った。


 傷は完全に回復している。光彩ルクスコードの治癒能力は衣服にも適用されるのか焼け焦げた上着も何事もなかったかのように修復されている。ただ、傷は回復しても消費した戦力はすぐには回復しないらしく、重い疲労感が光流にのしかかっていた。


「——殺せよ」


 ぽつり、と祭牙が呟く。

 光流に言うでもなく、独り言でもなく、ただ誰かに聞いてもらいたい、そんな声が氷柱の間を通り抜けていく。

 その声に、光流は首を横に振ることで否定した。手にしていた氷の剣がスノウホワイトの姿に戻り、光流の横に立つ。


「俺は、誰も殺さない」

「何言ってんだ、彩響者コンダクターを殺すのが光彩戦争クロマティック・イクリプスのルールだろ」


 ルールだから俺も殺した、と続け、祭牙は違うな、と弱弱しく首を振る。


 あの時は自分が強いと思い込んでいたから殺した。弱い彩響者コンダクターは死んで当然だと思っていた。

 だが、今こうやって弱者の立場に戻り、改めて気づく。

 自分は何者でもない、力があったとしてもより強いものに狩られるだけなのだ、と。


 膝をつく祭牙を前に、光流は再度首を振る。


「殺さなくても、光彩戦争クロマティック・イクリプスは勝ち抜けます」

「お前、何を——」


 祭牙が否定しようとしてすぐに理解する。

 光彩戦争クロマティック・イクリプス彩響者コンダクター光彩ルクスコードを奪う戦争。彩響者コンダクター光彩ルクスコードの力を借りて光彩ルクスコードを全力で守る。つまり、光彩ルクスコードさえ手に入れてしまえば彩響者コンダクターを殺す理由はなくなる。


「は——はは……」


 乾いた声で祭牙は笑った。


「なんだ、殺さなくてもよかったのかよ——そしたら、相手に金山かなやま祭牙さいがは強かった、って思わせられたのに」

「……キミの願いは『認められたい』だったのか?」


 祭牙の言葉に、スノウホワイトが尋ねる。


「ああ、そうだよ。俺は誰かに——社会に認めてもらいたかった。俺という一人の人間をちゃんと見てもらいたかった。何者かになりたかったんだ」


 自嘲気味に笑う祭牙に、光流は何となくだが共感を覚えた。

 「何者かになりたい」「認められたい」その気持ちは光流にも分かる。何者かになりたくて、でもどうすれば分からなくて、気が付けばずるずると怠惰な日々を送っていた。


 こういった彩響者コンダクターも多いのか、と光流は漠然と考える。どのような願いも叶うと言われて、即座に大きな願いを口にできるのははじめからその夢に向かって走り続けた人間だけだ。


 その点では光流も祭牙と同じどころかマイナスのスタートラインに立っている人間だった。祭牙のように「認められたい」とはっきり願うこともできず、自分の願いは何なのか探しつつ光彩戦争クロマティック・イクリプスを戦っている。それが正しいかどうかと言われれば間違っているだろう、と断言はできた。周囲は何かしらの願いをしっかり持って戦っているのだから。


 それでも、光流は一言言わずにはいられなかった。

 たまらず口を開き、胸の中にあった言葉を吐き出す。


「『何者か』になってますよ」

「えっ」


 思わぬ一言に、祭牙が思わず声を上げる。


「なってるって——」

光彩戦争クロマティック・イクリプス彩響者コンダクターに選ばれた。トラップゲームの対人戦に関しては少なくとも俺より強かった。状況次第では負けてたのは俺かもしれません」


 嘘は言わない。少なくとも、光流は正当に祭牙を評価していた。

 光流もトラップゲームは得意だったが、それはあくまでもコンピュータ相手の戦いで、いざこうして人間と対戦すると対戦相手の心理を読むという点で祭牙に勝利を譲ってしまった。勝てたのは、ひとえに——。


「あなたの敗因はオレンジを信じなかったことです。あなたがオレンジを信じて、息を合わせていたら——」

「オレンジが……」


 光流の口からオレンジの名が出たことで祭牙は胸が締め付けられるような錯覚を覚えた。

 自分がオレンジを信じなかったから、息を合わせられなかったから負けた、光流にはっきりと言われて、同時に光流とスノウホワイトの絆の強さを思い知る。


——もし、俺がもっとオレンジを信じていたら——。


「おい、お前、名前は?」


 思わず祭牙は光流にそう尋ねていた。


「え……。天宮光流、です」

「天宮光流、か……」


 そう、繰り返した祭牙は勢いよく立ち上がった。


「天宮、俺の負けだ!」

「あの、えっと……」


 突然、そう敗北宣言した祭牙に光流が狼狽える。


「ああ、俺は金山祭牙。しがないフリーターだ」


 そう言った祭牙の顔はもう曇っていなかった。

 むしろ憑き物が落ちたかのように清々しい顔で光流を見ている。


「なんか目が覚めたわ。確かに『認められたい』って願ってたけどさ、光彩戦争クロマティック・イクリプスの力借りなくても叶ってたわ」

「金山、さん……?」


 光流からは戸惑いが隠せない。

 だが、祭牙はそれに構うことなく光流の肩をポンと叩く。


「ありがとな、天宮。こんな簡単なことだったんだ。誰か一人でいい、俺を真っすぐ見てくれる人がいたってのがこんなに元気の出るものだって思ってなかった」

「でも、俺はオレンジを——」


 祭牙のオレンジはもういない。光流が奪ってしまった。

 それなのに、どうして祭牙はこうも笑っていられるのか。

 その疑問をぶつけようとしたところで、祭牙は光流の肩をもう一度叩く。


「お前が真っすぐぶつかってきたからだろ」

「え」


 祭牙の言葉に光流が困惑する。

 自分はただ——。


「ヒカル、キミはサイガの思いを真正面から受け止めた。そんなこと、初対面の人間になかなかできないことだ」


 スノウホワイトがそう助け船を出すが、その口調になんとなく「これだからコミュ障は」という響きが含まれていたような気がして光流は思わずスノウホワイトを睨む。


「なんか悪いこと考えてただろ!」

「さぁ?」


 白々しいスノウホワイトの返事。

 それを見た祭牙がぷっと噴き出す。


「お前ら、本当に仲いいな。俺もお前らくらいに仲良かったら勝てたのかな」

「多分」


 光流が素直に認める。


「俺、勝ち抜いて願いを叶えてもらわなきゃ無理だと思ってたけどもうちょっと頑張ってみるわ。まさか高校生に気づかされるとは思ってなかったが本当にすっきりした!」


 そう言う祭牙の目にはもう何の迷いもない。


「ま、お前はこれからが大変だろうが頑張れよ!」


 祭牙のその言葉と同時にスノウホワイトが彩界を解除する。

 戻ってきた大垣駅北口のロータリーに光流がほっと息をつくと祭牙は一つ大きく伸びをして、


「折角だから少しおやつでも食わねえか? たこ焼きくらいなら奢るぜ?」


 そう、光流に提案した。

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