――二一一〇年十二月四日。新世界四日目。〈オクタゴン〉、二〇一号室。
〈
因みに拓生の部屋は二〇七号室――俺の部屋とエレベーターを挟んで隣の部屋という形になった。拓生が商人であることを考えると、移動が多いだろうという面白味のない配慮によるものだ。
「ふわぁぁ……」
カーテンの隙間から差し込む日差しで目覚めた俺は、その姿勢のまま、枕元に置いていたガラス板――スマホを手に取り、起動する。「VS」アプリにて、現状の「夏瀬 雪渚」個人の成績と〈神威結社〉の成績を確認した。
「夏瀬 雪渚」「Natsuse Setsuna」の個人ランキングはエンブレムが一つ昇格して【銅】エンブレムの二万六千百九十一位。〈神威結社〉のクランランキングは
――――――――――――――――――――――――
Clan Ranking
1.【S】――非公開――
2.【S】
3.【S】
4.【S】警視庁
5.【S】
6.【S】ワルプルギスの夜
7.【S】
8.【S】X-DIVISION
9.【S】
10.【S】
11.【A】
12.【A】海軍
13.【A】――非公開――
14.【A】NO BORDER
15.【A】――非公開――
16.【A】弱酸マスカレード
17.【A】オラクル・コーポレーション
18.【A】陸軍
19.【A】――非公開――
20.【A】竜ヶ崎組
21.【A】空軍
↓
――――――――――――――――――――――――
――一位のクランが非公開というのも気になるが、やはり特筆すべきは「警視庁」や「海軍」がクランとしても機能しているということだ。
――そして第十位――Sランククラン、〈天網エンタープライズ〉。通称、天プラ。親友、
――すると突然、
『――雪渚』
「おう一二三、おはよう」
『おはようって雪渚お前……正午だぞ』
「ロングスリーパーなんだよ、知ってるだろ?で、どうしたんだ?」
『いや、用があったわけではないんだがな。一応お前は「病み上がり」という扱いだからな……。問題なくやれてるかと心配でな』
「蘇生を『病み上がり』と定義していいのかは
『そうか、それは良かった』
「ああ、そうだ。一二三、俺の記憶戻ったぞ」
『……は?戻ったのか……?』
「ああ、何故俺が自殺したのか……全部思い出したよ」
『そうか……思い出さないほうがお前にとっては
「ああ、問題ないが……一二三、お前忙しいんじゃないのか?今
『ウチの社長室だ。だが雪渚のために時間を空けることほど
「お、おう、そうか。それで天プラまで行けば
『悪いな、こちらから誘っておいて』
「ああ別に
『おい待て雪渚。クランを作ったなら何故親友の俺に報告しない?』
「なんなんだお前は……。連れてくぞ」
『ああ、構わない。十四時に秘書の
「七瀬川さんな、わかった。じゃあまたな」
『ああ』
画面中央下の赤いアイコン――「終話」アイコンをタップする。フカフカのベッドからゆっくりと起き上がり、ベッドの脇に脱ぎ捨てていた室内用のスリッパを履く。
個室備え付けのユニットバス――その洗面台で顔を洗い、壁掛けタオルで顔を拭く。その頃には目もすっかり覚めていた。陽光が室内を淡く照らす。ゆっくりと個室の扉を開け、廊下へ足を踏み入れようとすると、何か柔らかいものにぶつかった。
「うおっ……!」
眼前には、白い髪のウルフカットの美女が、メイド服姿で佇んでいた。彼女は
「おはようございます、せつくん」
「なんだ、天音のおっぱいか……」
「せつくん、お食事の用意ができております」
「おおー、天音。それはありがたいんだけど、その、俺の部屋の前で待機するの
「えっ……待ってくださいせつくん、嫌わないでください……っ!」
天音は目に涙を浮かべて俺に懇願する。俺はそっと天音の頭を撫でて言った。
「こんなことで嫌わないから、な?俺が起きるまでずっとここで待ってたんだろ?天音ももっと自由に過ごして欲しいだけだよ俺は」
「わ、わかりました。ごめんなさい、せつくん。驚かせてしまって」
「ああ」
天音は安心した様子で胸を撫で下ろした。天音と共に一階のリビングへと移動する。階段を一歩一歩と下りてゆく。
「そういえば拓生の奴は?」
「御宅さんですか?御宅さんでしたら朝食を済ませた後、『〈
「ああ、仕事か」
――商人として、地域の住民との交流は不可欠ということだろう。
「ところでせつくん、本日はどのように過ごされますか?」
「ああ、〈天網エンタープライズ〉に行こうと思う。天音も同行してくれるか?」
「もちろんです。天プラ……と言いますと五六さんと?」
「ああ、さっき電話で十四時着でアポは取った。俺の記憶の件含めて話があるんだと」
「かしこまりました」
リビングの中央の円いテーブル――その
「お、今日も美味そうだな……いただきまーす」
俺がサンドウィッチを右手に掴んだ瞬間、玄関から巨漢の男がリビングに飛び込んできた。男は萌えキャラがプリントされたピチピチのTシャツに身を包んでいる。
「――雪渚氏!天ヶ羽女史!小生、帰還いたしましたぞ!」
その黒縁の丸眼鏡でボウルカットの男――御宅 拓生は謎に敬礼のポーズをとった。
「おう拓生。おかえりー」
「御宅さん、お早いお帰りでしたね……チッ」
「――天ヶ羽女史!?舌打ちしましたな!?」
「折角せつくんと二人きりだったのに……ブツブツ……」
「何かブツブツ言ってますぞ!怖過ぎますぞ!」
「おー拓生、いつものことだ。気にすんな。それで拓生、挨拶回りの収穫はあったか?」
リビングの隅――テレビの前に設置されたL字型のソファに腰掛けた拓生に、サンドウィッチを頬張りながら声を掛ける。
「もちろんですぞ!〈真宿エリア〉の人々は気さくな方ばかりで!商売に関しては問題なさそうですぞ」
「そうか、それなら良かった」
「ところで雪渚氏、〈神威結社〉の資金は
「ああ、そうだな」
「今後仲間を増やそうと雪渚氏がお考えであれば、やはり資金はもう少し欲しいところですな」
「資金と言えばせつくん、一攫千金の策があるというお話でしたよね?」
俺の向かいの椅子に腰掛けた天音が口を挟んだ。確認の意味を含んだその質問に、コーヒーを飲み干した後、丁寧に言葉を返す。キッチンの窓から陽光が差し込み、リビングを暖かく照らしていた。
「ああ。だがそれはもう少し先の話だ」
「ほほう、一攫千金の策でありますか」
「つってもこの策はハイリスクハイリターンなんだよな。この賭けに勝てば俺たちは億万長者――正直今後金に困ることは一生ないが、負ければ少なくとも俺は終わりだ」
「……なっ!?何するつもりですかな、雪渚氏!?」
「せつくんはギャンブラーですからね……」
「マジで一攫千金するにはこれしかなくてな。まあこれはそう遠くないうちに実行するつもりだ」
「まあ何にせよ小生は雪渚氏について行きますぞ。ところで雪渚氏、今日はどうするおつもりですかな?」
「ああ、〈天網エンタープライズ〉に行くぞ」
「天プラですかな!?」
「御宅さん、せつくんと天プラの社長――五六さんは大学時代からの親友なんです」
「五六社長と言えば確かアンドロイドで東慶大学の首席合格者だとか……なるほど、雪渚氏とは親友でありますか」
「俺が蘇生するまで面倒見てくれてたのも一二三だしな。その辺りの話もしたいらしい」
「了解ですぞ!」
「よし、
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――スマホのロック画面に映る時刻は十四時前。俺は黒のサコッシュを肩に掛け、〈超渋谷エリア〉の中心地、超渋谷駅から直ぐ近くにあるロータリーに立っていた。
ロータリーに囲まれた、天空まで
「何度か商談で来ましたが……何度見ても圧巻ですなぁ……」
「せつくん、秘書の方もお待たせしているようですし入りましょうか」
「ああ」
大きな回転ドアに足を踏み入れ、その流れに身を任せてタワー内に足を踏み入れる。眼前には、高級感のある広いロビーが広がっていた。
黒い大理石の床の隅には、ジュエリーショップやブランド物の腕時計を扱う高級時計店が見える。そして、その手前には、横一列に並んだセキュリティゲートと、その一つ一つに付いた警備員の姿がある。
「せつくん、武器は預けなければならないようですね」
天音の視線の先では、警備員が入館する来客から剣を預かっていた。セキュリティゲートには大勢が列を作っている。その最後尾に続けて並んだ。
――流石一二三と言うべきか。セキュリティも万全を期しているわけか。
俺の番が来ると、警備員が右手でセキュリティゲートを通るように促した。セキュリティゲートを通るとビー、ビーと警告音が鳴った。
「お客様、大変失礼ですが武器等はお持ちではありませんか?」
「ああ……これか……」
肩に掛けた黒のサコッシュからスリングショット――〈エフェメラリズム〉を取り出し、警備員に預ける。警備員は、その〈エフェメラリズム〉の
「ではもう一度お通りいただけますか」
「はい」
促されるがままにセキュリティゲートを通過すると、今度は警告音が鳴ることはなかった。警備員がチケットのような、紙を一枚手渡してくる。そのチケットにはバーコードと、「2545」という数字が印字されていた。
「ご協力ありがとうございます。こちらの
「わかりました」
手荷物預入券をポケットに突っ込み、警備員に軽く会釈をした。そのままロビー内に立ち入って、後方に振り返る。天音と拓生も問題なく通過したようだ。
「せつくん、お待たせしました」
「セキュリティも厳重ですなぁ」
――拓生の偉人級異能、〈
「さて……一二三の秘書の七瀬川さんとやらが待っているハズなんだが……」
眼前に広がる黒い大理石の床――そのロビーには大勢の人が集まっている。ビジネスマンらしき人々が行き交い、奥には数基のエレベーターがある。その様は、正に大企業そのものだった。すると、その瞬間、ウィーン――という機械音と共に、何者かが右手から俺たちに声を掛けた。
「――夏瀬 雪渚様なのです?」
電動車椅子の両端から伸びたアームに大型のディスプレイが取り付けられ、女の前に展開されている。「Welcome」という文字がディスプレイの画面の中で踊る。
女は『Flowers for Algernon』――というタイトルの書籍を片手で開いて読んでいた。『アルジャーノンに花束を』の日本語訳されていない原書だ。
「ああ、じゃあ
「雪渚氏!この方は……!」
「ん?」
「二年前の第八回〈
――やはりか。〈極皇杯〉のファイナリストに関しては当然調べがついている。
「ご紹介に預かりました、〈天網エンタープライズ〉・副社長兼秘書の、七瀬川
女の赤い瞳は、俺をじっと見つめていた。その瞳には、酷い狂気が宿っているような、そんな感覚がした。