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第18話《4/28㈪》講義:spouse

 学生が集まる講堂で、理玖はマイクを手にpowerpointの画面を切り替えていた。

 去年は二回目の時点でかなり学生が減った印象があったが、既に数回の講義を重ねても今年はまだ初回と同じ程度の出席率だ。


(最近のニュースの影響かな。only狩りのニュース、多いからな)


 数年前から問題視されていたonly狩りの犯罪集団だが、最近では規模が大きくなり組織力をつけてきている。バックに反社の影が見えるだけに検挙が難しくなりつつある。


 特に世間を賑わせているのが、『Doll』と称する犯罪集団だ。

 狩ったonlyを性玩具として躾けて闇オークションで人身売買にかけている。という噂がまことしやかに囁かれている。

 それだけなら今までのonly狩りと大差ない。Dollの特徴は、other狩りも行う点だ。

 狩ったotherはonlyを狩るために使うらしい。

 今のonly狩りの大半はDollの犯罪だと言われている。


(どこまで本当かって感じの、噂の域を出ないフィクションめいた話だけど)


 だからこそ、メディアが面白がって取り扱う。

 ワイドショーなどは結構な時間枠を裂いて、専門家を招いて特集を組んでいる。

 理玖にも多数のテレビ局から出演依頼があったが、すべて断った。

 テレビで顔が流れるのが嫌だから、という理由が一番だが。


(解明されきっていないWOの生態を犯罪者に報せるようなものだ。馬鹿じゃないかと思う)


 というのが、本音だ。

 立証されていない、裏付けすら取れていない仮説を我が物顔で話している専門家を見ると、うんざりする。

 その手の話は実生活に役に立たない代わりに、犯罪者には手段として用いられる場合が多い。

 だから理玖は日本のワイドショーが嫌いだ。


 PCを確認しながら、理玖はマイクをオンにした。


「WOの社会福祉については、ここまで。WO関連受診の医療費負担が少ないのと、独自の婚姻制度が一番の特徴です。関連ある話なので、続いてspouseについて解説していきます」



spouseスパウズ】とは、onlyとotherにとっての「生涯の伴侶」である。

 愛情が昂る特別なotherに出会ったonlyは、そのotherを「独占の対象」と認識し、独占したくなる。onlyの独占を受け入れたotherは、そのonlyのspouseとなる。

 spouseを得たonlyとotherのフェロモンは、自分のspouseにしか作用しなくなる。また、穏やかな発情を促すフェロモンへと変化する。spouse同士でなければ感知できないaffectionフェロモンを互いに放出する。

 spouseを得る行為を「独占の契約」あるいは「伴侶契約」と称する。

 最大の特徴として、spouseになったonlyとotherの左胸には、花のような痣が浮かび上がる。



「初回に、onlyのSMホルモンが分泌される過程は解明過程と話しましたが、現在認可の過程にある理論です。otherがonlyに好意を持った場合に愛情を昂らせるフェロモンが放出されると言われており。これをaffectionフェロモンと名付けています」


 パワポのスライド画面を変える。

 国際WO学会に理玖が発表した論文が元となって、SMホルモン分泌の過程が立証された。

 半年前の話だから、つい最近だ。


「otherから放出されるaffectionフェロモンに反応してonlyのSMホルモン分泌が促されます。同時にonlyからもaffectionフェロモンが放出し、otherが感知するとspouseとして独占の契約を結ぶ条件が整います」


 画面を切り替える。

 肌に浮かぶ花のような痣の写真を数枚、提示した。


「契約を結ぶと、このような痣が互いの胸に刻まれ、形が花に似ているので、俗にと表現します。spouseに成り得るonlyとotherは花の蜜のような香りのフェロモンを感知する場合が多いので、onlyを花、otherを蝶や蜜蜂に例える国もあります」


 理玖はまたパワポ画面を切り替えた。


「spouseは半永久的に消えない独占の契約ですが、spouseになったからといって必ずしも法的な婚姻を結ぶ義務はありません。spouseを得たonlyは契約したotherの精子でしか妊娠しませんが、otherは男女ともにnormalと子をもうけることが可能です。ただし、spouse以外に発情しづらくなり、男性の場合は精液内の精子の数も減ると言われています」


 理玖は手元のメモを取り出すと、目を滑らせた。


「初回に質問で少し触れましたが。女性がother、男性がonlyだった場合、男女ともに妊娠が可能になります。メカニズムとして、spouseになると男性onlyがSMホルモン分泌により精子の数が増えると同時に、妊娠できる体に変化するからです。男女どちらが妊娠するかは偶然の要素が強いですが、other女性の妊娠率の方が比較的高いです」


 理玖は顔を上げて講堂を見渡した。


「spouseについても、まだまだ解明されていない部分は多いです。WO自体が数が少ない上に独占の契約でspouseになるカップルはさらに少ない。また、同性カップルか異性カップルか、どちらがonlyでotherかでもパターンが変わります。その辺りの詳しい解説は、次回にしましょう」


 理玖はpowerpointの画面を切った。


「講義の回数を重ねるごとに質問が増えている印象なので、今日は質問の時間をいつもより長めに取ります。無ければ次回の分の内容を少し進めますが。質問はありますか? 今回の講義に限らなくていいです」


 すぐに数名の手が上がった。

 やはり今年の学生は意欲がある。社会的な関心の高さかもしれないが。

 理玖は真ん中あたりに座る男子学生を指した。


「前々回の抑制剤についての質問です。onlyのSAフェロモンの抑制剤やotherのPOEフェロモン抑制剤は使い続けると薬効が薄れるとのお話でしたが、薬以外の具体的な対応策はあるのでしょうか。また、otherに関して、SAフェロモン受容体阻害薬とPOEフェロモン抑制剤はどちらを優先するのが効果的なのでしょうか」


 大変具体的な質問が来て、理玖はちょっとワクワクした。

 PCのパワポを探す。

 以前に日本WO学会で発表したスライドを提示した。


「ざっくりとメカニズムを話すと、onlyのSAフェロモンがotherの受容体を刺激するとPOEフェロモンが放出されます。なので初診のother患者様には、まずは阻害薬の使用をお勧めします。頓服、或いは常時併用としてPOEフェロモン抑制剤を勧めています。otherに関してはあくまでベースは阻害薬ですね。onlyはSAフェロモン抑制剤の一択になります」


 スライドをまた切り替える。


「薬効に関しては、使用頻度を下げるか、ドーズアップするしかありません。otherに関しては阻害薬と抑制剤を上手く使って調節してもらう必要があるので、定期的にWO外来に通院してもらって医師と相談してもらいます。あとは……」


 多少躊躇いつつ、理玖は口を開いた。


「フェロモンの分泌を安定させるのに薬より効果的なのは、実は性交です。恋愛感情を伴う必要はないので、フェロモン対策としてセフレを作るWOは少なくありません。その場合、相手がnormalでも問題ありません。性病のリスクや世間体など考えると積極的にオススメできませんが、参考までに」


 質問した男子学生が礼をする。

 納得してくれたらしい。



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