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第19話 講義:ruler

「他には、ありますか?」


 また数名の手が上がった。

 理玖は一番後ろに座る女子学生をさした。女性にしては背が高そうだが、人形のように整った美しい顔立ちに見えた。


「最近、テレビで取沙汰されているDollにはrulerがいると報道されていますが、rulerについて詳しく知りたいです」


 心臓がざわりと嫌な音を立てた。

 そのうち、質問が出るだろうと思っていたが、やっぱりきたと思った。


「rulerについては、生態も存在も学会は認めていません。個人の研究家の考察などはありますが、根拠がないものが多く、裏付けがありません。なので、講義で話せるほどの学術的根拠はない概念です」


 一度マイクを置いた女子学生が、もう一度マイクを持った。


「学術的根拠はなくてもいいです。WOの世界的権威である向井先生が考えるrulerについて、教えていただきたいです」


 なかなか食い下がるな、と思った。

 好奇心なのか、勉強熱心なのか。何か話さないと引き下がらなそうな顔をしている。

 息を吐き、理玖はマイクを持った。


「あくまで僕個人の見解であって、根拠のない推論になります。今からする話を事実のように他で語るのはやめてください。感想程度に聞いてもらえるなら、話します」


 女子学生はうんうんと何度も頷いている。

 他の学生も、興味津々な様子だ。

 メディアで毎日のように流れてくる話題だけに、身近なんだろう。


「まずrulerは、onlyの中の希少種とか亜種と言われています。一生涯に一人としか添い遂げないのがonlyの特徴ですが、rulerは大勢のotherと独占の契約を交わせるのではないかと言われています。理由として、強いSAフェロモンを有し、一人と契約を交わした後も大勢のotherにフェロモンが作用すると言われているからです。otherの受容体に通常の倍以上作用して、otherを酩酊tripさせる。otherはrulerを深く愛するが故に心酔し傾倒する。その様が主従関係に見えるので、rulerと独占の契約を交わしたotherを、奴隷servantと呼ぶ専門家もいます」


 この辺りはまだ根拠がしっかりしている話だ。

 理玖としても間違いではないのだろうと思う。正しくもないだろうが。


「rulerはonly限定の派生でotherからは生まれないと言われていて、onlyしか有しないSMホルモンに起因するのではと指摘する学者もいますが、理論としてちょっと苦しいかなと僕は思います。SAフェロモンでotherを酔わせて奴隷契約するので、性的快楽と結び付けて命令commandを発するrulerもいるそうですが、ここまでくると、ファンタジー色が強いですね」


 学生から笑いが起こる。

 今の話を笑ってくれる学生で良かったと思う。

 質問した女子学生は、最初からの微笑んだような表情を崩していなかった。


「rulerについて、出回っている話を纏めると、こんな感じです」


 締めに入った理玖に向かい、女子学生がまたマイクを持った。


「向井先生の見解は? rulerはどうして伴侶契約ではなく奴隷契約するのだと思いますか?」


 随分食い下がってくるな、とちょっと面倒に思った。

 昨今話題とはいえ、この程度話したら納得してくれないものだろうか。


「僕個人の見解ね……」


 呟いて、理玖はマイクを持った。


「あくまで僕個人の意見を述べるなら、rulerに関して、世間に出回っている推論は根本から間違っている。誰が言い出したのかわからないけど、奴隷など元より存在しない。onlyから派生したrulerに役割があるとするなら、onlyとotherが一人でも多く添い遂げられるような調整やルールを作る。強すぎるSAフェロモンでの酩酊状態はレイプなどotherの暴走を止めるためのストッパー。WOを守るための亜種です」


 講堂が、しんと静まり返った。


「何の科学的根拠エビデンスもない、ただの僕の推論でしかありませんけどね。そう考えた方が、優しいかなって」


 思った以上に自分の意見を話してしまって、恥ずかしくなった。

 ちらほらと、学生の間から拍手が湧いた。講堂中に拍手が連鎖して大拍手になった。

 思わぬ反応に、理玖の方が驚いた。


「よくわかりました。ありがとうございました」


 質問した女子学生が、ぺこりと頭を下げた。

 何となく、理玖も礼を返した。

 ちょうど終礼のチャイムが鳴った。


「次回は今日の続きから。質問が多そうなので、次も質問の時間は多めに取ります」


 学生たちが講堂を出ていく。

 さっき質問した女子学生を探したが、既にいなかった。


(あの子、初回の講義からいたかな。あんまり記憶にない。学生の顔、全部覚えている訳じゃないけど)


 印象に残る学生だから、居れば気が付きそうに思うが。

 そういえば今日は、積木大和の姿が見えなかった。初回から熱心に講義を受けている学生だけに、居ないと心配になる。


(風邪かな。それとも五月病かな。次は来てくれるといいけど)


 頭の片隅でそんなことを考えながら、理玖は片付けを始めた。

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