「他には、ありますか?」
また数名の手が上がった。
理玖は一番後ろに座る女子学生をさした。女性にしては背が高そうだが、人形のように整った美しい顔立ちに見えた。
「最近、テレビで取沙汰されているDollにはrulerがいると報道されていますが、rulerについて詳しく知りたいです」
心臓がざわりと嫌な音を立てた。
そのうち、質問が出るだろうと思っていたが、やっぱりきたと思った。
「rulerについては、生態も存在も学会は認めていません。個人の研究家の考察などはありますが、根拠がないものが多く、裏付けがありません。なので、講義で話せるほどの学術的根拠はない概念です」
一度マイクを置いた女子学生が、もう一度マイクを持った。
「学術的根拠はなくてもいいです。WOの世界的権威である向井先生が考えるrulerについて、教えていただきたいです」
なかなか食い下がるな、と思った。
好奇心なのか、勉強熱心なのか。何か話さないと引き下がらなそうな顔をしている。
息を吐き、理玖はマイクを持った。
「あくまで僕個人の見解であって、根拠のない推論になります。今からする話を事実のように他で語るのはやめてください。感想程度に聞いてもらえるなら、話します」
女子学生はうんうんと何度も頷いている。
他の学生も、興味津々な様子だ。
メディアで毎日のように流れてくる話題だけに、身近なんだろう。
「まずrulerは、onlyの中の希少種とか亜種と言われています。一生涯に一人としか添い遂げないのがonlyの特徴ですが、rulerは大勢のotherと独占の契約を交わせるのではないかと言われています。理由として、強いSAフェロモンを有し、一人と契約を交わした後も大勢のotherにフェロモンが作用すると言われているからです。otherの受容体に通常の倍以上作用して、otherを
この辺りはまだ根拠がしっかりしている話だ。
理玖としても間違いではないのだろうと思う。正しくもないだろうが。
「rulerはonly限定の派生でotherからは生まれないと言われていて、onlyしか有しないSMホルモンに起因するのではと指摘する学者もいますが、理論としてちょっと苦しいかなと僕は思います。SAフェロモンでotherを酔わせて奴隷契約するので、性的快楽と結び付けて
学生から笑いが起こる。
今の話を笑ってくれる学生で良かったと思う。
質問した女子学生は、最初からの微笑んだような表情を崩していなかった。
「rulerについて、出回っている話を纏めると、こんな感じです」
締めに入った理玖に向かい、女子学生がまたマイクを持った。
「向井先生の見解は? rulerはどうして伴侶契約ではなく奴隷契約するのだと思いますか?」
随分食い下がってくるな、とちょっと面倒に思った。
昨今話題とはいえ、この程度話したら納得してくれないものだろうか。
「僕個人の見解ね……」
呟いて、理玖はマイクを持った。
「あくまで僕個人の意見を述べるなら、rulerに関して、世間に出回っている推論は根本から間違っている。誰が言い出したのかわからないけど、奴隷など元より存在しない。onlyから派生したrulerに役割があるとするなら、onlyとotherが一人でも多く添い遂げられるような調整やルールを作る。強すぎるSAフェロモンでの酩酊状態はレイプなどotherの暴走を止めるためのストッパー。WOを守るための亜種です」
講堂が、しんと静まり返った。
「何の
思った以上に自分の意見を話してしまって、恥ずかしくなった。
ちらほらと、学生の間から拍手が湧いた。講堂中に拍手が連鎖して大拍手になった。
思わぬ反応に、理玖の方が驚いた。
「よくわかりました。ありがとうございました」
質問した女子学生が、ぺこりと頭を下げた。
何となく、理玖も礼を返した。
ちょうど終礼のチャイムが鳴った。
「次回は今日の続きから。質問が多そうなので、次も質問の時間は多めに取ります」
学生たちが講堂を出ていく。
さっき質問した女子学生を探したが、既にいなかった。
(あの子、初回の講義からいたかな。あんまり記憶にない。学生の顔、全部覚えている訳じゃないけど)
印象に残る学生だから、居れば気が付きそうに思うが。
そういえば今日は、積木大和の姿が見えなかった。初回から熱心に講義を受けている学生だけに、居ないと心配になる。
(風邪かな。それとも五月病かな。次は来てくれるといいけど)
頭の片隅でそんなことを考えながら、理玖は片付けを始めた。