目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第30話《5/8㈭》かくれんぼサークル

 今年のGWは短く、大学勤務の理玖と晴翔は最初の祝日と土日を休んだだけで、いつもとほぼ同じ一週間を過ごした。

 世間的にも今年は四連休程度の短いGWだったが、大学が休みを増やしたので、学生にとっては約一週間の大型連休になっていた。

 その間は部活動やサークル活動、ゼミなどを大学が推奨していたので、一週間の休暇中も大学には学生や教職員が溢れていた。

 だから、長期休暇明けという気がしない。とはいえ、既に休みが明けて三日は経過しているから平素に戻りつつあるわけだが。


「理玖さん、大変です。事件かも」


 そう言いながら研究室に戻ってきた晴翔に、ドキリとした。


「ダメだよ、は……空咲君。仕事中は先生って呼ばないと」


 改めて苗字で呼ぼうとすると、逆に照れが出る。

 ドアの鍵が締まったのをしっかり確認して、晴翔が理玖に口付けた。


「すみません。気を付けます、向井先生。でも時々、ウッカリするかもしれません」


 いつもの王子様スマイルを向けられて、何も言えなくなる。


(間違いなく確信犯的ウッカリだ……。恋人になってからの晴翔君は行動が大胆だ)


 恋人になった事実を特に公表はしていないが、秘密にもしていない。

 そのせいなのか、二人で廊下を歩いている時、普通に手を繋ごうとしたり、後ろから抱き締めたり、晴翔の行動は周囲に気付いてもらいにいっているなと思う。


 WOという第二の性の発見以降、同性でも妊娠出産できる事実から同性婚が認められた。そのお陰もあって、同性カップルは昔ほど稀有な目で見られなくなった。

 とはいっても、まだまだ珍しい類なので、一般的とまでは言い難い。


「理玖さんは、俺と恋人だってバレるの、嫌ですか?」


 捨てられた子犬のような目が、理玖を見詰める。

 そんな目で見られたら、嫌とは言えない。


「……嫌じゃない。気付いてもらった方が都合がいいのも、理解してる」


 立て続けに起こった二つの事件を踏まえて、二人の関係は敢えて秘密にしないと決めた。

 犯人が理玖と晴翔をspouseにしたかった真意は知れない。WO関連には違いないだろうが、spouseになった時点でお互いのフェロモンしか感知しないから、他のWOのフェロモンに翻弄される事態は、避けられる。


(僕らの関係を知れば、犯人は次のステップに進むはずだ。目的が分かれば、警察に動いてもらいやすい)


 事件に巻き込まれる危険はあるが、既に巻き込まれているのだから、どう動いたって起こる時は起こる。

 自然体でいよう、という結論に至った。


「照れてる理玖さん、……向井先生、可愛い」


 ホールドするように抱きしめている時点で、呼び直すのは無意味だと思う。

 嬉しいから、理玖もつい、抱き返してしまう。

 恋人になってまだ一週間程度だからか、晴翔の豹変した甘々モードに脳が付いていけない。


(こういうのを、溺愛っていうのかな。家で二人きりだともっと甘々だし、距離が近いし。嬉しいけど、恥ずかしい)


 熱くなる顔を隠すように、理玖はコーヒーメーカーに向き合った。

 二人分のコーヒーを注ぐ。


「それで? 何が事件なの?」

「そう、そうでした。ちょっと看過できない話があって……」


 コーヒーカップを晴翔に手渡すと、理玖は自分のデスクの椅子に腰かけた。

 調べるとまではいかないが、理玖と晴翔は弁当窃盗事件と報告書事件に関わりがありそうな事柄に目を光らせていた。


 報告書の一件に関して、大学側には報告済みだ。

 対策として、休み中にもう一度、鍵を変えてくれている。廊下側に防犯カメラが付いたスマートキーになった。ドアを閉めるとオートロックが掛かる優れモノだ。

 更には研究室がある二階に警備員の数を増やしてくれるらしい。理玖の研究室には基本、理玖と晴翔以外の人間は出入りしない決まりになった。


「GW明けに講義を無断欠席している学生の所在確認をするように事務に通達があったんです。去年も同じ仕事はあって、友達の家や恋人の家に泊まってた、みたいな話で終わったんですけど」


 ありがちな話だなと思う。

 大学生になって一人暮らしをしている友人や恋人の家に入り浸る学生は、それなりにいそうだ。羽目を外した学生がやらかしそうな失敗ではある。


「どうしても三人だけ、連絡が取れない学生がいて、未だに連絡が取れないんですけど。調べたら三人とも同じ、かくれんぼサークルに所属していて」

「かくれんぼサークル?」


 思わず聞き返してしまった。


「って、何をするの?」

「名前の通り、かくれんぼをするそうです。時間を決めて隠れるらしいんですが、長期だと一日とか、もっと長いと三日とかで時間設定する長期かくれんぼがあるらしいです」

「三日も隠れるの? 辛くないの?」


 三日も同じ場所から出ないとなると、もはや籠城だ。 

 トイレや食事はどうするんだろうと心配になる。


「基本は、鬼に見付からなければいいので、移動は自由だそうです。隠れている間にどこで何をしていても良いらしいけど、決まった敷地からは出てはいけならしいです」

「鬼ごっこみたいなかくれんぼだね。長期戦は辛そう」


 子供の頃に遊んだかくれんぼとは違うのだなと思う。

 大人の遊びに進化しているのだろうか。


「その辛い長期戦が、GW中に行われたようなんです。場所は大学の構内、連絡が取れない三人も参加しています」


 ぞわっと背筋に寒気が走った。

 かくれんぼをしていた子供がいなくなるなんて、神隠しみたいで怖い。


「部長の学生は全員いるのを確認して帰宅したと言っているんですが、サークルの他の子に聞いても覚えていないと話していて。何人か聞いて回ったんですが、かくれんぼ中の記憶が曖昧な子が多いんです」


 晴翔の話が段々怪談じみてきて、余計に怖い。

 手元のスマホをしきりにタップして、晴翔が理玖に画面を見せた。


「違和感があったから、学生のデータベースを調べてみたんですが。事務にだけ開示されている個人データだから、このスマホか事務のPCじゃないと閲覧できないんですけど」


 晴翔が持っているのは学内用のスマホらしい。

 言われてみれば、晴翔の私用のスマホとは色も大きさも違う。

 晴翔がスクロールした画面を理玖に見せる。


「部員の七割がWOで、その半分以上がonlyでした」


 晴翔からスマホを受け取って、改めて見てみると、確かにonlyが多い。

 チラホラとotherとnormalがいる感じだ。


(数が少ないWOの中でも、otherより少ないonlyがこんなに集まるなんて、偶然で起こり得るのか……?)


 まるで意図して集めたとしか思えない。


「現在、連絡が取れない学生は一人がotherで二人がonlyです」


 晴翔の言葉を聞きながら、スマホをスクロールする。

 知っている名前があった。


「積木君も、かくれんぼサークルに入ってたんだ。彼はotherだったのか」


 初回から理玖の講義を熱心に聞いていた学生だ。WO専攻希望だと話していた。

 自分の身にも関わる内容だからこそ、熱心だったのだろう。


「先生、積木大和を知ってるんですか?」

「え? うん。医学部の学生だよ。初回に挨拶してくれて、僕の講義にも毎回出てくれる熱心な学生で……。あぁ、でも。GW前の講義にはいなかった気がする。報告書の事件があった、あの日の講義」


 いつも最前列で講義を受けているだけに、気になった。

 晴翔が顔を引き攣らせた。


「連絡が取れないotherは、積木君です」


 理玖は悲鳴のような息を飲み込んだ。


「先生が覚えているくらい熱心な学生が講義に出ていないってことは、その頃から何かがあった可能性もありますね」


 晴翔の顔付が変わった。


「これもう、行方不明で捜索願、出したほうがいいんじゃないのか。他の二人のonlyもGWのかくれんぼ以降、連絡取れないんだよね?」


 晴翔が厳しい顔つきになった。


「それが、サークルの子に話を聞いた後で、念のため顧問の先生に話を聞きに行ったんですが。顧問が折笠准教授だったんですよ」


 思ってもみない名前が飛び出して、理玖はぐっと息を飲んだ。


「折笠先生はGW中、構内にいたらしくて。自分の責任だし心当たりがあるから探してみるって言っていて。一緒に話を聞いた伊藤さんも、折笠先生に心当たりがあるならって安心しちゃってて。結局、事務長判断で、折笠先生に一任して様子見って形になりました」


 その様子は何となく想像がついた。

 外面が良くて物腰柔らかな折笠の態度に騙される人間が多いのを、理研の頃から理玖はよく知っている。


「俺がデータベースを調べたのは、学生と折笠先生に話を聞いた後で、ぼんやり何かあるかもとしか考えてなかったけど。積木君の話と照らし合わせると、誘拐の可能性もあるなって思えてきました」


 理玖も同じように思った。

 WOの学生が多く所属するサークルの顧問を、犯罪組織と関係があるかもしれない助手を囲う折笠が務めていて、現在三人の学生が行方不明になっている。


「今の状況だけで充分、犯罪臭がするけどね……」


 理玖の呟きに、晴翔が厳しい顔をした。


「大学は例年通り、学生が羽目を外した程度にしか、思っていません。折笠先生が被ってくれるなら、すぐには動かないと思います」


 晴翔の言葉は頷ける。

 大学にとっては毎年起こる遊び過ぎた学生の後始末に過ぎないだろう。

 少なくとも今の時点では、そうだ。 

 犯罪的な根拠は何もない。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?