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第29話 魔法使い

 北欧では、生活の中に魔法使いが存在する。

 数々の薬の調合、薬と毒の見分け方、料理を美味しくする調味料の配合、畑を肥やす土の作り方、水を濾過する方法。そういう手法を魔法使いが人々に伝授してきた。

 科学が台頭した現代でも、魔法使いは生活の中の隣人である。


「魔法使いの魔法は様々だけど、rulerたる魔法使いは、発狂した人を一瞬で正気に戻したり、強姦を止めたり、相性の良い者同士を引合せたりする、いわゆる性に関わる犯罪や揉め事、相談を担っている場合が多かった」


 性に関する営みや悩みもまた、深く生活の一部だ。

 誰にでもはできない相談も、解決する手段を持つ魔法使いになら話せる。


の地方の人々が魔法使いと呼ぶ存在の中には、今の僕らがrulerと呼ぶ存在が確かにいて、第二の性を持つ人々の悩みを解決し、犯罪を防いでいたんだ」


 WO自体、世界共通の概念となって百年程度だ。

 概念としては新しくても、onlyやotherの性をもつ人々は古くから存在した。そういう人々を助けてきたのが魔法使いに紛れたrulerだった。


「魔法使いの中に、rulerが……。そう言われると、しっくりきますね。onlyやotherのフェロモンもそうだけど、特にrulerのフェロモンは魔法みたいに感じるかもしれません」


 晴翔の感覚は、割と一般的だ。

 フェロモンを感じないnormalの人間は、WOをファンタジーのように捉えている場合も多い。


「魔法使いの中でもrulerは互いのフェロモンを感じ取って集まり、話し合いを設ける場合も多かった。その集会は今でも続いていてね、僕はそれに参加したんだ。僕が本当にrulerなのか、どんな特性を持っているのかを知るために」


 アイスランドの一部地域、特に奥まった田舎では、今でもrulerが魔法使いとして、生活の中で生きている。歴史が古いので、rulerの集いはアイスランドで行われることが多い。

 文献はないが口伝で様々なrulerの特性が伝えられている。多くのrulerから話を聞いて回るには、集会が一番だった。


「どう、だったんですか?」


 戸惑った声の晴翔に理玖は苦笑した。


「やっぱり、rulerだったよ。集会の参加者の中に、フェロモンを感知して性質を見抜ける人がいてね。最年長の女性だったんだけど、それが彼女のrulerとしての特性らしい。それで見てもらったんだ」


 晴翔の顔に安堵したような悩んでいるような、複雑な色が浮かぶ。


「rulerはフェロモン量が多いのが一番の特徴だ。まず間違いないだろうと思っていたけど、僕が知りたかったのは、特性の方でね。でも、わからなかったんだ」


 晴翔が首を傾げる。

 その反応は間違っていないと思った。


「Get yourself a spouse. Let's talk about that.って、いわれたんだよ」


 理玖は晴翔に向かい、微笑んだ。


『あなたは伴侶を得なさい。話しはそれからよ』


 そういった女性は理玖に向かって微笑んだ。

 百歳を超えているとは思えない黒髪に艶のある肌で青い瞳を光らせた女性の言葉は、科学に関わる理玖にも神秘的に映った。


「それって、俺をspouseにしたら、理玖さんがrulerとして覚醒しちゃうってこと、ですか?」


 晴翔が不安そうに問う。

 覚醒という表現が、中々にファンタスティックだなと思う。


「覚醒というより、落ち着くんだと、あの時の僕は理解した。spouseがいるonlyはフェロモンが安定して穏やかになると学んでいたし。実際、僕のフェロモンは量が多いだけじゃなくて刺激が強いらしくて、ロンドンでも何度か危ない目に遭っていたから。けど、spouseを得るなんて無理だと思ってたんだ。だから、諦めてた」


 人付き合いが下手で、レイプ事件以降、人と距離を詰めるのが苦手になってしまった自分が、生涯の伴侶を得るなんて不可能だと思っていた。


「晴翔君を想うようになってから、フェロモンも、僕自身も、少しだけど変わった気がする。それは悪い変化じゃないと感じているんだ」


 理玖は腕を伸ばして晴翔に抱き付いた。


「まだわからないコトだらけだけど、rulerの僕の変化を晴翔君に一緒に感じてほしい。僕にどんな特性があるのか、一緒に探してほしいんだ」


 こんな願いを伝えられる相手が、自分の人生に現れるなんて、思わなかった。

 晴翔の腕が、理玖を強く抱きしめた。


「俺をspouseにして、理玖さんは後悔、しませんか。rulerとしての特性が花開いたら、理玖さんを苦しめたり、しませんか」


 悲壮感を帯びた声が、耳元で囁く。


「後悔は有り得ない。僕のrulerの特性がどんなものか、わからないけど。spouseが晴翔君なら、悪い類ではないと思える。晴翔君には、もしかしたら迷惑をかけるかもしれないけど」


 抱く腕が強まって、理玖の体を引き寄せた。


「迷惑なんて、思わない。俺でも理玖さんの役に立てるなら、嬉しい。いつも理玖さんに貰ってばっかりで、何にも返せてないから。理玖さんにあげられるものがあるなら、全部、あげたい」


 晴翔の声が震えている。


(ずっと、そんな風に思っていたのかな。僕の方が、貰ってばかりなのに)


 ドキドキしたり、ワクワクしたり、キュンキュンしたりする相手は、晴翔だけだ。


「一番、欲しかった晴翔君を、もう貰ってるよ」


 首筋に、口付ける。

 晴翔の照れた顔が近付いて、唇を吸われた。


「理玖さん、俺ね。きっかけはあんなだけど、理玖さんのspouseになれて良かったって思ってる。ずっと好きだったけど、好きって伝えたら、好きが溢れてきて、思ってたよりずっと好きって気が付いたから」


 晴翔のあけすけな言葉に、理玖の胸が高鳴る。


「切り出せないで、あのままでいたら、こんな幸せな気持ち、知らなかった」


 重なる唇の熱が、言葉以上の想いを流し込んでくれる。


「これからは俺が堂々と理玖さんを守れる。俺の理玖さんって呼べる。だから一緒に、理玖さんの特性、探させて。理玖さんの人生に俺を巻き込んで」


 さっきから晴翔の顔がいつもより幼くて、大学では見せないような表情に感じる。


(僕しか知らない晴翔君。僕だけを見てくれる、晴翔君)


 胸が熱くて、気持ちが溢れる。


「晴翔君はもう、僕のだよ。僕も晴翔君の人生に巻き込まれたい。僕ももう、晴翔君の僕だから」


 抱き合う腕が互いに強くて、肌が擦れて触れ合うたびに、溶けてしまいそうになる。

 こんなに幸せでいいのかと不安に思うくらい、幸せだった。

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