「でも、俺と理玖さんをspouseにしたい理由って、何なんでしょう。本人たち以外に得する人なんか、いるのかな」
晴翔の純粋な疑問には、思い当たる節がある。
「恐らく犯人は、rulerとotherをspouseにしたいんだろうと思う」
晴翔が難しい顔を向ける。
「rulerはspouseを得ても、その他大勢のotherに対してフェロモンの影響力を維持する。ただし、その性質は変化して、結果的に世間がいう
spouseを得ればonlyもotherも互いのフェロモンしか感じなくなる。
今の晴翔は理玖のフェロモンしか感知しない。理玖も晴翔のフェロモンしか感じない。
だが、rulerである理玖のフェロモンは、その他大勢のotherに影響してしまう。
故に、他のotherから自分の身を守るため、SAフェロモンの催眠効果が高まりotherをtripさせる率が上がる。結果、servant契約がしやすくなる。
(使い方の問題だ。本来はservantを作るためのシステムじゃない。身を守るシステムだ。だけど、できてしまう。できてしまうなら、使いたい奴はいる)
「じゃぁ、犯人の狙いは、rulerである理玖さんを利用すること……?」
「可能性は高いね。どう利用するつもりかは、わからないけど」
犯罪集団に加担でもさせたいのか。単純にrulerがspouseを得た場合の臨床データが欲しいのか。いずれにしてもWO関連の何者かである可能性は高い。
「僕の噂を知っている人物なら、利用しようと考えるかもしれない。晴翔君は、僕の噂は、知っている?」
晴翔の顔が引き攣った。
「……少しなら、知ってます。理玖さんがonlyの中でも珍しいrulerだって噂、ですよね」
気まずそうに唇を噛んで、晴翔が思い切った風に口を開いた。
「でも! 俺は、四月に入って理玖さんに触れるようになるまで、理玖さんからフェロモンなんか感じたことなくて、やっぱり只の噂だって、きっとnormalなんだって、ちょっと、がっかりして」
言葉の勢いが徐々に弱くなる。
晴翔が俯いて、言葉を止めた。
「何も言わなくて、ごめんなさい。俺も理玖さんにotherだって知られたくなかったから、理玖さんの第二の性を聞こうとは、思えなくて」
理玖は晴翔を、ふわりと抱きしめた。
「謝る必要は、ないよ。あの噂は界隈じゃ有名だ。多少でもWOに関わりがあるなら、耳に入る。知っていても晴翔君が僕に真摯に接してくれた事実の方が、嬉しいよ」
本人の耳に入るほど有名な噂だ。晴翔が知っていても不思議ではない。
むしろ噂を知っていても、自然体で接してくれていた晴翔が嬉しい。
「俺は理玖さんがonlyで嬉しい。俺とspouseになってくれたから。だけど、俺とspouseになったせいで理玖さんが危険な目に遭うのは、嫌です」
晴翔が理玖の体を強く抱き返した。
「晴翔君のせいではないよ。むしろ僕のせいで晴翔君を危険に巻き込むかもしれない。謝るべきは、僕だ」
「俺が理玖さんを守ります。誰にも手出しさせない。理玖さんはもう、俺のです」
大きい胸に強く抱かれて、胸が甘く締まる。
晴翔の独占が嬉しくて、この胸に甘えていたくなる。
(甘えたいなら、ちゃんと話さいないといけないな。rulerについても、僕についても。本当は、spouseになる前に話すべきだったけど)
spouseの契約は胸に花の痣が現れれば成立だが、どの段階で何をきっかけに現れるかは不明瞭だ。
理玖と晴翔の場合も、気が付いたのは体を繋げた後だが、晴翔が告白をくれた時だったのか、理玖の言葉なのか、性交なのか、直接的なきっかけはわからなかった。
(契約した以上、早い方がいい。晴翔君は後悔するかな)
手放したくない温もりに触れていると、決意が鈍りそうになる。
理玖は顔を離して晴翔に向き合った。
「晴翔君は、rulerについて、どこまで知っている?」
晴翔が悩むような顔をした。
「公的な文献がほとんどないから、メディアから流れてくる俗説しか知りません」
順当な返答だと思った。
国際WO連盟が定義付けをしていない存在が、rulerだ。正解を調べる方法がない。
「まず……、rulerはonlyの派生だから、同じようにspouseを作る。世間が言っているようなservantは、実際は存在しない。やろうと思えばできなくはない、という程度だよ」
晴翔が難しい顔をしている。
間違った俗説が流れてしまうと、正しい回答を伝えるのが難しいなと感じる。
「rulerは通常よりフェロモン量が多いのが一般的でね。それは身を守るためであり、他のonlyやotherを守るためでもあるんだけど、多すぎるフェロモンでotherがtripすると、一時的にトランス状態になって催眠を掛けやすくなる。テレビなんかでよく言われている
実際にそういうrulerを見たわけではないので、何とも言えないが。
「そんな風に説明を聞くと、納得できますね」
晴翔の眉間の皺がなくなった。
「日本ではフェロモン量が多いonlyやイレギュラーを俗説的にrulerとカテゴライズしているけど、本当はそれだけじゃない。まして、メディアで取沙汰されているDollのような存在でもない」
国際WO連盟が定義していないから、どこの国もrulerを国家認定していない。onlyとotherのように国家認定の証明書は発行されない。だが、rulerというカテゴリーがないと不便なのも事実だ。
「rulerの本当の特異性は別にある。僕はそれが知りたくて、ロンドンの大学を選んだんだ」
レイプ事件の時、理玖のフェロモン量を調べた医師が愕然としていた。それくらい、理玖のフェロモン量は日本人の規定値を超える多さだった。
「WOは一説に、スキンシップが盛んな国に多いと言われる。日本人は肌の触れ合いが少ない民族だから、WOが少なくフェロモン量も少ないとされるんだ」
「それ、理玖さんの文献で読みました。俺が理玖さんに触れたら、理玖さんのフェロモン量は増えるの?」
晴翔が不安そうに理玖の頬を撫でる。
「絶対値の問題だから、それはないよ。むしろ穏やかになって、落ち着く。興奮する時も、あると思うけど」
晴翔に胸キュンしまくったら、フェロモンの量も濃度も絶対値を振り切る自信がある。
触れていた頬に晴翔が口付けた。
「本当だ。温かくて、甘いね」
花の蜜のような甘い香りがする。
(affectionフェロモンが出てるのかな。嬉しいって思ってるの、隠せないな)
晴翔にとっては喜ばしい話ではないと思うのに、理玖を抱いたまま聞いてくれるのが嬉しい。
肌を撫でられたり口付けられると、愛おしい気持ちが増す。
甘える時や気持ちを話す時だけ敬語を忘れる晴翔が可愛くて、余計に気持ちが溢れる。
「ロンドンは北欧だから、日本よりWOの人口も多いし歴史も古いですよね。研究も盛んでビックデータを持ってるのもEUだって……、これも理玖さんの本で知った話だ」
恥ずかしそうに晴翔が理玖の肩に顔を預けた。
大衆向けに出したWOの本が、そういえば何冊かあったなと思い出した。
「僕の文献や本、いっぱい読んでくれていて、嬉しいよ」
晴翔の耳に口付ける。ちょっとだけ熱いし、赤い。
可愛くて、思わず髪を撫でた。
「rulerを知るために、理玖さんはロンドンに行ったんですか?」
晴翔の問いかけに、少しだけ言葉が戸惑った。
「ん……、そうだよ。でも理由は、それだけではなくて。本当は日本の高校に進学するつもりでいたけど、僕の地元は田舎だから。ちょっと離れる程度じゃレイプみたいにセンセーショナルな噂は付いて回るし、どうせなら国外に行こうと思った。折角行くなら、知りたい真理を知れる場所がいいからね」
晴翔が理玖の肩に顔を預けたまま、ぎゅうっと体を抱きしめた。
体に晴翔の腕が絡み付いて、胸がじんわり熱くなる。
「WOの起源は北欧とされる。可能性が一番高いのがイギリスだった。北欧になら本物のrulerがいる。僕が会いたかったrulerはアイスランドにいた」
「アイスランドにいる、本物のruler?」
晴翔がくりっと、顔を向ける。
「地元では、魔法使いと呼ばれる人々だよ」
理玖の言葉に、晴翔が目を見開いた。