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第32話《5/9㈮》捜索開始 

 探すといっても、素人が行方不明の人間の捜索をするには限界がある。

 一先ず、かくれんぼサークルについて調べてみようという話になった。

 次の日の午後から時間を見付けて、情報収集を始めてみたのだが。


「やっぱり、今以上の情報は出てきませんね」


 PCを確認しながら、晴翔が呟いた。

 今日の午前中の講義にも積木の姿がなかった。理玖の中に小さな焦りが湧いた。


「慶愛大学の中だけの活動で、他校との交流もなさそうだから、ソースが少ないね」


 同じようにPCに目を向けたまま、理玖も応えた。


 思いつく範囲で検索を掛けてみたものの、具体的な内容がヒットしたのは学内向けのサイトだった。

 慶愛大学のHPには、サークル一覧に紹介文が載っているが『本気でかくれんぼをするサークル』としか書かれていない。


 学内用のサークル紹介も似たような説明だが、気になる内容が記載されていた。


『紹介以外の入部は受け付けません。入りたい人は鬼になったつもりで隠れているサークル員を探しましょう。かくれんぼは、もう始まっている』


 それだけなら、かくれんぼサークルらしい勧誘の煽り文句に思えるが。


『隠れた花や蝶と出会いたい人は、是非入部してください。顧問は折笠悟准教授です』


 知っている人間ならWOを想起する文章に取れなくもない。

 折笠は内分泌内科でWO研究をする、理玖と同列の学者だ。


「大学に提出されているサークル出願にも、かくれんぼをするサークルと書かれているだけだし、同じ内容で認可されています。あと確認するなら、学生用の掲示板かな」

「学生用の、掲示板?」


 晴翔がPC画面を開いて理玖に見せた。


「大学が管理している慶大生用のオープンチャットです。全体のもあるけど、グループごとのもあって。かくれんぼサークルのグループチャットもあるんですが、鍵がかかっているので、流石に事務員でも許可なく閲覧はできないですね」


 最近は個人情報の管理が厳戒だから、許可を取るのも大変そうだ。

 学生の基本データベースなら、事務員は仕事上必要だから閲覧権限があるのだろうが。関わりのないサークルチャットの閲覧許可を得られるだけの理由が、晴翔にも理玖にもない。


「サークルに入っている学生に、見せてもらえないだろうか」


 行方不明になっていないサークル員もいる。

 サークル員の名簿は事務員の晴翔が正式な手続きを踏んで入手している。

 出来ればGW中の長期かくれんぼに参加した学生にチャットを閲覧させてもらって、あわよくば話を聞けるのが良いのだが。


「サークル員を当たるのは難しいかもですね。行方不明の子の話を聞いた時も、やけに口が堅くて聞き出すのに苦労しました。チャットを見せてくれるかは微妙、というか絶望的な気がします」


 実際に話を聞いている晴翔の感想だ。実感が籠っている。

 理玖はサークル名簿を眺めた。

 サークル員は二十名程度、サークル長の鈴木圭は文学部の四年生だ。

 部員たちの学部は多岐に渡っている。中には医学部生も、ちらほらといる。


「二年生と一年生なら、僕の講義に出ている学生がいるはずだから、それとなく話しかけて……」


 自分で言いながら、口籠った。

 積木大和は自分から話しかけてくれたから記憶に残っているが、それ以外の学生は、正直わからない。


(それとなく話しかける、なんて高等な話術、僕には不可能だ)


 人と距離を取ってきた理玖にとって、普通に話すのが既に高等テクだ。

 そんな理玖がぎこちなく話し掛けたところで、打ち明けてくれるはずがない。学生との会話に慣れている晴翔ですら聞き出せなかった話を理玖が聞き出せるとは、到底思えない。


「名簿の中には、他の部活で接点がある学生もいるから、俺が当たってみますよ」


 理玖の顔を眺めた晴翔が苦笑いしている。

 眉間を軽く押されて、顔が仰け反った。


「だから難しい顔しないで。眉間に皺が寄ってますよ」


 額に口付けられて、何とも言えない気持ちになる。


「他の部活って、掛け持ちしているってこと?」

「制限ないから、サークルや部活を掛け持ちしている学生、多いですよ。バスケ部やサッカー部の学生とは、それなりに仲が良いから、もしかしたら何か聞けるかもしれないです」


 そういえば晴翔は、バスケ部やサッカー部の朝練によく混ざっている。


「無理は、しなくて、いいよ。晴翔君に何かあっても、心配だから」


 俯きかけた顎を上向かされて、唇が重なった。

 晴翔の目が理玖の目を射抜く。


「本音は、それだけ?」


 見詰められて動けない。

 理玖は観念した。


「学生と仲良くしている晴翔君は、あんまり見たくない。ちょっとだけ、妬く」


 普通に格好良い晴翔は、学生からしたら頼りがいのあるお兄さんに映りそうな気がする。普段、女子に囲まれている感じからしても、モテるんだろうと思う。


(そんな人がどうして僕なんかを好きになってくれたのか、謎だけど)


 晴翔の腕が伸びてきて、抱きしめられた。

 さっきより強く唇を吸われて、深く口付けられた。


「ふ……ぁ……、晴翔くん、まだ、仕事ちゅ……ぅ、ん……」


 絡まる舌が深すぎて、思わず感じた声が漏れた。


「理玖さんが嫉妬してくれるの、マジ嬉しい。無駄に学生に絡みそう」


 晴翔が本当に嬉しそうにするので、理玖の方が照れ臭くなる。


「……そういうのは、嫌だ」


 呟いたら、また強く抱きしめられた。

 素直に気持ちを言葉に乗せてくる晴翔が可愛くて、理玖も抱き返した。


 研究室のドアがノックされて、理玖と晴翔は弾かれたように離れた。

 互いの顔を見合いながら身嗜みを確認する。


(こういう不測の事態があるから、やっぱり仕事中のイチャイチャは控えよう)


 理玖が軽く反省している間に、晴翔が返事しながらドアの鍵に手を掛けた。開く前に、動きが止まった。

 ドアに耳を押し当てて、外の音を聞いている。


「どうしたの?」


 理玖も近付いて、ドアに耳をそばだてた。 

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