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第33話 学生と警備員

 研究室の扉の向こうで、誰かが言い合いをしている気配がした。

 晴翔の真似をして、理玖もドアに耳を押し当てる。


「俺はただ、事務の空咲さんに用事があって来ただけで」

「向井先生の研究室は関係者以外、立ち入り禁止だ。事務員なら他にもいるだろう」

「空咲さんに話があんだよ。この大学の学生なんだから、講師の部屋に入ったって問題ありませんよね」


 どうやら学生と誰かが話をしているようだ。

 学生の声は、苛立っているようにも焦っているようにも感じる。


「俺に用がある学生みたいですね。もう一人は、警備員さんかな」


 理玖の研究室がある二階は警備員が増員されて、常に二人が巡回している。

 学生が扉をノックした時点で警備員が止めたのだろう。


「まぁまぁ、國好さん。部屋に来ただけなのに、怖い顔で睨んだら可哀想っすよ。君、何年生? 学部と名前は? 空咲さんに何の用事?」


 別の警備員がフランクな調子で話し掛けている。

 先ほどの警備員ほど警戒を顕わにしていない感じだ。


「文学部一年の真野祥太です。相談に来ただけですよ。もう入っていいですか?」


 学生が素直に答えている。


「國好さんと、真野君?」


 呟いた晴翔がドアのカギに手を掛けた。


「知り合い?」


 理玖の問いかけに、晴翔が頷いた。


「國好さんは時々、夜間警備で一緒になる警備員さんです。真野君はバスケ部の学生で、かくれんぼサークルにも名前がありました。俺が当たろうと思ってた学生です」


 そういえば、警備の数が足りなくて男性事務が夜間警備に駆り出される話を前に晴翔から聞いた。

 理玖はテーブルに置いたかくれんぼサークルの部員名簿を手に取った。


(真野祥太。確かに、かくれんぼサークルに名前がある。彼は、normalか)


 真野の用事は知れないが、このタイミングでサークル員の方から接触してくるのは有難い。


「招いてみようか」


 理玖の言葉に頷いて、晴翔がドアを開けた。

 ドアの前で言い合いをしていた警備員二人と学生が、同時に晴翔を振り返った。


「空咲さん!」


 晴翔の姿を確認した真野が、飛びつく勢いで駆け寄った。


「どうしても聞いてほしい話があるんだよ。聞くだけでいいから、聞いて!」

「それは、構わないけど……」


 晴翔に縋り付く真野の顔は必死だ。

 そんな真野を警備員が引き剥がした。


「あんまり迫ったら空咲さんが困っちゃうよ。一旦、落ち着こうか」


 話し方からして、フランクに名前を聞いていた警備員だろうか。若くて人好きしそうな顔をしている。その後ろに、むっすりと無愛想な顔の男が警備員の制服を着て立っている。


(あの人が、クニヨシさんかな。クニヨシって、どんな字、書くんだろ)


 二人ともネームを付けていないから、名前がわからない。

 だが、クニヨシという名前と愛想のない顔には既視感があった。


栗花落つゆりさんも夜間から昼間に移ったんですか?」


 晴翔が警備員に声を掛けた。

 どうやら、もう一人の警備員とも晴翔は知り合いらしい。


「そうなんす。俺と國好さん、五月から第一研究棟二階に常駐っす。だからね、こういうのは、見過ごせないんすよ」


 真野をやんわりと抑えながら、栗花落と呼ばれた男性が困った顔をする。

 後ろで國好が晴翔と理玖に向かって小さく頭を下げた。


(第一研究棟二階に常駐……。つまり僕の研究室の警備か。弁当窃盗も報告書の件も把握しているんだろうな)


 弁当窃盗は学生が犯人と目されている。学生が研究室に近付くのは警備員としては警戒するのだろう。

 真野は文学部と言っていたから、理玖の講義を受けている医学部生ですらない。接点がない学生だから余計だろう。


「俺は空咲さんと顔見知りだよ。話しにきただけなのに、なんでアンタらに止められなきゃならないんだ!」


 真野が声を荒げた。

 事情を知らない真野からしたら理解できない状況だろうと思う。


「空咲君、部屋の中で話すといい。真野君、入っていいよ」


 理玖の言葉に、真野がようやく落ち着いたようだった。


「ならば我々も同席させてもらえませんか」


 後ろに控えて黙っていた國好が前に出て、理玖に声を掛けた。


「なんで警備員が同席する必要、あるんですか? 向井先生が有名人だから? 特別警備なんですか?」


 流石に真野が不振がっている。

 それはそうだろうと、理玖も思う。


「國好さんは仕事熱心で真面目だから、グイグイいっちゃう時あるんすよ、すみません。悪気はないんすよ。真野君も、ごめんね」


 栗花落が理玖に頭を下げながら、真野を嗜めるように背中を摩った。


「俺らも仕事なんで、せめて部屋の前で張ってて、いいすか?」


 理玖が頷くと、晴翔が真野を部屋に招き入れた。


「お勤め、ご苦労様です。ありがとうございます」


 國好と栗花落を笑顔で労って、晴翔が扉を閉めた。

 晴翔に促されてソファに座った真野が小さく息を吐く。一先ず部屋に入れて安心したのだろう。だが、その顔はまだ引き攣っていた。


「俺に聞いてほしい話があるんだよね? 向井先生は同席してて、大丈夫?」


 晴翔がコーヒーを出しながら、真野に問う。

 真野が理玖に、ちらりと目を向けた。


「向井先生にも、聞いてもらえたら……。そう思って、研究室に、来ました」


 真野の顔が思い詰めている。

 理玖は晴翔と顔を見合わせた。


「僕にも聞いてほしいってことは、WOに関係した話だね」


 真野が顔を上げた。

 助けを求めるような表情が、総て肯定している。


「……onlyの友達と、連絡、取れなくなって……。大学も、警察も取り合ってくれないし、どうしたらいいか、わからなくて。空咲さんなら、向井先生の助手になったって言ってたし、もしかしたらって、思って」


 真野が言葉を選ぶように話す。


「もしかして、かくれんぼサークルの話?」


 理玖の問いかけに、真野の顔が引き攣った。


「実は俺たちも、かくれんぼサークルが気になって、調べていたところだったんだ。知っていることがあるなら、何でもいいから教えて欲しい」


 隣に腰掛けた晴翔に、真野が縋りついた。


「助けて、空咲さん。このままじゃ、友達が……祐里が、洗脳されて、連れていかれるかもしれない」


 物騒な言葉と真野の必死な表情に、理玖と晴翔は息を飲んだ。

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