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第38話《5/10㈯》休日①

 土曜日の朝、理玖は晴翔に後ろから羽交い絞めにされる勢いで抱きしめられていた。


 恋人になってから、金曜は二人で理玖のアパートに帰ってくるようになった。

 土日を二人で過ごし、月曜日には同じ家から出勤する。

 お陰で、理玖の部屋に晴翔の私物が増えた。


「俺は反対です。絶対に嫌です。俺が一緒に行くとしても、行かせたくないです」

「まだ言ってるの?」


 昨夜、ベッドの上でも散々言われた。


(エッチしている時なら、やめるっていうと思ったのかな)


 前後不覚になる程度には善くされてしまうから、うっかり頷いたりは、するかもしれないが。


「大学の研究室で話すだけだし、問題ないよ。國好さんも一緒に来てくれるから、安心だよ」


 昨日、真野に折笠と話し合いをすると宣言して、結果を後日伝えると話し、帰した。

 真野が出てくるまで部屋の前に張り付いていた國好に、折笠の所に行く時の警護をお願いしてみたのだが。


『我々の実務は向井先生の警護なので、問題ありません』


 あっさりと承諾してくれた。

 警備の実情も、さらりとあっさり吐露してくれた。


 あっさりいかなかったのは晴翔で、理玖が折笠の所に行くのを、昨日から全然、許してくれない。


「折笠先生のところには、佐藤がいるんですよ。理玖さんはrulerだから、佐藤には理玖さんのフェロモンが効いちゃうんですよ。危険しかないじゃないですか」


 晴翔とspouseになった理玖に、otherである佐藤のフェロモンは効果がない。 

 だが、rulerである理玖のフェロモンは、otherの佐藤に効果がある。

 佐藤だけが発情して一方的に襲われる危険性はある。

 加えて、佐藤が中学時代に理玖をレイプした元教師だと、晴翔も知っている。だから余計に心配しているのだろう。


「しかも理玖さん、折笠先生にずっと言い寄られてたんでしょ。殴らない自信がないです」

「殴るのは、良くないね……」


 晴翔の発言が何とも物騒だ。

 理玖より晴翔の方が、色々と危ない。


(独占欲が強めだなとは思っていたけど、これは、束縛、だろうか)


 理玖の身を案じて止めてくれている訳だから、束縛とも違うのかもしれないが。

 何にせよ、理玖としてはちょっと嬉しい。


「でも、僕らの事件とかくれんぼサークルに共通していそうなのは折笠先生と佐藤だから、話をしないことには進展しないと思うんだ」


 無理やり見つけた、唯一ギリギリの共通点だ。

 最悪、理玖たちの事件に関係がなかったとしても、かくれんぼサークルで行方不明になっている学生については話を聞ける。


「心当たりがあると言った以上、折笠先生は積木君たちについて、何かを知っている。それを聞き出せるだけでも、収穫だよ」


 晴翔を振り返る。

 不貞腐れたような目を逸らした。


「理玖さんの言いたいことは、わかります。だけど、それは、理玖さんがやらなきゃ、ダメですか?」


 晴翔の腕が理玖を包み込んだ。


「学生は心配です。だけど俺は、理玖さんの方が大事だ。危険だとわかっている相手に接触させたくない」


 晴翔が理玖に抱き付く。包んでくれているのに縋っているみたいだ。


「大丈夫だよ。折笠先生とは、もう何度も話している。佐藤だって、晴翔君や國好さんが一緒にいる場所で何かしてくるとは思えない」


 理玖は晴翔に手を伸ばした。


「晴翔君がいれば、僕は大丈夫なんだ。他人のために何かしようなんて、今までの僕なら考えもしなかった。晴翔君が隣にいてくれるから、やってみようと思うんだよ」


 手で顔を包んで、晴翔の目を見詰める。


「隣に、いてくれるんでしょ?」


 晴翔の目が照れて、頬が赤らんだ。


「理玖さん、狡い。そんな風に言われたら、ダメって言えなくなります。絶対に隣りにいるけど、俺が守るけど」


 理玖を抱きしめて晴翔が体を揺する。駄々を捏ねている子供のようで可愛い。

 思わず頭を撫で撫でした。


「正直な意見を言うなら、警察が介入しても良さそうな時期ではあると思うんだけどね」


 GWが明けて、次の土日になった。

 かくれんぼの終了から五日、開始から数えるなら十日が過ぎた。事務員が所在確認を始めてからですら、既に三日が経過している。


「俺もそう思います。深津君から親御さんにメッセがあったとはいっても、積木君や白石君はまだ連絡が付かないわけだし、放置していい状況じゃなくなってるはずなのに」


 晴翔が唇を噛む。

 理玖は晴翔の腕を離れて、ノートと筆記具を取り出した。


「軽く、現状を整理してみようか」


 ボールペンをサラサラと滑らせる。




4/28(月) WOの講義 積木欠席

4/29(火) 学生GW start かくれんぼ準備(2年生以上)

4/30(水) 1年other組かくれんぼ開始(積木参加)

5/1(木) 真野→積木にメッセ→返事なし 深津・白石にメッセ→返事あり

5/2(金) 1年only組 かくれんぼ開始(深津・白石参加)積木から真野にメッセの返信くる

5/3(土)

5/4(日) 1年normal組 かくれんぼ開始(真野参加)

5/5(月) 学生GW end (真野帰宅)

5/6(火) 大学通常講義開始

5/7(水)PM 事務員 学生に連絡→積木、白石、深津 連絡つかない

      かくれんぼサークル部長鈴木、顧問折笠に確認

5/8(木)

5/9(金) 真野が相談に来る




 晴翔がノートを覗き込む。

 理玖も改めて書き出した時系列を眺めた。


「こうしてみると、事務員さんたちが学生に連絡したのが、かなり早い段階だったと、わかるね」

「毎年のことなので、GWが終わった次の日、全講義無断欠席した学生には連絡する決まりになっているんです。去年もこんな感じでした」

「なるほどね。それにしても神経質だね。休み明けに来なくなる学生は多そうだけど」


 いわゆる五月病、新学期が始まり期待と緊張で凝り固まった心が疲れ始めるのが、この時期だ。GWは、そんな心と体を休めるには良い休暇といえる。

 とはいえ、大抵の学生はバカンスに興じるから、かえって疲れて、休み明けにダウンするパターンは多い。


「事務員からの連絡を始めたのも、ここ数年らしいです。実際にいなくなっちゃった事件があったから、大学としては対策を打っておかないといけないっていう建前みたいで」

「いなくなっちゃった事件?」


 理玖は晴翔を振り返った。


「四、五年くらい前に、学生が二人、GWが終わって二週間くらい無断欠席して、親が捜索願を出して警察も動くような大事になった事件があったらしくて。結局、二人とも見付かって事件性はなかったらしいんですけど」

「見付かったって、どこで?」


 何処で何をしていてもいいが、せめて親に連絡くらいしておけば、大事にもならなかったろうにと思う。


「それが、男子学生の一人暮らしのアパートで二人一緒にいるところを発見されたらしいんですよね。二人は大学で知り合って付き合い始めた恋人だったみたいなんですけど。男子学生がonlyで女子学生がotherのカップルで。ずっとセックスしてたって話していたみたいです」

「ずっとって、二週間も?」


 WOのカップルなら、互いのフェロモンに煽られて止まらなくなる状況は想定できる。とはいえ、二週間の間に他者に連絡を入れるくらいの余裕はあるはずだ。


「そうみたいです。でも、捜索願を出す前にアパートの部屋を確認した時はいなかったって、男子学生の親は話していたらしくて。二人が無事に見付かったから、それ以上の詮索はしなかったって、伊藤さんは教えてくれたけど。この話も、よく考えると違和感、ありますね」


 晴翔が首を捻った。


「そういえば、慶大が職員や学生に第二の性の提出を義務付けたのも、その事件がきっかけみたいですよ」

「珍しいと思ったけど、そういう事件があったんだ」


 日本では、第二の性の提出は基本、任意である場合が多い。

 運転免許証やパスポートのような公的証明書で義務付けられている程度だ。

 職場や学校での提出を義務付ける法律はない。


「そんな事件をきっかけに所在確認までしているんだから、もっと本腰入れて積木君たちを探してくれてもいいのにな」


 晴翔がしみじみと、理玖が書き出したメモを眺めた。


「もしかしたら、大学はもう、動いているかもしれないね」


 晴翔が理玖に不思議そうな目を向ける。

 理玖は晴翔の手からメモしたノートを受け取り、ペンを持った。


「例えばここに、僕らの事件を書き加えるとする……」

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