お父様が王宮に呼び出されたのは昼過ぎだった。
夕暮れすぎに帰ってきたお父様は、私に優しく微笑みかけた。
「リリー、お前とロバート王子の婚約パーティーを行うそうだ」
「え? 今なんておっしゃいました?」
私は突然の話におどろいて聞き直した。
「婚約パーティーは三か月後に行うそうだ。急いで準備をしなくてはいけないな」
「そんな急な話……」
ロバート王子のことは嫌いではない。だけど、婚約パーティーなんて考えていなかった。
「第二王子とはいえ、王子の婚約だからな。最初ロバート王子は渋い顔をしていたが、「伯爵の娘では紹介したくないだろうが」と国王が仰せになった瞬間、豪華なパーティーにしてくれと意見を変えられた」
「そうなんですか」
私はロバート王子の短絡的な態度を聞き、すこしあきれた。
***
婚約パーティーで見世物になるのは嫌だと渋る俺に父上は言った。
「リリー嬢は身分違いだからな。婚約を知らしめるのはお前も恥ずかしいのだろう? せめて公爵令嬢くらいの立場だったら話は違うかもしれないが」
俺が「リリーに恥じるところはない」と父上に反論する前に義姉のレイシア妃が言った。
「確かにリリー嬢をお披露目するのは気が引けるかもしれませんね。伯爵令嬢ですもの」
俺は腹が立っていることを隠す気もなかった。
「豪華な婚約パーティーにしてくれ。どんな令嬢もうらやむような豪華なパーティーだ!」
伯爵令嬢という身分だったらなんだというのだ? 俺は腰に手を当てたまま、ため息をついた。
俺のリリーが恥ずかしいはずなどない。
美しいリリーを見て、皆驚けばいい。
俺の妻はリリー以外に考えられない。
***
婚約パーティー当日。
夜になる少し前の空が赤く染まる時間に、私達アーチャー伯爵家は王宮にやってきた。
受付で名乗ると大広間に通された。王、アレン王子、レイシア妃、そしてロバート王子に挨拶をする。ロバート王子は私に言った。
「今日はお前を俺の婚約者として大勢に紹介する。笑顔を絶やすんじゃないぞ」
「……はい、ロバート王子」
私は不安になってロバート王子をそっと見る。ロバート王子は眉間にしわを寄せ、ぶつぶつと何か言っている。
「ロバート王子、何か問題でも?」
「なんでもない」
ロバート王子は私を全身を見回した後、小さく頷いた。
王とアレン王子、レイシア妃が中央に座り、その脇にロバート王子と私が立つ。
婚約パーティーの主役として、私とロバート王子はパーティーのゲスト達を迎えた。
「ロバート王子、おめでとうございます」
「エイリー公爵、ようこそおいでくださいました。こちらが婚約者のリリーです」
次々と現れる高貴なお客様に気後れしそうになるたび、ロバート王子が私の肩に回した手に力を込めた。
私は姿勢を正し、微笑む。
「リリーと申します。よろしくお願いいたします」
一時間が過ぎても、ゲストは絶えなかった。
「……ふう」
私が思わず息をつくと、ロバート王子が方眉を上げ、ちらりとこちらを見た。
「疲れたか、リリー? 少し休んでくると良い。何か飲んで来るといい」
「ありがとうございます、ロバート王子」
私は国王たちに会釈をしてから、広間の隅の飲み物が置いてあるテーブルに向かった。
ぶどうジュースを手に取り壁際に飾られた花瓶脇の椅子に腰かけて休んでいると、知らない男性に声をかけられた。
「リリー・アーチャー嬢?」
「はい?」
私が笑顔を浮かべると、男性はニヤリと笑って、壁際に飾られている大きな花瓶を私の方に押した。
「え……?」
私の肩まであるような大きな花瓶が、ぐらりと揺れ、私の方に倒れてくる。
「避けろ! リリー!」
ロバート王子の声がした。
私は腕をグイっと引っ張られ、壁際から離された。すんでのところで花瓶に当たらなかったことにほっとしていると、私をかばったロバート王子の腕に重く大きな花瓶がぶつかろうとしている。
ドンッ……ガシャン!
花瓶は私をかばってくれたロバート王子の左腕にぶつかった後、床に落ちて粉々になった。
「ロバート王子!」
私はロバート王子に駆け寄った。
「怪我はないか?」
「私は大丈夫です。ロバート王子は……びしょぬれじゃないですか? 痛いところはありませんか? 腕は大丈夫ですか?」
ロバート王子の手を取り、質問攻めにする私をみて、ロバート王子は苦笑した。
「……俺は大丈夫だ。ちょっと着替えなくてはいけないが」
ロバート王子は髪や体に落ちた花々を払いながら、壁から一歩離れる。顔を上げ、辺りを見回した後、良く響く声で言った。
「あの男を捕まえろ!」
ロバート王子は騒ぎに紛れて逃げようとしていた見知らぬ男を指さしている。衛兵が慌てて男を取り押さえた。
「お前のドレスが汚れなくて良かった」
ロバート王子が左腕を上げて私の頬を撫でようとしたとき、顔をしかめた。
「ロバート王子、やはり怪我をされたのですか?」
「たいしたことはない。軽い打ち身だろう」
騒ぎを聞いて、アレン王子とレイシア妃が駆け付けた。
「どうした、ロバート? その恰好は……?」
「まあ、ロバート殿下、どうしてこんなことに?」
「リリーを狙って嫌がらせをしようとした男がいた。あいつは一体何者だ?」
ロバート王子の眉間にしわが寄っている。
「……とりあえず着替えてこい、ロバート」
アレン王子の言葉に、ロバート王子が頷いた。
「私もロバート王子のそばにいてよろしいでしょうか?」
私はロバート王子の手に、自分の震える手を重ねた。
「かまわない」
ロバート王子が、私の手を優しく握った。
着替えが終わるまで、私はロバート王子の部屋の前で兵士たちと待った。
ロバート王子が新しい礼服に着替えて出てくると、私は頭を下げた。
「あの、本当に申し訳ありませんでした。ロバート王子」
「お前のせいじゃない」
ロバート王子は右手で私の頬をなでると真面目な顔で言った。
「リリー、お前に怪我がなくて良かった」