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第5話 自転車デート

「ちょっと早く着きすぎちゃったかな?」

少し息を切らしながら奈々が言った。


今日は、バレーボールサークルの練習日。普段使っている体育館は車だと15分、自転車だと50分ほどの距離にある。


「高校生の移動手段といえば自転車!」

奈々がそんなことを言うので、普段は車で行くバレーボールサークルの練習に行っているがこの日は二人で自転車で行くことにした。しかし、自転車で行ったことはなかったので余裕を持って出ることにしたら予想以上に早く着いてしまった。


普段、自転車に乗る習慣がないのでロードバイクのようなかっこいい物ではなく、前かごと後ろに荷台がついた変哲もない自転車だ。それでも、二人で並んで自転車を漕ぐのは車の中とは全然違う景色が見えて楽しかった。風を切る感覚も久々に味わったが心地よい。普段は車のエアコンばかりで、外の気温や風を感じることがなかったので久々の自転車は自然を感じられて良い気分転換になった。



奈々とのサイクリングは思いのほか楽しくて、自転車もいいなと思ったが体育館に着いた時に他のメンバーから掛けられた言葉で一気に気持ちが変わった。


「孝志っち今日は二人で自転車で来たの?仲いいね!」

「なに、ダイエット?」



(違うの!自転車デートなの!!!)

奈々が心の中で叫んでいるように見えたが、絶対内緒と約束しているので口を紡いでいるようだ。



「……ま、まあ、そんなとこ。たまにはいいかなと思って。」

俺は苦笑しつつ、適当に答えた。


(青春ごっこなんて口が裂けても言えないよな…)


もしここで「高校生みたいなデートがしたくて」なんて言ったら、33歳の大人が何を言っ

てるんだと思われ、サークルで会うたびに笑いのネタにされるのは目に見えている。



大人になったカップルが車があるのにわざわざ自転車で移動するのは、運動不足解消やダイエットと思われるらしい。青春には程遠い現実を目の当たりにした。



「ごめん。みんなには秘密って約束だし、ああ言うしかなかった。」

練習が終わって解散してから奈々に話しかけた。


「ううん、別に。タカ君に対して怒ったりしているわけじゃないよ。ただ私たちがやるとダイエットだと思われるんだ、と思っただけ。自転車で一緒に来るのは楽しかったけどね。」


「そっか……」

俺は何て声をかけたらいいのか少し迷った。


「でもさ、高校生には高校生の、大人には大人の楽しみ方があるんじゃないかな。確かに、自転車で来るのはダイエットとか思われちゃうかもしれないけど、二人で一緒に時間を過ごすのは、高校生の頃と変わらない大切な時間だよ。それに、俺にとっては奈々とこうして一緒にいられること自体がすごく青春っぽいんだ。」



あんなに青春っぽいって何だよ。と思っていたのに奈々を励まそうと「一緒にいると青春っぽい」なんてくさいセリフを言う自分に驚いた。



「ほんと?」

しかし、奈々は嬉しかったようで先ほどまでの曇った表情は消えていつものキラキラした瞳で俺を見ている。



「そうだよ。だって、こうして奈々とちょっとしたことで笑ったり、こうして一緒に運動したりするのって年齢なんて関係ないと思うんだ。それに、ほら!!」

俺は自分の自転車を指さした。


「俺の自転車ちょっと古くてギシギシ言うんだけど、奈々の隣を走ってると、その音すらなんだか楽しいんだよね。」


奈々はクスッと笑った。

「タカ君、ありがとう。」


誰もいなくなった帰り道。少し疲れて行きよりもペダルを漕ぐスピードを落として、鳥の鳴き声や道端のたんぽぽを見ながら、夕焼け空の下を二人でゆっくりと進んでいく。


「ねぇ、帰り道少し寄り道して帰らない?」

奈々がふとそう言った。


「いいね!奈々、練習終わりで疲れていない?」


「大丈夫!スピードは落ちたけどこうして自転車で出掛けるのもいいね。」

そう言いつつ、奈々は立ち漕ぎをして俺を抜かしていく。


大人になった俺たちは、高校生みたいにキャッキャとはしゃげないかもしれない。でも、こうして二人で一緒にささやかな楽しみを見つけていくことこそが、僕たちなりの「青春」なのかもしれない。春の夕焼け空を眺めながら負けまいと俺も立って奈々の背中を追いかけた。


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