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第8話 雨の日デート

しとしとと降り続く雨。梅雨入りしてもうしばらく経つ。じめじめとするので嫌だけれど、隣に太陽のような奈々がいるのでそんな憂鬱な気分はすぐに吹き飛ばされた。


今日は外に出かけるのも億劫になるような雨だったので、俺の家でゆっくり過ごすことにした。お茶とポテチをつまみながらソファで並んで映画を観ている。


「今日もすごい雨だねー」


「ここのところずっと雨だもんな。洗濯物が乾かないからそろそろ晴れて欲しいよ」


「なんだかこの雨の音を聞いていると、部活の事を思い出すんだよね」

奈々は高校時代を思い出したのか少し思い出し笑いをしている。


「部活?」


「うん。バレーボールって体育館でやるでしょ?こんな大雨の日は野球部やサッカー部は練習が休みになるけど、バレー部に天気は関係ないからさ。たまには雨が降ったら休みになればいいのにって羨ましかったなって。」


「あー、分かる。俺も同じこと思った。野球部のやつらが、今日は練習休みだ!って喜んでいるのを見ていいなと思った。バスケ部と交代で体育館使っていたんだけど、体育館じゃない日は校舎で筋トレしててさ、そのスペースはバレー部の筋トレスペースとして確保されていたからいつでも使えるわけ。もう嵐で電車止まるかもしれないからみんな帰宅してくださいとか言ってくれればいいのにって思った。」


「タカ君も思っていたんだ。しかも、雨の日ってさ、体育館がすごく蒸し暑くてじめじめしてボールや床が滑りやすくなって、あんまり好きじゃなかったんだよね。」


「分かる、コートの隅に雑巾置いて靴底拭いてた」


年の差はあるけれど、学生時代は二人ともバレーボールをやっていたので話が合う。いくつになっても部活あるあるは共通の話題なのかもしれない。



「でもね、雨上がりの体育館を出た後の空気や景色は、結構好きだったんだ。冷たいけれどスッと澄んだ空気に、雨雲から少し太陽の光が差し込んで水たまりに反射しているの。水たまりも覗くと、電信柱や雲が映っていてたまに虹が見える時もあって。なんか練習がおつかれさまでした。雨で濡れないように止ましておきました。って労ってくれているような気がして。」


「そうなんだ。あんまり意識したことなかったな」


「でも、今日の雨の日は嫌いじゃないよ」


「へ?どうして?」


「だって、こうしてタカ君と一緒にお部屋の中でゆっくりできるんだもん」


そう言って奈々は俺の腕にぴたりとくっついてきた。二の腕に柔らかな感触が当たる。しかし、奈々にとっては抱き枕やクッションを握るような感覚なんだろうと思い、静かに見守っていた。


「それに、こうしてのんびり出来るのも雨だからだよ。普段だったら、どこかに出掛けたりずっと家にいるのは時間がもったいないって動き回りたくなるでしょ?雨音に耳を傾けながら、二人でゆっくり時間が流れるのを楽しみましょうって言ってるんだよ!!」


奈々の言葉を聞いていると、確かにそうだなと感じる。

常日頃、仕事や趣味などさまざまな場所へと駆け回っている。朝起きてすぐに支度をして出掛けたら夜まで帰ってこない。休日も何かしら予定を入れて外に出ている。建物の中で過ごすので横殴りの豪雨でない限り、雨の音に気付くことも耳を傾けることもなかった。


休日に、部屋でのんびりとした気持ちで雨の音を聞くのは穏やかで温かい時間だった。ただ二人でそばにいるだけで、特別なことをしなくても心が安らぐ。


「俺も、奈々とこうして一緒にいる時間すごく好きだよ」


素直な気持ちを伝えると奈々はさらに嬉しそうに微笑み、俺の手に自分の手を重ねてきた。こんなに素直に伝えるのも相手が奈々だからかもしれない。


「ねぇ、タカ君。この雨が上がったらお散歩行かない?公園の紫陽花を見に行きたいな。雨上がりの紫陽花って雨のしずくでキラキラしてすごく綺麗なの」


「いいよ。止んだら見に行こうか。」


「本当?そのあとスーパー寄ってお菓子も買い足そう」


「紫陽花じゃなくてお菓子が目的だったんじゃない?」


「どっちも目的なの!!!」

ヘヘヘっと奈々は悪戯そうに笑う。


窓の外では相変わらず雨が降り続いている。じめじめとした空気は変わらないけれど、奈々のそばにいると雨の印象が変わっていく。好きな人とのんびり過ごす時間と、雨上がりの紫陽花へのささやかな 期待が、俺の心を温かく満たしてくれる。梅雨のどんよりとした空の下、奈々との静かで穏やかな時間がゆっくりと流れていった。


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