「Ah~ふたり歩いた波打ち際~濡れる手と手~好きさ~好きさ~」
この日、奈々はペットボトルをマイク代わりにlovepopoの恋愛ソングを口ずさんでいた。夏の夕暮れ時、この曲を聴くとロマンチックな気分にさせてくれるらしい。
「海にお散歩行きたい!」
ずっと繰り返し歌っているので、海に行きたいと言うかもしれないと思っていたら予想通り奈々が俺にお願いのポーズをしてきた。俺はこのポーズに弱い。
「じゃ、じゃあ行くか?」
「やったーーー!!行く、行く!!」
テンション高く奈々が喜んでいる。その姿はぴょんぴょん跳ねるうさぎみたいだった。
「タカ君は海に向かって”好きだー!”とか”バカヤロー!”とか叫んだりしないの?」
青春好きな奈々がドラマとかでよく見るシチュエーションを話す。広大な海に向かって愛を叫んだり、思いの丈をぶちまけるアレ。
「しない。絶対にしない。」
俺は冷静に即答した。
「青春っぽいじゃん」
「青春っぽいかもしれないけど、33歳は叫ばない」
「えー今だけ17歳だよ」
奈々はその気にさせようとしているのか冗談っぽく言っているが、その手には乗らない。
「無理」
「やっぱり無理かー。でもタカ君のそういう冷静なところ好きなんだよね」
『好き』という言葉が出てくると思わず、ほんの一瞬だけニヤけてしまったがすぐに冷静な顔に戻した。一緒にいるうちに奈々も俺の反応を楽しむようになっていた。
手を繋ぎながら二人でゆっくりと海辺を歩いていると、少し遠くの方に高校の制服姿の男女がいるのが目に入った。
「ね、タカ君、青春だよ!」
正しくは高校生のカップルで”青春”には形がないのだが、奈々にとっては青春の象徴らしい。高校生カップルは私たちと同じように手を繋いで歩いていたが、流木を見つけるとそこに二人で腰を下ろして楽しそうに話し始めた。お互いチラチラと相手の顔を盗み見しながら話している。たまに目が合うと恥ずかしそうに俯くところも初々しい。遠慮がちに男の子が
女の子の方へ手を伸ばす。女の子はぴくりとして驚きながらも、嬉しそうに彼の指を眺め微笑んでいる。
「きゃ、ドキドキするね。こんなにラブラブな感じ見るの初めてかも」
遠目からでも二人の間に流れる甘い雰囲気が伝わる初々しいカップルを見て奈々は興奮しつつ一緒に照れている。
「楽しんでいるんだから、そっとしておいてあげよう」
俺はそう言って二人に背を向けた。あの二人の特別な空間を邪魔するような真似はしたくない。奈々もそっと頷いて踵を返し来た道をゆっくりと引き返した。
歩いているうちに、潮が徐々に引いていき辺りも次第に暗くなってきた。昼間の賑やかさが嘘のように、夏の海は静かで時折吹く潮風が少し肌寒く感じられる。
「昼間のままの格好で来たから、少し寒くなっちゃった」
袖の部分がシースルーでほぼノースリーブの服にショートパンツで薄着の奈々が腕を擦って小さくなっている。見るからに寒そうだ。
「思いつきで行動するからだよ」
そう言って後ろから奈々を抱きしめた。
「温かい。でもビックリした、普段外だと手つなぐ以外しないよね?」
「暗いから、今日だけ特別。」
奈々に指摘されて少し言葉に詰まり小さな声で答えた。その声が囁いているようにか細かったようで奈々は耳を赤くしている。
「タカ君、青春スキル上がったね」
「……なんだよそれ」
夕方出逢った高校生カップルみたいな初々しさはないが、大人になった今俺たちは青春っぽいことを楽しんでいる。