「周りからもいつ結婚するんだ?とか言われていて。愛からも結婚したいって言われたこともあって。俺は仕事の収入が安定したらって考えていたんだけれど、愛の方が痺れを切らしちゃって。それで……」
タカ君は言葉を選びながら、少しずつ過去を語り始めた。
「それで?」
私は彼の言葉の続きを促した。心臓がドキドキと早鐘のように鳴っていた。
「……それで激しく喧嘩して揉めるわけでもなく、なんとなく居心地悪い冷戦状態になっている時に、愛は職場の仲がいい男と一度だけ軽い気持ちで食事に行ったらしいんだ。そこで俺と上手くいっていないことが分かったことで、相手を本気にさせてしまって誘ってくるようになったらしい。結婚をはぐらかすような男より俺を選んだ方がいいとか積極的にアプローチしてきたみたい」
タカ君はそこで言葉を切った。苦しそうな表情で遠くの海を見つめている。
「最初のうちは愛も相手にしていなかったんだけど、結局……愛はその男に気持ちが移ってしまったんだ。結婚を考えられないなら別れようって言われた。俺は、すぐではないけど考えていることも伝えたけど、もう待てないってなって。ギクシャクしているうちに職場の男の子どもを妊娠して、それが決定打になって別れたんだ。」
タカ君の告白は私の胸に重くのしかかった。浮気された、という事実は想像以上に衝撃的だった。タカ君がそんな辛い経験をしていたなんて全く知らなかった。
「タカ君は考えていたのにね……」
「ああ。でも待たせていたのも事実だしね。誰にも言えずにずっと一人で抱え込んでいたんだ。サークルのみんなには、結婚でギクシャクして別れたってそれだけ伝えて浮気のことは言わなかった。」
タカ君の優しさが痛々しかった。浮気された側なのに相手の気持ちまで慮るなんて。
「浮気されたのが原因なのに、大樹君たちには言わないところタカ君っぽいね」
「別れたのは、俺と愛の問題で大樹たちとの関係は別だから。お互いにサークル好きだったから他のメンバーたちとの関係も切れてしまうのは違うかなって。愛にも浮気のことは話すつもりないから大樹や他のメンバーたちとは今まで通り付き合えばいいって言ったんだけど妊娠を機にこのサークルを去ったんだよね。」
”俺と愛”その言葉に胸がチクッと痛んだ
過去の話で私が入る場所なんてないのは分かっているのに6年という長さと結婚まで考えていた深い関係ということがただの元カノではないと感じさせ重くのしかかる。
「それからはもう連絡も取っていないし、会うこともなかったんだ。向こうも妊娠・出産・子育てでバレーからは離れていただろうし。本当、この前偶然会ったんだよね。」
きっとタカ君が言っていることは本当だろう。そうでなければ、あの気まずそうな雰囲気ではなかったはずだ。
「この前会って他のメンバーが連絡取ったら離婚していたことが分かって。今、一人で子育てしているらしい。」
この時点で情報量と衝撃が多すぎておかしくなりそうだった。
タカ君は33歳。結婚を考えた相手もいるかもしれないと考えたことはあったが、タカ君の口から聞くのと想像では感じ方も違う。そして実際にその元カノの姿を見たことによって、より鮮明に付き合っている二人を想像してしまった。
「……そっか。大樹君たちが言ってた、大丈夫と私が知っているのはそのこと?」
「うん……。4年前に愛と別れてから奈々と付き合うまで彼女いなかったんだよね。大樹たちも別れて1年もしないうちに愛が結婚・出産したから、俺のことを気にかけてくれていて。紹介とか合コンにも誘われたけど、付き合うまで進展することはなかった。そんな状態で久々に会って、しかも離婚したことを知ったから心配してくれたんだと思う。」
なんて答えていいか分からず俯いているとタカ君が再び口を開いた。
「あと愛と付き合っていたことや離婚したことを奈々が知ったら動揺して傷つくんじゃないかって気にしていたよ。」
私はようやく全てを理解した。大樹君たちの言葉の真意も、タカ君があの日見せた微妙な表情の意味も。全ては、彼の過去と、そして私への優しさから来ていたのだ。