目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第17話 ありがとう

 消えてしまった芯の姿を探すように、蒼は紅を見詰めていた。

 紅の中に、確かに芯の魂を感じる。


「蒼……、蒼」


 何度か名前を呼ばれて、蒼は顔を上げた。


「ごめんなさい、紅様。僕は霊力が使えるのに、芯を守れませんでした。大怪我させて、痛い思いさせた。本当なら、こんなに早く溶けるはずじゃなかったのに。もっと一緒に居られたのに」


 話すほど涙が流れて、止まらない。

 蒼の体を包んで、紅が抱き締めた。


「蒼のせいじゃないよ。助けに来るのが遅くなって、ごめん。俺がもっと早くに戻っていたら、芯に大怪我させなかったし、蒼に無理もさせなかった」


 蒼は何度も首を振った。


「蒼は充分、芯を守ってくれたよ。あのまま二人とも喰われていても不思議じゃなかった。芯が蒼を守ってくれたから、蒼は生きてくれた。蒼が頑張ってくれたから、芯は俺に溶けて逝けたんだよ」


 逝けた、という表現に、蒼は顔を上げた。

 紅が、悲しそうに笑んだ。


「本当は、蒼の目の前で芯を喰いたくなかったんだ。蒼には他の子たちのように妖術をかけていないし、芯とは仲が良かったから、お別れは余計に辛かったろう。ごめんね」


「逝けた」とか「喰う」という言葉を紅は滅多に使わない。

 特に、妖術をかけている子の前では「溶ける」とか「一つになる」という表現をしていた。


(もう、隠す必要がなくなったから。妖術が掛かっていない僕しか、いないから。芯が、いないから)


 本当に芯は死んでしまったのだと、感じた。


「僕じゃ……、僕じゃ、芯の傷は治せませんでした。病気も、治せません。気持ち良く、楽に死なせても、あげられない。紅様にしか、出来ない」

「蒼……」


 心配そうな指が蒼を抱き寄せる。

 蒼は紅の着物を握り締めて、縋り付いた。


「紅様は、芯を救ってくれた。最期に芯が望んだ幸せを、くれた。ありがとう、ございました。理研の子を、たくさん、救ってくれて、ありがとう、紅様……」


 きっと紅は、こんな風に何人も、何十人も、余命の短い理研の子供たちを喰って、見送ってきたのだ。

 痛みもなく、辛くもなく、気持ち良く幸せだったと思いながら、死んでいけるように。

 流れる涙が紅の着物に沁み込んでいく。

 まるで涙を拭うように、紅は蒼の顔を自分の着物に押し付けた。


「俺は、蒼の言葉に救ってもらったよ。只、喰ってきただけの俺に、お礼をくれて、ありがとう」


 蒼は何度も首を振った。

 ただの食事だと、紅自身が思っていなかったと、蒼は知っている。

 買った子供たちを可愛がって、慈しんで弔ってきたのだと、知っている。

 その度に、自分の心をひさいできたのだと、感じている。


「僕は死なないで、紅様の隣に居ます。紅様のお腹が空かないように、心が悲しくならないように、幸せになれるように。幸せを諦めないって、芯と約束したから」


 抱いてくれる手を握って、蒼は顔を上げた。


「芯が願ったのは、蒼の幸せだよ。俺の隣にいて、蒼は幸せなの?」


 蒼は握った紅の手を自分の頬に当てた。


「今は、紅様の手を握っていたいです。紅様が笑ってくれたら、僕も嬉しいから。幸せがどんなものか、僕にはわからないけど、紅様の隣で見付けたいです」


 幸せなんて感情も状態も、蒼は知らない。 

 蒼の今までの人生には、なかった言葉だったから。

 けれど、紅と一緒なら、見付けられる気がした。


「紅様と一緒に、芯との約束を果たします」


 泣き顔のまま微笑んで、蒼は紅の手の甲に口付けた。

 ニコがしてくれたように、祝福を籠めるつもりで、霊力を込めたキスをした。

 紅の手が大きく跳ねた。

 見上げると、驚いたような目が蒼を見下ろしていた。


「蒼……。やっぱり、蒼は……」


 紅が言葉を止めて、表情を改めた。

 いつものように微笑んで、額にキスを返してくれた。


「そうだね。蒼が一緒が良いと思ってくれるなら、俺は蒼を手放さない。何があっても、幸せになろう」


 強く握ってくれる手も、抱き締めてくれる腕も、嬉しかった。

 紅の中に感じる芯の魂が、見守ってくれていると思えた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?