「色彩の宝石っていうのはね、人間の宝石とは少し違って。いや、全く違う訳じゃないんだけど」
紅優が言い淀んでいる。
焦っているのか、言いづらいからなのか、わからない。
そんな二人を眺めて、黒曜が息を吐いた。
「まぁ、色彩の宝石については、流石に話しづれぇわな」
紅優が蒼愛を膝に抱いて、背中を擦ってくれる。
昂った感情をどうしようもなくて、蒼愛は紅優にしがみ付いた。
「色彩の宝石ってのはな、元々は瑞穂国の
「……臍を守る……玉?」
静かに話し始めた黒曜に目を向ける。
「ああ、文字通り石の方の宝石だよ。この幽世の創世の時には、確かに在った。この国の均衡を保っていた宝石だ。神様ってのは本来はな、色彩の宝石を維持し、守るために存在してるんだ。だが、盗まれて現世に持っていかれちまった。それ以降、色彩の宝石は瑞穂国には存在しねぇのよ」
よくわからなくて、蒼愛は首を傾げた。
そんな蒼愛を尻目に、黒曜が説明を続ける。
「どうして宝石の人間が大事にされるかってぇとな。六人の宝石が揃うと、色彩の宝石が作れると言われてんだ。もしまた色彩の宝石が瑞穂国に現れれば、紅優が均衡を守る必要がなくなる」
「え? 紅優が? 役割が、なくなるの?」
蒼愛は紅優を見上げた。
「俺の役割がなくなる訳じゃないけど、今よりは楽になると思うよ」
「今より? 楽に?」
神様の茶飲み友達よりは楽になるのだろうか。
「俺はこの国の均衡を守るために、日と暗の加護を受けているけど。妖怪には本来、相容れない加護でね。普通はこの二つの加護を受けると妖怪は浄化されて死んじゃうんだ」
「えぇ⁉ 紅優は、大丈夫、なの……?」
紅優が、眉を下げて頷いた。
「紅優自身が半分は神様みてぇな妖怪だ。だから平気なんだよ。けど、瑞穂国にそんな妖怪は紅優しかいねぇ。だから、長いこと均衡を保つ役割をしてもらってんだ」
「神様……」
黒曜の話が、妙に納得できてしまった。
神様も妖怪も変わりない。
理研に置いてあった本に書いてあった内容は本当なんだと改めて実感した。
「けどな、そもそもが紅優に均衡を維持してもらう事態が無理のある状態なんだ。半分は神様っても、妖怪は妖怪だ。本来なら色彩の宝石が、それをするべきなんだよ」
黒曜は紅優を信頼してこの役割を任せているんだろう。
だがきっと、本位ではないんだろうと思った。
紅優が目を閉じて、もう一度開いた。
綺麗な紅の瞳が、左だけ、黒い。
「紅優、左目が、ないの?」
「俺の左目はね、神様たちの加護を受けて、色彩の宝石の代わりに瑞穂国の臍で均衡を保っている。これが俺の役割の一つなんだ」
「それって、紅優の体に負担じゃないの? 辛かったり、痛かったり、しないの?」
恐る恐る紅優の左目に手を伸ばす。
目尻を指で、そっとなぞった。
「妖力は沢山使うけど、そこまでじゃない。毎月、神様に会って加護を付与してもらわないと、体が粉々に吹っ飛んじゃうけどね」
あまりに衝撃的な言葉に、蒼愛は絶句した。
「それくらい、負担だって話だ。紅優は言葉が軽いんだよ」
黒曜の愚痴は尤もだ。
蒼愛も同じに思う。
「瑞穂の国には今、宝石の人間は六人いるの? 六人が揃えば、色彩の宝石を作れるんだよね?」
黒曜が言う通り、色彩の宝石が臍で均衡を保つのが、本来あるべき状態なんだろう。
六人の宝石の人間が揃えば、色彩の宝石を作れる。それなら宝石の人間で作った方がきっといい。
「今、瑞穂国にいる宝石の人間は、
驚き過ぎて言葉にならなかった。
千年以上の歴史があるであろう瑞穂国で、蒼玉の出現率の低さに驚きを隠せない。
それ以上に、宝石の人間は揃うのが難しいようだ。
現時点で三人しかいないのは、色彩の宝石を作るには絶望的だ。
「揃える必要は、ねぇのかもしれねぇがな」
黒曜の目が蒼愛に向く。
気の毒そうな、憐みを含んだ視線に感じた。
「蒼愛は、今でも火と水と風と土、四つの属性を一人で使えるよね? もしあと二つの属性を使えるようになったら、蒼愛自身が色彩の宝石になれてしまうんだ」
心臓が、ざわりと鳴った。
「日と暗の加護を受けている俺の妖力が、蒼愛には流れている。残り二つの属性がいつ覚醒しても、おかしくないんだよ」
もし自分が努力すれば紅優の負担を少しでも減らせるのなら、何だってしたい。
「僕が色彩の宝石になれたら、紅優の負担を減らせるの? 体が粉々になっちゃたり、しない?」
蒼愛の問いかけに、紅優が顔を顰めた。
「負担は減らせるだろうよ。だが、紅優とは二度と会えなくなるかもしれねぇ。お前ぇの人生も終わるようなもんだ。蒼愛が色彩の宝石として人柱になるならな」
黒曜の言葉の意味が、よくわからなかった。
(人柱って、何だろう。話の流れ的に、生贄みたいなものかな。死ぬってことかな)
紅優と番になる前なら、それでも良かった。
けど、今は。
生きたいと思う自分の気持ちを知ってしまった。紅優と生きたいと願ってしまった。
そんな今では、受け入れられない。
(だから紅優は、あんな顔してたんだ。でも、紅優は僕を色彩の宝石として育てるって、それも自分の役割だって、言ってた)
だから、得意ではない風や土の属性も伸ばそうとしていたのだろうか。
色彩の宝石として、人柱として、神様に献上するために。
(紅優はもう、僕がいらなくなっちゃったのかな。それとも、神様に献上するしかないのかな)
そう考えたら、また涙が溢れてきた。
涙を溢れさせる蒼愛を見付けて、紅優が慌てた。
「蒼愛、泣かないで。俺は蒼愛を神様に献上しようとか、色彩の宝石として人柱にしようとは、思ってないからね」
指で払いきれない涙を、紅優が手拭で拭いてくれる。
「本当に? 僕のこと、要らなくなってない? 紅優の傍に居られる?」
紅優が腕の中の蒼愛を胸に強く抱きしめた。
「要らないわけないでしょ。簡単に手放せる相手と、番になったりしないよ」
感じる熱がいつもより熱くて、言葉が力強くて、安心できた。
体を離して、紅優が蒼愛を見下ろす。
「蒼愛は霊力や術の霊現化って、したことないよね?」
聞いたことがない言葉に、蒼愛は首を振った。
「霊力を物質にして維持する力なんだけどね。霊力量が多い蒼愛なら、色彩の宝石を一人で作れるんじゃないかと思うんだ」
あまりの提案に、すぐには反応できなかった。
「……え?」
「はぁ⁉」
黒曜も同じだったのか、時間差で蒼愛と同じように驚いていた。
「全部の属性を使えるようになって色彩の宝石を作り出しちゃえば、蒼愛を人柱にする必要はない」
「だから、風と土の属性を伸ばそうって言ってたの?」
頷いて、紅優が蒼愛を抱き上げた。
「だって俺は蒼愛を手放したくないから。一緒に居られる方法があるなら、何でもやりたいよ」
いつもの優しい笑みが、蒼愛を見上げる。
蒼愛は腕を伸ばして紅優にしがみ付いた。
「僕も、何でもする。紅優と離れないで済むなら、何だってする!」
この温もりを手放さないで済むなら、出来ることは何だってやる。
そんなものは苦労でも努力でもない。ただの通過点だ。
紅優と二人の幸せを見つけるために歩く道なんだと、蒼愛は思った。