蒼愛の霊能は紅優が思っていたより完成度が高かったらしい。
現時点では、得意な火と水の力を伸ばす方向で訓練が始まった。
霊能の訓練を本格的に始めたかった蒼愛としては、嬉しい。
初めこそ戸惑った顔で驚いていた紅優だったが、蒼愛の霊能が伸びるのを、徐々に喜んでくれるようになった。
「蒼愛は覚えが早いし、器用だね。思考も体も柔軟性があって、やっぱり術者向きだよ。霊力量も順調に増えているし、風と土の練習を初めても、いいかもしれないね」
訓練三日目、炎を円にしたり紐のように伸ばしたりする練習をする蒼愛を眺めて、紅優が呟いた。
「水は? 水はまだ、炎ほど上手く扱えないよ」
紅優が顎を擦りながら考えている。
「昨日、教えたばかりだけど。水の壁、作れる?」
炎を消して、蒼愛は水の壁を目の前に展開した。
得意ではない属性の土より、水で結界を作った方がいいとアドバイスされて、練習していた。
「いいね。その水で自分を、ぐるっと囲える?」
言われた通りに、蒼愛は水の壁を球体にして自分を包み込んだ。
「上手だね。中から外に向かって、水の飛沫を飛ばして攻撃するのも良いと思うよ」
紅優が指を弾く仕草をする。
蒼愛は首を捻った。
「水は、癒しや守りの力にしたいから、攻撃をのせるイメージがうまく湧かないかも」
『四人の魔法使い』の本の中で、水の魔法使いは、傷を治したり解毒したりして仲間を癒していた。
紅優が納得したように頷いた。
「イメージが湧かなかったり、蒼愛が納得できない力は無理に使わない方がいいね。きっと強い術にはならない」
蒼愛は水の結界を解いて、紅優に駆け寄った。
「折角、紅優が提案してくれたのに、ごめん」
紅優が微笑んで、蒼愛の頭を撫でた。
「それでいいんだよ。蒼愛が嫌だと思ったりできないと思う事、正直に教えてくれる方が俺は嬉しい。誤魔化さないで本音を教えてくれて、嬉しいよ」
本当に嬉しそうな顔をしている紅優を見上げて、照れ臭くなった。
(そっか。紅優と番になる前の僕は、紅優の顔色を窺って、望む返事を探してた。今は、余計なコト考えずに僕の気持ちを、ちゃんと伝えられた)
紅優が望んでいるのは、こういう蒼愛なんだと思った。
「火と水はかなり形になってきた。蒼愛は風で飛んだり移動がしたいんだよね。それはもう少し後かな。土では、何ができるようになりたい?」
紅優に問われて、蒼愛は考えた。
本の中の土の魔法使いは、土の壁で結界を作って皆を守っていた。
(水で結界が出来るようになったから、それ以外が良いかな。本だと、木の根を使って敵の動きを奪ったり、あとは……、あ!)
「あのね、攻撃とかじゃ、ないんだけどね……」
「よぉ! 仲良くやってるか?」
子狐に案内されて姿を見せたのは、黒曜だった。
「黒曜様、こんにちは」
黒曜の目の前に立ち、ぺこりと頭を下げる。
蒼愛の姿をとっくりと眺めた黒曜が、隣に立つ紅優に目を向けた。
「こいつぁ、随分と育てたもんだ。見違えたぜ。気張ったなぁ」
感嘆というよりは、驚きの方が強い顔で黒曜がしみじみと言った。
「蒼愛の才能だよ。俺は、こうしてみたらいいよってアドバイスしかしていないから」
「へぇ、さすが蒼玉だ。霊力量が増えて、余計に力が増したな」
黒曜の感心する姿に、紅優の顔が暗くなっているように見えた。
「話があってきたんだろ。中へ、どうぞ」
紅優に先導されて、黒曜と共に蒼愛も部屋の中へ戻った。
紅優に促されて、蒼愛は風呂で軽く汗を流した。
着替えをして、二人がいる部屋に戻った。
「やっぱり、呼び出しが来たね」
紅優の声が聞こえて、蒼愛は部屋の前で歩みを止めた。
ちらりと中を覗く。
黒曜と向き合って話をしている紅優の顔色が、さっきより暗い。
「紅優から預かった手紙と一緒に、俺の手紙も送ったんだがなぁ。次の寄合を待たずに御披露目に来いってよ」
紅優が険しい顔で、読んでいた手紙を黒曜に渡す。
受取った黒曜も、紅優と同じように眉間に皺を寄せた。
「疑われてんなぁ。つか、バレてんな、こりゃぁ」
黒曜が、ぱさりと手紙を置いた。
「貴重な蒼玉だ。仕方がねぇさ。この程度は、想定内だろ。だから蒼愛の霊能を鍛えてやってんだろ」
紅優が深刻な表情で小さく頷く。
「試練は想定内だよ。番を解消されるのが、一番怖い」
「流石にそこまでは、ねぇだろ」
「蒼愛はもしかしたら、色彩の宝石になれるかもしれない」
紅優の言葉に、黒曜が表情を止めた。
(色彩の宝石? また初めて聞く言葉だ。紅優は僕に、何も言ってなかったのに)
「まさか六つの属性の力、全部使えんのか?」
黒曜の声が聞こえて、蒼愛はまた部屋の中を覗いた。
いつもよりさらに声を低くした黒曜の顔が、強張っている。
「まだ四つだけだよ。けど、人間の術者なら、日と暗は神様の加護が貰えれば、備わる可能性が高い。それに、俺の妖力をたくさん交換しているから、もしかしたら」
息を飲んだ黒曜が、吐き出しながら頭を抱えた。
「そいつぁ、難儀だな。だとしたら紅優は逆らえねぇか」
それきり、黒曜が黙った。
紅優が徐に口を開いた。
「……もし、蒼愛が色彩の宝石なら、育てて神様に献上するのが、俺の役割だ」
「差し出すのか?」
今度は紅優が黙り込んだ。
蒼愛は紅優の言葉を待った。
しばらく黙っていたが難しい顔で口を開いた。
「蒼愛が使える属性は全部、育てるつもりでいるよ。あとは御披露目での神様の反応次第だけど……」
「僕は嫌だ!」
気が付いたら部屋の中に飛び込んで叫んでいた。
「紅優と番じゃなくなるのは嫌だ。二人でこの家に戻って来られないなら、行かない!」
こんなに大きな声を出したのは、生まれて初めてだった。
声高に自己主張をしたのも、初めてだ。
「僕は紅優の隣に居たい。一緒に生きたい。二人で幸せを探すって、約束した。紅優の嘘つき!」
足が震えて、力が入らない。
蒼愛は、その場にしゃがみこんだ。
涙がが溢れて、目が開けられない。
「違うんだ、蒼愛。蒼愛を諦めるとか、そういう話じゃ、ないんだよ」
駆け寄った紅優が蒼愛の肩を抱く。
優しい指が涙を拭ってくれる。
それでも、涙が止まらなかった。