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32.日と暗の加護

 月詠見の提案で、蒼愛にはすぐに日の加護と暗の加護を与えられる運びになった。

 大きな卓をどかして、蒼愛は紅優と並んで座り、月詠見と日美子に向き合った。


「まずは蒼愛が全属性の力を使えるようになるのが先決だ。今でも四つの属性は使えているようだね。日と暗も紅優の妖力で補えているが、弱い。俺たちが加護を与えれば、より確実に使えるようになる」


 月詠見がさっきまでとは打って変わって真面目に話し始めたので、驚いてしまった。


 真面目な顔の月詠見が、掌を上に翳す。

 手の中に黒い神気が浮かび上がった。

 隣の日美子の手には白い神気が浮いている。

 二人が、もう片方の手をぴたりと重ねた。

 白い球体と黒い球体が合わさった。

 球体の中で白と黒の色がマーブル模様を作っていた。


(白と黒の万華鏡みたいだ。綺麗だなぁ)


 日美子と月詠見の神力を、蒼愛はぼんやりと眺めていた。


「日と暗の神力を、蒼愛の霊元に沁み込ませるよ。最初は衝撃が強いと思うから、紅優が後ろでしっかり支えるように」


 月詠見に促されて、紅優が蒼愛の後ろに回り込んだ。

 小さな体を大きな手が支える。

 蒼愛は後ろを振り返って、紅優に笑いかけた。


「ありがとう、紅優」

「頑張ってね、蒼愛」


 前に向き直ると、月詠見が蒼愛の肩に手を掛けた。


「それじゃ、入るよ」


 掌の白黒の神気が蒼愛の胸に押し当てられる。

 まるで吸い付くように、月詠見の神力が蒼愛の中に入り込んできた。


「ぁ……温かい」


 体中に広がった神力が霊元に吸い込まれる。 

 優しい温かさが体を巡って、意識が薄れる。


「蒼愛!」


 紅優の声で、閉じかけた目を開いた。

 月詠見の手が伸びて、蒼愛の顎を掴まえた。


「仕上げだね」


 唇が重なって、大量の神力が流れ込んでくる。

 胸の奥の方から、大きな力が湧き上がってくる感覚がした。


「んっ……、はぁ……」


 ちゅっと水音がして唇が離れる。

 ぼんやりする蒼愛を、後ろから紅優が抱き寄せた。


「月詠見様、最後のは必要ですか」


 抗議する紅優を、月詠見がククッと笑った。


「必要だよ。霊元に入り込んだ俺たちの神力を定着させたんだ。ついでに蒼愛の霊力も舐めたけど。甘くて美味しい極上の霊力だね」


 月詠見に顎をそろっと撫でられて、ぞわりとした。


「食事でも性交でもない儀式の接吻で、そんなに怒るのかい? 紅優は潔癖だなぁ。現世に長くいたせいか、今でも関わりがあるせいか。お前の感覚は人に近いね。そんなんじゃいつか、蒼愛に愛想を尽かされてしまうよ」


 やれやれといった具合に月詠見が苦言を投げる。

 紅優が何も言えないまま、顔を引き攣らせていた。


「まぁ、儀式には接吻とか、場合によってはまぐわいに近しい行為も、時には必要だからねぇ。ある程度は慣れておいた方がいいかもね」


 日美子がフォローを入れてくれても、紅優の顔色は不機嫌なままだった。


「食べるのはやめてください。せめて、儀式のためだけにしてくれたら、割り切りますから」


 紅優なりの落としどころを見付けたらしい。

 苦々しい顔でそう言った。

 月詠見が、どこか満足そうに鼻で笑った。


「これだけ美味しいと、喰いたい妖怪は大勢いそうだ。大事に守っておやり。俺たちの力を分け与えたから、簡単に手出しはできないだろうけど」

「蒼愛、浄化の力を使ってごらん。私らの加護の力だ。この国の結界を維持する力でもある」


 日美子に促されて、蒼愛は首を傾げた。


「浄化の力って、どんなふうに使えばいいですか?」

「さっき、私と月詠見がしたように、霊力を球体にして放出するんだ」


 蒼愛は頷いて、両手を上に向けた。

 掌の上に霊力を集中する。


(浄化の力……、日美子様と月詠見様の、温かい力)


 蒼愛の手の中に、陽の光を纏った霊力が灯った。

 両手いっぱいの大きさの球が、宙に浮く。


「自分の意志で、弾けさせてごらん」


 月詠見に言われた通り、念じた。


(弾けろ)


 頭の上で、陽の球が弾けた。光の雨が部屋の中にハラハラと降り注ぐ。

 とても綺麗だと思った。


「うん、いいね。充分だよ」


 月詠見と日美子が満足そうにその光景を眺めていた。

 蒼愛は、はっとして紅優を振り返った。


「紅優は、大丈夫? 苦しくない? 浄化の力は、妖怪には辛いんだよね」


 降り注ぐ光の雨を手で払って、紅優に覆いかぶさった。


「俺も日美子様と月詠見様に加護を貰っているからね。大丈夫だよ」


 紅優の顔をペタペタと触る。


「良かった、溶けてない」

「心配してくれて、嬉しいよ。蒼愛、可愛い」


 安堵する蒼愛を、紅優がやんわりと抱きしめた。

 二人の姿に、日美子と月詠見が笑っていた。


「これで蒼愛は六つの属性の力総てを使えるようになったわけだけど。もう一度、色彩の宝石を作ってみる?」


 月詠見の提案を日美子が慌てて止めた。


「何言ってるのさ。あれだけ集中力が必要な力をそう何度もやらせたら、蒼愛が疲れて動けなくなるだろ」

「そうかなぁ。蒼愛なら出来ちゃいそうだけど」

「自分が見たいからって無理させるんじゃないよ」


 月詠見と日美子が言い合いを始めてしまった。

 蒼愛は、おずおずと手を上げた。


「えっと、あの……、大丈夫だと思います」


 二人が黙ったまま蒼愛を見詰める。

 居た堪れなくて、蒼愛は紅優を振り返った。


「出来そうな気がするんだけど、やってみてもいい?」

「蒼愛ができると思うなら、いいよ」


 蒼愛の髪に口付けて、紅優が頷いてくれた。

 途端に安堵が広がる。


「ほらね、出来そうだって。紅優もいいってさ」


 月詠見が得意げに日美子に捲し立てた。


「日美子様、心配してくださって、ありがとうございます。でもきっと、大丈夫です。お二人の力はとても温かいから。日美子様は温かくて優しいし、月詠見様は適当そうだけど、優しい神様なんだって、神力で感じました」


 蒼愛の話を聞いて、日美子が吹き出した。


「そうかい、なら、反対しないよ。やって見せておくれ、蒼愛」


 日美子の目が、月詠見に向く。

 ちょっとだけ拗ねたような月詠見の顔は、子供っぽく見えた。


「じゃぁ、作ってみます」


 最初と同じように、自分の手を重ねる。

 目を閉じて集中する蒼愛を、後ろから紅優が包んでくれる。とても安心できた。

 手を少しずつ開いて、霊力を練り、集中する。

 直径二㎝ほどの大きさの玉が、蒼愛の手の中に現れた。

 七色に輝くその宝石は、先に作った玉より明るい光を放って、強い霊気を帯びていた。


「どうでしょうか」


 宝石を乗せた両手を月詠見に差し出す。

 蒼愛の手の中の石を摘まんで、月詠見がまじまじと観察する。

 隣から顔を出して、日美子もじっくりと蒼愛が作った宝石を見詰めていた。


「良い出来だ。これなら、向こう数百年は安泰だね」


 月詠見の答えに、蒼愛は肩を落とした。

 つまりは数百年で粉々に砕けてしまう、という意味だ。


「ほとんど完璧と言って過言でない出来だよ。盗まれた色彩の宝石だって、どれくらいの強度だったかなんて、わからないんだ。なにせ、この幽世ができてすぐに盗まれたんだからね。永遠に使えたかどうかなんて、誰にも知れない」


 日美子の言葉は蒼愛を慰めるためには違いない。

 だが、きっと大袈裟でもない事実なんだろう。

 そうは思っても、納得ができない。


「蒼愛自身が、何か足りないと感じているんだろ?」


 月詠見に言い当てられて、蒼愛は顔を上げた。


「何が、足りないのか、わからなくて。僕の力が弱いからでしょうか」


 しょぼんと項垂れる蒼愛の肩を、紅優が擦ってくれた。


「蒼愛は充分、頑張っているよ。焦りは禁物、だからね」


 紅優に微笑まれて、蒼愛は頷いた。

 紅優の言葉と笑顔はいつだって、蒼愛の心を温めてくれる。


「何かねぇ……、何か。思い当たるモノは、なくもないけどねぇ」


 月詠見が、ちらりと紅優に目を向けた。

 紅優が、ピクリと肩を震わせた。


「……やはり、俺の目、ですか?」


 紅優の小さな呟きに、月詠見の目がニヤリと笑んだ。


「色彩の宝石の代わりに臍を守っている以上、紅優の左目は戻せない。だが、今のままでは蒼愛と完全に番にはなり切れない」

「え? どういうことですか? 僕と紅優は番の契りを交わしたのに、番じゃないんですか?」


 思わず、月詠見に前のめりに喰ってかかってしまった。

 蒼愛の体を月詠見が抱き締めた。


「喧嘩腰じゃなく、俺に抱き付いてきたら、もっと可愛いのになぁ、蒼愛」


 月詠見から蒼愛を奪い返したのは、日美子だった。


「およしよ、可哀想に。怯えているだろ。ごめんね、蒼愛。月詠見は変態じゃないから許してやっておくれ」


 そう言いながら、日美子が蒼愛を抱いて頭を撫でる。

 日美子から紅優が蒼愛を奪い返した。


「御二人とも、ふざけ過ぎです。蒼愛は俺の番です」


 抱き締めるというより全身でガードするように羽交い絞めにされて、身動きが取れない。


「紅優、苦しい……」

「あ、ごめん」


 腕が緩んで、やっと息ができた。


「日美子様と月詠見様は、大丈夫だよ。僕らを心から祝福してくれているよ」


 霊元に沁み込むほどの加護を頂いたから、わかる。

 癖のある神様でも、蒼愛と紅優に対して悪意はない。


「でも御二人は蒼愛が大好きでしょう。嬉しいけど、困ります」


 紅優が本当に困った顔をしている。

 日美子が満足そうに笑んでいた。


「そりゃぁ、可愛いさ。じゃなきゃ加護は授けない」

「加護を授けたから、余計に可愛らしい我が子だね。それは紅優、お前も同じだよ」


 月詠見が意外な言葉を口にして、紅優がその顔を振り返った。


「だからこそ、ちゃんと番になってほしいのさ。紅優の目を取り戻してね」


 月詠見の言葉が理解できなくて、紅優を振り返る。

 紅優も不可解な顔をしていた。


「さぁて、ここからが悪巧みだよ。神々が、あっと驚く見世物を始めよう。こういうの、今の現世だとパフォーマンスっていうんだろ? 楽しみだね」


 心底楽しそうにほくそ笑む月詠見は、神様とは思えないくらい悪い顔をしていた。

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