「それで? 二人は俺たちに、お願い事があってきたのだろう? 紅優の悪巧みを聞かせておくれ。面白そうなら、一枚噛んでやってもいいよ」
月詠見の目がニタリと笑んだ。
面白尽の視線に、紅優が居直った。
「蒼愛は見ての通り、宝石の人間の蒼玉で、俺の番です。元は餌として仕入れた人間でしたので、宝石の質は番にしてから知ったのですが……」
「本当に?」
月詠見の問いかけに、紅優が息を飲んだ。
「蒼愛の青い髪と目は、番になってからの変化かい? 霊力は? これだけ大きな霊力を蓄えた人間の質に、番にする前に気が付かなかったとは思えないなぁ」
月詠見が笑みを崩さず問いただす。
「霊元があり霊力量が多い人間を所望して購入したので、疑いませんでした。青い目も髪も元からでしたが、まさか餌に宝石が混じっているとは思いません。蒼愛が俺の元に来た時は霊元が閉じていて、本来の質が出ていませんでした」
紅優の言葉に嘘はない。
紅だった頃の紅優が気が付いていたかは別として、今の話は蒼愛が聞いた内容と同じだ。
「なら紅優は、どうして蒼愛を番にしたんだい?」
日美子の問いは、尤もだし、一番大事だと思った。
「魂の色が綺麗だったからです。霊元さえ開けば、蒼愛の霊力量なら番になれると思っていました」
振り返った紅優が、はにかんだ顔で蒼愛の髪を撫でた。
いつもの仕草が、今日はいつもより嬉しく感じた。
月詠見と日美子が確かめ合うように顔を見合わせた。
「まぁまぁ、だね。ぎりぎり及第点かな」
月詠見の言葉に、紅優が息を吐いた。
安堵した感が、ありありと伝わる。
「私ら相手にそこまで緊張してたんじゃ、淤加美は誤魔化せないよ。もう少し、自然に話すように頑張りな」
日美子に腕を叩かれて、紅優が苦笑いした。
(紅優、緊張してたんだ。いつもよりは気が張ってる感じはしたけど)
蒼愛はこっそり、紅優の手を握った。
気が付いた紅優が蒼愛に笑いかけてくれて、少しだけ安心した。
「今更、蒼愛の宝石の質がどの段階で出たかは問題じゃないから、淤加美もしつこくは聞かないだろうさ。目下の問題は、蒼愛が色彩の宝石足り得る事実だろ?」
月詠見の言葉に、紅優の顔が強張った。
「私らが加護を授けるのは、構わない。蒼愛の霊力なら、恐らく属性も身に付くだろう。問題はその後さ。色彩の宝石になれば、人柱に選ばれる可能性が上がる。二人は、それでいいのかい?」
日美子が心配そうに問う。
同じ人間だったからなのか、日美子は蒼愛の身を心から案じてくれているように感じた。
「蒼愛、今、できる?」
紅優に問われて、蒼愛は頷いた。
目を閉じて、胸の前で両手を重ねる。その手を少しずつ開いていく。
手と手の間に霊力を集中して、気を練る。
火と水と土と風の力、更には紅優の妖力を総て混ぜ合わせるようにイメージする。
強い光を丸い玉の中に閉じ込めて、封をした。
目を開くと、蒼愛の手の中に七色に輝く玉が霊現化していた。
「……色彩の、宝石? まさか、一人で、作れるのかい?」
日美子が驚愕の声で呟いた。
隣の月詠見も、流石に驚いた顔をしている。
「蒼愛の霊力量があれば、一人で色彩の宝石を作り出せます。今はまだ、日と暗の加護の代わりに俺の妖力を代用しているので本物とは呼べませんが。お二人の加護を頂ければ、本物を作り出せます」
紅優が、はっきりと言い切った。
月詠見が手を伸ばして、蒼愛の手の中の玉に触れた。
まじまじと観察しながら、その気を感じ取っている様子だ。
「これほど完成度が高い玉は、久々に見たよ。偽物にしたって、十年は役目を果たせる代物だ」
興奮した様子で、月詠見が玉と蒼愛を見比べる。
月詠見から玉を受け取った日美子が、只々驚いて玉を眺めていた。
「面白いね。こんなに面白い悪巧みは何年振りだろう。いいよ、紅優に乗ってあげるよ。ふふ、あーぁ、淤加美が驚く顔が目に浮かぶなぁ」
まるで独り言のように話す月詠見に、紅優が困った顔を向けた。
「月詠見様、俺は淤加美様を騙したいのではなく説得したいだけで、その為に御二方のお力をお借りしたいだけなのですが」
月詠見が探るような目を紅優に向けた。
「なら紅優は、淤加美が紅優と蒼愛を、只々祝福してくれると思うのかい? どれだけ説得に十分な証拠を揃えて突き付けても難癖をつけてくるのが淤加美だ。わかっているから、紅優も根回しをしているんだろう?」
紅優が言葉を飲んだ。
さっきから名前が出てくる淤加美という神様は、どうやら癖のある性格らしい。
蒼愛にも、それは理解できた。
(しかも、紅優が一番説得したい神様が、淤加美って神様なんだ)
確か黒曜にも、紅優は淤加美という神様の名前を告げていた。
「淤加美はね、水ノ神。現世じゃ竜神だった。瑞穂国で一番、力のある神様だ。蒼玉の蒼愛に一番強い加護をくれる神様だよ」
蒼愛の表情に気が付いた日美子が説明をくれた。
(そっか。蒼玉の属性は水ノ神様だって、紅優が話してた。だから一番に説得したいんだ)
紅優の警戒振りや月詠見の話からして、性格にも難がありそうだ。
会うのは少し怖いなと思った。
「蒼愛がこれだけ優秀だと、淤加美は蒼愛を番か神子として欲しがるかもしれない。番の契りを解消されない方法を考えているんだろ?」
日美子の問いかけに、紅優が素直に頷いた。
「仰る通りです。幽世に来た経緯はどうあれ、今の蒼愛は神子にも神の番にもなれる素質のある子です。でも俺は、蒼愛を手放したくはない。これからを二人で生きたいんです」
紅優の声が、いつになく真剣で、自信がなく聞こえた。
不安になって、蒼愛は紅優を振り返った。
「僕も紅優と生きたい。紅優じゃなきゃ、嫌だ。どうすればいいか、僕も頑張って考えるから。紅優一人で悩んだりしないで、一緒に考えよう」
瑞穂国について、蒼愛はまだ何も知らないに等しい。
けれど、知らないなりに思いつく何かはきっとある。
紅優だけに背負わせたりしたくない。
日美子と月詠見が驚いた顔を見合わせた。
「紅優に、ここまで思わせる番が現れるとは、驚いたね」
月詠見が思わずといった具合に零した。
「しかも相思相愛なんだね。だったら、私らが力になってやらなきゃね」
日美子が優しい笑みを、蒼愛と紅優にくれた。
「ならばやっぱり、悪巧みだ。絶対に負けない勝負を、淤加美に飲ませようじゃないか」
月詠見が至極楽しそうな顔で、ニタリと笑んだ。