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第5話 ブレーンとブレーン

「誰だお前?」

「ここは便所じゃねぇ、すっこんでろ」


 クソ不味い葉っぱを久しぶりに堪能しながら、悪態をついてくる子供たちを眺め。


「そうか、頭までクソが詰まってそうな悪臭がしたから勘違いしちまった」


 軽いジャブを打つと、

 ビビっている青髪の学生や囚われている黒瀬を除いた全員の、目つきが細くなる。

 加えて淫魔の生存本能で機動力をわずかでも上げるため、彼らの羽が広がっていく。

 本当、サキュバスなったばかりの学生は気合いと殺意が露骨で楽だな。

 それにしてもおっさんって……まだ24歳だってのに傷つくなぁ。


「が、学生のおっさんってことは栄養失調や別の要因で素質が遅れた性期逃れだから……そんな強くないはずだよ!」


 ビクビクしてるだけかと思ったら知識は立派なようで、青髪は丁寧な説明をしてくれる。

 まだ学校入ったばかりなのに勉強熱心だ。

 確かに大人が遅れて入学することもあるし、そういった人は基本的に魔力吸収率が著しく低い。

 一年、二年、子供たちとの差は埋まるどころかどんどん広がり、一生底辺としていじめられる存在だ。


 さて、助けようとした黒瀬の身だしなみから考えて、まだ手出されてないんだろう。

 はぁ……正直、様子見するだけで助けるつもりなんてなかったのになぁ。

 小便しながら盗み聞きした感じ、俺のことを自己犠牲の決定打に使いやがったんだろ。

 おかげで見捨てたら、後味が悪くなっちまった。


「おい、どこ見てんだよ。俺の女だぞ」


 俺の目線を別の意味で捉えたうんこ野郎は、独占欲だけは立派らしく気を荒立ててる。


「てめぇに言いてぇことあったんだ」


 加えていたタバコを左手で整えて今一度深く吸い、服の内ポケットに右手を突っ込んで道具を握りしめる。


「弱さにつけ込むのも、脅すのだって気に入らねぇが構わねえ。恋愛だって勝負だ。

 弱さを見せた方が悪いし、過程はどうあれ、抵抗すらしねぇってのは同意だろう」


 親指で軽くタバコを跳ねさせ、灰がパラパラと床へ落ちる。


「しっかしよ、好きな女の良い所をへし折って利用するってんなら話が違う。てめぇは——」


 内ポケットにある拳二つ分の短い棒。

 それをブンっと風を切り、振り下ろすとともに内蔵された部品がカチカチと音を立て。

 日本刀ぐらいまで伸び、ムチのようにしなる。


「——いったい全体、彼女の何に惚れやがったんだ」


 会話の途中、まだ誰もが続くと思っている間。

 だからこそ最初の一撃を与えるなら、ここが一番ベスト。


「ッ」


 埃を蹴り飛ばし、最初の一歩でうんこ野郎の懐へ潜る。

 咥えているタバコの煙が空気に反応し、綺麗な紅蓮色を放つほどの速度。

 目が反応している、等級6もありながら身体能力まで優秀。

 だが、その割には身体が硬直していて、防御姿勢は間に合っていない。

 実践経験の差、というには筋肉が反応していた後に抗っていた風に見える。


「——がっハッ」


 セラミック製の警棒を勢いそのまま、彼の腹部へ力の限り突き刺す。

 警棒が一段一段格納されるたび、同じ部位へ衝撃が加わる。

 トリコの釘パンチみたいで痛えだろう、尖らせた持ち手が待ってるぞ。


「ックックウッ!!」


 漏れ出た唾液が宙を飛び、彼は数メートル後退し、仲間に支えられる。


「クッ……そが、クソがッ! クソがクソがクソがクソがッ!!!」


 それでも倒れず、俺を睨みつけ続けられるってんだから根性は凄い。


「な、なに、わ、わ、わ、ごめんなさい、ごめんなさいっ! 僕は関係ないですから」


 仲間っぽい青髪の子は腰を抜かし、逃げた上、俺の天敵で有利なはずの女子数人までもが後を追う。


「どいつもこいつもリーダーがぶっ飛ばされたってのに、一言も話さないどころかニヤニヤして気持ち悪いな」


 けれど、それでも動揺しないどころか。

 取り巻きたちは一段と魔眼を輝かせて放ってこようとしてきた。


「はっ、ははっ、俺を……この俺様を……どいつも……こいつもッ!! コ、コケにしやがって。

 ふざけるな……ふざけんじゃねぇッ、許せるか? 許せる訳ねぇだろうが」


 その魔力光に呼応されるように。

 うんこ野郎は笑い声をあげたかと思えば、爪痕が残るほどに顔面をえぐる。


「一つ、教えてやろう」


 素早く群衆の中へ飛び込み、名前も知らないモブ女子の脇へ警棒を突き刺す。

 そういや、黒瀬以外の名前知らなかったな。終わったら聞いてみるか。


「大層な羽なんざ、航空力学的に考えて飛べるわけねぇんだから室内戦闘で大人数だと邪魔だろ」


 男子生徒へ女子を突き飛ばし。

 互いの羽が当たって混乱している隙に、次々と女子生徒だけを狙って潰す。


 露出の多い太ももに叩き込み、顔面へ。

 丁寧に整えたであろう髪を引っ張り、顔面へ。

 狼狽え、魅力をかけてくる場合にも顔面を防いで対抗し、数十分かけた顔面を蹴り飛ばす。

 こと淫魔の戦闘においては異性から潰すのが鉄則、あまり意味はないが悪く思うな。


「てめぇ……誰だか知らないが、ただの性期逃れじゃねぇな」


 あっという間に女子の淫魔だけを潰すと、うんこ野郎は転がった女子生徒へ目を向ける。


「わざわざ教えてくれるとは随分と舐めくさって。

 それで生まれ持ったアドバンテージが逆転した、とでも言うわけじゃねぇだろ」


 同情、憎しみ、そういった類の感情を一つぐらい見せるかと思っていた。

 が、現実は倒れている女子生徒の羽へおもむろに足を乗せ。


「いっ……イッッ——ッ!」


 擦り付けるように踏み、バキバキっと骨が折れる生々しい音が響かせる。

 仲間を仲間とも思わないから、さっきみたいに逃げられたってのに。


「持つ者は持たざる者より、常に上なんだ。

 逆転することなんかない、それぐらい分かってる上で『出来ない、する理由もない』そう舐めてんだろう」


 甲高い音ともに古びた倉庫の窓ガラスが割り。

 「やれ、腕力勝負だ」そんな冷たい掛け声と共に、叩き割った本人は破片を握る。


 一斉に四方から襲ってくる野郎どもに、それまで黙っていた黒瀬の表情が変わる。


「ちょっと、そんな一斉になんてひきょ——」


 前方から襲ってくる生徒を警棒で叩き落とし。


「あーぁ、依頼を受けたから来たけど裏がありそうだ」


 振り戻しで次に来た奴の顔面へめり込ませ、迫ってきていた背後へ蹴り飛ばす。


 まったくおかしい。

 おかしいことしかない。

 計画的なものもそうだけど、そもそもとして一年生が3日でこんな用意出来るわけもない。


「理由はな、あんだ。

 のプライドがよ、あんだよ——同情も、哀れみも、いらねぇッ」


 次々に倒し、吐き出された血で視界が霞んでいく視界の隅に。

 脱いだ制服を丸めて噛み締め、うんこ野郎が自身の羽を掴んでいるのが見え。

 まさか、と思う間もなく彼の表情は苦痛に変わり、鮮血が壁に飛ぶ。


「褒められることじゃねぇな、若いうちから自暴自棄ってのは。

 今は邪魔なだけでも成長すれば飛べる可能性だってあったってのに」


 最後の一人に肘打ちを打ち込み。

 呻く有象無象の中で血だらけのまま、タバコを深く吸う。


「あるかも分からねぇ未来なんざ、どうッでもいい。

 今ここで、ここで使えねぇどころか足を引っ張るってんならいらねぇ」


 切れ味の悪いガラスが、骨を削る音を響かせ。

 バサっと1本の羽が落ち、続け様に二つ目の羽まで切り始める。


「身動きを邪魔する人も残ってないってのに、切るってのか」

「一番目障りなのが立ってんだろうが」


 2本目は手慣れたのか、骨の合間をたまたま狙ったのか、あっさり切り取り。

 陸へ上がった魚みたいにピクピク動く羽まで拾い、両手に羽を持って構えてくる。

 狂気的だ。

 あまりにも狂気的で、鬼気迫っている。


「お前、名前はなんだ?」

「…………佐藤 蓮だ——」


 どうしてだ?

 どうしてそこまで固執し、度重なる自傷行為をする。

 筋肉の硬直して、わざとらしく最初に攻撃を喰らったのも、顔を引っ掻いたのも。

 己を奮い立たせるや罰が目的だと……目的……?


 ——時系列が合わない。


 奴は最初の一撃すら喰らっていた。

 目的がなんだったにせよ、それなら俺が来るより前から起きていたことになる。

 だとしたら、それは。

 部屋の中を見渡し、すでに倒した女子生徒の数を数える。

 倒れた奴、逃げた奴も含めて6人、女子生徒一人を狙うのに役に立たないサキュバスが6人も。


「お前……まさか」


 一つの仮説が思い浮かんだ瞬間に、羽が血を撒き散らしながら顔面へぶん投げられ。

 咄嗟に払い除けるや否、佐藤の蹴りが脇腹を直撃し、タバコが口から地面に落ちる。


 ——パンッ。


 遠い昔。

 振動が肌に、音が鼓膜に染みつくほど、何度も、何度も聞いた。

 引き起こされる事象とは到底釣り合わない軽い破裂音。

 原因から結果が生まれる、宇宙の絶対的ルールである『因果律』が崩壊したとさえ思わせる結果をもたらす軽い音。

 バチバチっと肌を刺す閃光が宙を走り、真横から火薬の匂いが顔にべったりと張り付く。


「うそ……なんで、そんなものを持ってんの……?」


 黒髪の女の声に、カランっカランっと薬莢が転がる金属音がこだまする。


「邪魔を……すんじゃねぇよ」


 佐藤の口元から血が流れ。

 左胸には制服が破られ、肉が溶け、肋骨まで見える一つの穴が開き。

 どくどくっと脈打つように赤い鮮血が溢れ出る。


「数的有利もとって、武器までくれてさ、おっさんか女を狙って撃ったってのに」


 かき上げられたラピスラズリ色な前髪が左手からこぼれ、サラサラと流れ落ち。

 メガネがそこら辺へ乱雑に放り投げられ、粉々に割れる。


「誰も死なねぇや」


 その右手にある『物』は日を浴び、白銀に輝きを放つ銃身。

 エクスカリバーのごとく輝き、傲慢な正義を主張し、あまたの人間を魔女化け物だと定め、殺してきた武器。

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